第2話 智子

「智子」


 上下お揃いの深い紺のスーツ、いわゆるリクルートスーツに身を包んだ、ショートヘアの女性が名を呼ばれ振り返る。


「なに、お母さん」


 スーツを着ているというより、着られている感じが拭えないのは、確かにまだ19歳という若さのせいだけではない、うっすら化粧をしているとはいえシミひとつない張りのある肌、暗い影一つない無垢な瞳はそれだけで智子を年齢より、2つ、3つ若く感じさせる。


「孫にも衣装とは、よくいったものだね」


 智子の母親はそういって笑った後、すっと真面目な顔になり「立派になったね」といったきり目頭を押さえて俯いた。


「なによ、いきなり」


 智子は慌てて母親に駆け寄ると、その肩を抱き寄せる。


(小さいなぁ)


 あんなに大きいと思っていたはずの母が、いまではすっぽりと智子の腕の中に納まっている。

 決して若くはないが同じ年齢の母親たちに比べ格段におおい白髪。

 長年酷使してきた両手は、固くところどころあかぎれていた。

 そんな母の姿にさえ、つい数年前まで気がつかなかった。

 守られていることが当たり前で、日々衰えていく母に気づいてやれなかった。


 小さいころに父親を亡くしてからずっと母親と二人で暮らしてきた。

 母はよく働く人だった、朝から晩までそして家の中でも休むことなく働いていた。

 智子は、母親が寝ている姿を見たことがない。

 「働くのが好きなのよ」母親は幼い智子によく笑いながらそう言っていたので、智子もそうなんだとしか考えてなかった

 智子もよく家事を手伝った。だがそこはやはり子供、友達と遊ぶのに夢中で約束した買い物を忘れてしまったり、学校で流行っている香りつき消しゴムを買い家に帰れなくなり探しに来た 母親を困らせたりもした。

 しかし決して智子の母親は、理由も聞かず智子を叱ることはしなかった、話を聞いて、それからなにがいけなかったのか二人で話し合った。

 そんな親子だったからか、父親がいる友達を羨ましいとは思ったが寂しいとは感じなった。

 智子が高校で進路について悩んだときも、母はお金のことは気にしなくていいからと大学に行くことを勧めた。しかし長年の無理がたたってか、智子が進路表を提出する日、母が倒れた。


 智子は倒れた母親を抱き上げたとき、いままで大きいと感じていた母親が、あまりに小さく軽いことに驚いた。

 智子はそのとき初めて母が無理していたことに気が付いたのだ。

 そして高校を卒業する同時に、少しでも母親の助けになればと、地元の会社に入社することにした。

 入社式は本部である東京で行われることになり、智子は三日間だけ、住み慣れた町を離れ一人東京に旅立つことになったのだ。


 小さく年齢より老いて見える母を前に、智子は目頭が熱くなるのを感じた。しかし、それを悟られまいといつもより大きな元気な声で言った。


「じゃあ行って来るからね」

「気おつけてね」


 それが智子と母親の最後の会話になった。




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