八章 ヒカル四日目

天地 ①’

 いつもと同じように、目が覚める。

 空は昨日と同じように、曇っていた。

 このままずっと、太陽は覗かないのではないか。ずっと空は悲しんだまま、やがて世界は雨で満たされる。

 起きたての頭は、ふとそんな物悲しい想像をしてしまった。

 服を着替え、一階に降りる。少しだけ寝坊したようで、居間には既に全員が着席していた。

 いただきますの合掌とともに、朝食をとりはじめる。今日の朝食も美味しかった。


「……昨日、黒いスーツ姿の男を見た者がいるらしい」


 突然、そんな話題を切り出したのはお祖父様だった。

 三日前に出会い、しかしジロウくんの死によって記憶の片隅に追いやられていた存在が、またにわかに強くなってくる。

 一体あの男は、何者だったのだろう。


「……まさか、佐渡コンツェルンの?」


 そう言ったのは、父さんだった。

 佐渡コンツェルンという会社の名前は聞いたことがある。長い歴史を持つ東京の大企業で、様々なジャンルの事業を手がけているのだとか。

 何でも、その勢いをつけたのが一九八五年の開発事業らしい。火事によって消失した森を買い取り、そこを観光施設にした。バブル景気の波に乗ったその施設は忽ち人気が爆発し、有名スポットになったし、社長はバブル崩壊の兆しを早くに見抜いたために、絶頂期というときに、とんでもない額でその施設を売り抜いたという。

 今の社長は確か、佐渡一比十という人物だったと記憶しているが――

 ――カズヒト?


「……佐渡コンツェルンって、この村に関係あるの……?」


 それとなく、僕が父さんに訊ねると、


「……ああ。あるにはある。この前お祖父さんが話してくれただろう。鴇村を出て行った男がいるって。その男が佐渡一比十、佐渡コンツェルンの社長だよ」

「……やっぱり、そうなんだ」


 村に背き、そして村の外で成功した男、佐渡一比十。正直に言って、村を出て幸せを勝ち取ったというのは、村側にしてみれば不名誉というか、不快なものなのだろう。だからこそきっと、村の者たちはカズヒトという人物のことを、裏切り者というのだ。


「もう古い話だ」


 父さんは、それこそ昔話を話すような調子で言う。きっとあまり思い出したくない、記憶の底に追いやったことなのだろう。


「……言わなくてもいいことかもしれないが」


 父さんはそう前置きすると、落ち着いた声で、僕にこう告げた。


「佐渡一比十はね。もとは赤井家の人間だったんだよ」

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