逃走

義男は、自宅の部屋で震えていた。

どうやって帰って来たのかさえ、覚えていなかった。ただ、この手で西野悠子を絞め殺した生々しい感触が、彼を震えさせていた。

義男の異常さに、家政婦が善三に連絡をとっていた。それから数時間が経って、善三が帰ってきた。

「義男。入るぞ。」善三は、震えている義男から、犯行の一部始終を聞き出し、さんざん罵った後。

「義男。おまえは、当分海外に行け。後の事は、わしが、なんとかする。」善三の言葉に、義男は、ただうつ向いて震えていた。

西野悠子のアパート

「何も盗まれた様子はありません。」

「と言うことは、西野悠子への殺意による犯行か。」所轄の刑事丹下勇蔵は、殺害の動機を考えていた。

1週間後、犯人らしき人物を目撃したとの通報があり、確認したところ、大矢倉義男の名前が挙がった。丹下はその名前に何か胸騒ぎの様なものを感じた。「大矢倉義男?もしかして、あの大矢倉か。」

そして、程なくして検察側からは、大矢倉義男の捜査見送りの命令が下った。丹下は食い下がったが、結局、証拠不十分として不起訴となった。

後一歩で義男の逮捕できるはずの証拠がありながら何も出来ない自分の無力さを感じた。

「丹下さん。このまま大矢倉義男を、伸ばしにしていいんですか。俺は、納得いきません。」内田修司は、丹下の部下で、正義感が強くまっすぐな男で、丹下は内田を可愛いがっていた。

「修司。俺も、お前と同じ考えだ。しかし、不起訴は不起訴だ。」丹下は、内田の気持ちが痛いほどわかっていた。警察機構という体質、結局、国家権力の犬であり、それも、所轄のいち刑事に何ができる。丹下は、内田に向かって叫びたい気持ちを、ぐっと抑えた。

そして更に丹下には気掛かりがあった。それは、容疑者の父親が、あの大矢倉善三だと言う事であった。

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