再会

次の日、丹下は中野に居た。彼とは、もう一年以上会っていなかった。

途中で、彼のお気に入りのバーボンウイスキー「ブラントン」を買い、まっすぐ店に向かった。

開店時間には、まだ少し時間があることは、わかっていたが、丹下は、躊躇なくドアを開けた。

「すいません。まだ、準備中なんで。」店の奥から声がきこえた。

「このブラントンで、許してもらえないか。亮。」丹下の声に、亮は驚いて奥から顔を出した。

「丹下さん。お久しぶりです。」1年3ケ月ぶりの再会であった。

他愛もない話をしていたが、亮から切り出した。「丹下さん、何か話たい事があるんじゃないですか。」亮は、いつもと違う丹下に、胸騒ぎを感じた。

丹下は、ロックグラスを眺めながら、事件の経緯を話した。

「亮。俺は運命のようなものを感じたよ。」

「丹下さん。もしかして、大矢倉義男って。」「そうだよ、亮。今回の西野悠子殺害事件の容疑者、大矢倉義男の父親は、お前から母親を奪った男、大矢倉善三だ。」亮は、一瞬時間が止まったような気がした。そして丹下は、手元の水っぽくなったウイスキーを、一気に口に流し込んだ。

大矢倉善三と田崎亮は、同じ岐阜県岐阜市の出身で、母、田崎亜紀子は岐阜でも1、2を争うクラブ「Lovers」のママをしていた。

善三は、岐阜県3区で当時6回目の当選を果たし、注目の議員であった。そして、善三が国政進出を果たした年に、「lovers」を銀座にオープンさせ、亜紀子を自分のものにしたのである。

しかし、程なくして、善三は更なる権力をえるために、当時の国政のドン、幹事長の中平政之助の次女政美と結婚することにしたのである。亜紀子は、自分が本妻になるものと思っていただけに、ショックから精神を患い、入院中に首を吊り、自殺した。そして、亮は、当時12才。善三はさすがに不憫に思ったのか、岐阜で父親どうしが戦後の復興事業で共に成功果たした西村茂夫の長男で、後に善三と兄弟の契りを交わすぼどの仲になる現 西村興業(前 西村組)の会長 西村仁に、亮の養育を頼んだ。亮は、そこで幹部にまで上り詰め、そして、足を洗うまで西村の世話になっている。亮にとって西村は父親身がわりであり、恩義がある。しかし、善三には、並々ならぬ憎悪を持って生きてきたのである。

「亮。こんな皮肉な偶然があるだろうか。おまえと、義男の父親が同じく大矢倉善三とは。」その後、丹下は過去の出来事を頭で反芻でもしているかのように、黙って店の片隅を見つめたままだった。

丹下と亮の出会いは、15、6年前に遡る。亮がまだ西村組の幹部になって間もない頃で、行き付けのクラブで、組のチンピラどうしのくだらない喧嘩の仲裁にてこづっていた時、その場にいた刑事が実に上手くおさめてくれたのである。その刑事が丹下であった。

その後、何回か出くわす度に、亮はこの丹下という人間に惹かれていった。それからというもの、お互いの稼業をも忘れて、お互いの生い立ちの事、仕事の事、人生の事など、いろいろな事を亮と丹下は語りあった。そして、丹下は正義について、亮に自分の考えを語ったのである。

それは、今まで亮の人生で、一度も考えた事もない話だった。

「亮。俺はな、こんな仕事をしているが、実は、いつも考えるんだよ。いったい、この世の中に本当の正義は有るのかってね。俺の正義は、敵の悪。敵の正義は、俺の悪。これじゃあ、いつ、カタがつくんだってね。すべては、お互い様じゃないかとね。まあ、刑事の俺が言っちゃあいけない台詞だけどな。」

その話が、その後の亮の人生をかえることになった。

「亮。俺はもうじき還暦だ。ハハハ情けなくて、笑うしかないな。あとは、よろしく。」

「丹下さん、飲み過ぎですよ。今夜は、うちに泊まってください。」酔いつぶれる丹下を、住居になっている二階に運び、その日は

亮も、店を開く気になれず、そのまま閉店して、カウンターで一人、パイプに火を付け、手土産のブラントンのストレートを喉に流し込んだ。

パイプの煙のなかで、亮の過去の記憶と憎しみは今、鮮明に蘇ったのである。

深夜2時。亮は、店の入口で立っている人影が見えた。中野の繁華街で40年続いているスナック「ミスティ」でチーママをしている菅原美樹だ。32才で、2バツ、15才になる息子と二人暮らし。いつも、このぐらいの時間に、店に寄ってくれる。彼女の店は、深夜12時閉店で、その後は、常連の客とアフターで1、2軒はしごして、うちに寄って、今日の客の愚痴を俺に吐き出すのが習慣になっているらしい。

「ねえ、亮。もう閉店しちゃったの?」

「ああ、でも、いいよ。飲んでいきなよ。いつものでいいか?」彼女はいつも、少し強めのレモンサワーと決まっている。俺は、いつも勝手に作りはじめる。そんな気楽さが彼女のお気に入りらしい。

「亮、聞いてよ。あのハゲおやじさ、今度一晩、10万でどう?だって。ふざけてると思わない。冗談じゃないわよ、あたし、そんな安い女じゃないわよ。本当、腹立つ。」いつも、こんな調子で一気にまくし立ててくるが、俺は、彼女の真っ直ぐなもの言いが、嫌いではないし、いろいろ人生あったことも、知っているので、俺もカウンターに座って、話を聞きながらパイプに火を付けた。たぶん、今夜も長くなりそうだ。

結局、この街と、この店が、俺に人間の機微というものを教えてくれるんだと思う。


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