天地 ⑤

 ツバサは、それとなくカエデさんに真白家の仕事について聞いてくることを約束してくれた。それから、今日もきちんと日記を交換してから俺たちは別れた。

 彼女のおかげで俺はある程度元気を取り戻せたので、夕食を作りに台所へと向かった。入ったリビングには、もう朝食は置かれていなかった。

 準備をしているうち、父さんがやってくる。夕食の匂いに気付いて、テレビを見ながら待つためにやってきたのだろう。その様子は、いつもと変わらない。むっつりとした表情を崩さず、ただテレビを見るともなしに見ている。

 ジロウくんの葬儀も、父さんにとってはいつも行ってきたことの一つに過ぎないのだ。もう父さんは、自身の行為に慣れてしまっている。であるなら、もう父さんは、疑問にすら思わなくなっているのだろうか。鳥葬というものが、現代の日本人からすれば異常に映るということを。

 ある意味、父さんも犠牲者の一人なのかもしれない。この村のルールは、犠牲者が加害者となっていくのだ。きっと。

 夕食が出来上がり、俺と父さんは手を合わせてから食べ始める。


「父さんは、自分の仕事、どれくらい気に入ってる?」

「……なんだ、突然」

「昨日の父さんの姿を見て、気になっただけだよ」


 実際そういう思いもあったので、嘘ではない。

 父さんも、特に疑問には思わなかったようで、


「……責任感のある仕事だ。あまり良い仕事とも言えない。だが……他の人間に任せるわけにもいかない、というのが素直な気持ちだな」

「……へえ……」

「俺以外の人間には、させられない。……俺だけで、十分に間に合っている。だから」


 父さんは、俺を見た。


「……お前にもさせられないとは、思っているのだがな」


 その言葉の裏に隠された思いに、俺はハッと気付かされ、言葉を失った。


「父さん――」


 俺が言いかけたそのとき、

 父さんは突然、激しく咳き込んだ。


「げほっ、ごほっ……げほッ」

「だ、大丈夫かよ? 食べながら喋るから……」


 いや、食べながらだったかどうかは定かではないが。俺はそんなことを口にしながら、父さんの背をさする。素直じゃない口だ。


「――え?」


 その父さんの手に。

 纏わりついた、


「と、父さ――」

「心配ない」


 父さんは、俺を半ば払い除けるようにして、言った。


「気にするな。……大丈夫だ」


 大丈夫だって?

 そんな、わけがない。

 気付かなかった。

 一番身近にいた、俺が。

 父さんは。

 父さんは……。


「お前は何も気にせずにいろ」


 父さんは、脂汗に滲んだ額を拭いながら、俺に言った。

 俺は、何も言い返せなかった。


 そして、俺の六月六日が終わった。

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