もう1人のフィール。
「吾輩は猫である。」
ネコのその言葉に短く乱雑な切られ方をした銀髪に、ゴーグルをつけて、ツナギを着た少女が訊ねた。
「……………………猫ってなんだ?」
「猫を知らないのか。」
「旨いのかそれ?」
「猫は食べれないよ。食べたら病気になる。」
「そうか、ならば興味はないな。」
カーン、カーン、
カーン、カーン、カーン、カーン、
カーン、カーン、カーン、カーン、カーン、ッカーン!
もくもくと手をふるっていた少女が、手を止めてボォウと虚空を見つめ始めた。
「どうかしたのかい?」
「…………………………………………………………………。」
ぐぅぅぅぅう~~~~~~~~~~~~~。
「――――――――――――――――――――腹減った。」
そう言った少女はまたがっていた金属から倒れるように滑り落ちた。
見ていたネコが慌てて助けに行ったのは言うまでもない。
ガツガツ、ムシャムシャ、ボリボリ。
「まてまて、トーストとベーコンと目玉焼きのラピュタ飯に、ボリボリいわせる要素はないぞ。」
空腹で倒れた少女にあり合わせの材料で手料理を振舞ったネコからツッコミが上がった。
ボリボリボリ。
少女はネコの手料理を食べた後に、何やら白い木の枝のような物をかじっていた。」
「なんだねそれは?」
「なにって、シシナだよ。」
ボリボリボリ。
「あんたシシナを知らないとか、ラピュータの者じゃないね。」
「ああ、吾輩は猫である。世界を旅するものだ。」
「………………………………がりっ!世界を旅するだぁ?」
少女はシシナをかじりながらネコに食って掛かる。
その眼はとても忌々しそうであり、今にも爆発しそうなものを目の中に宿していた。
「吾輩は年経た猫であり、世界を旅することができる猫である。」
「世界………………世界ねぇ。」
シシナをかじったまま少女は立ち上がり窓を開けてネコに叫んだ。
「ほら見ろよ。これが世界のすべてだ。蒸気にまみれた街と、人に虫食いのように掘られる山と、周りを覆う雲。この絶空の孤島が世界のすべてだ。……あんたは何処から来て……どこに行くというんだ。」
少女が開け放った窓から見える景色は街のあちこちから蒸気が立ち昇り、その全貌が見えないものだった。
その街はまるで鉱山街であるように斜面に家が立ち並び、岩を削って街を広げているような、そんな世界だった。
「この街は限られた麦の農地と、鳥の生息地と、あと蒸気で育つシシナしかない世界だ。そして、あの雲の向こうには何もないんだ。世界はこれだけだ。」
「なるほど、この世界はこういう世界か。」
「なぁ、アンタが世界を旅するなら、ワタシをこの世界から救い出してくれよ。」
「無論そのつもりで来たのだよ。」
ネコと少女がラピュタ飯を食べた後、ネコは器用にコーヒーを淹れいた。
コーヒー豆もミルもサイフォンもみなネコの私物である。
どれもこれもニホンからネコが持ってきたものだ。
ネコの尻尾はモノをしまえたりとか便利なのである。
「………………………………………いやぁ~、まぁ、アンタがただもモノじゃあないは分かったけど。」
コーヒーが入れられた。
銘柄はブルーマウンテン。ニホンを代表するコーヒーだろう。
この天空の都市ラピュータにはうってつけだ。
猫舌のネコがコーヒーを啜る目の前で少女がフーフーしながらコーヒーをちびちびやっていた。
「それで、聞かせてくれよネコさんよ。なんでアタシを助けに来た。」
「君が泣いていたからさ。」
「アタシが?……はん、それはおかしいね、ワタシはこの街の中しか知らないのが悔しいが、泣いてなんかいないよ。」
「夢の中の話だよ。」
「夢の中だぁ。」
「吾輩は夢を渡る力がある。それは人の夢を覗くこともできるということだよ。」
「趣味が悪いね。勝手に私の夢を覗いたのかよ。」
「いや君じゃない。この世界でない別世界の君が見た夢だよ。」
「別世界のワタシ……ねぇ。」
「世界のすべてから願いを託されて、しかしその願いを叶えることもできずに世界が滅ぶさまを見た、生贄の少女。」
「……なるほどね、夢の世界を渡るのは本当らしい。ちょっと前まで毎日見続けた夢だったんだが、最近は見なくなった。あの私はあんたに助けられた、ってことでいいんだよな。」
「その通りだ。」
「じゃあ私も助けてもらえるのかい。」
「そのために来た。」
「どうやって。」
「夢を叶える。」
「夢を叶える?」
「そうだ。この世界も君もまだ生きている。そんな君を救う方法は夢を叶えることだ。」
「ふーん、世界もワタシも生きている……かぁ。それで、死んだ世界に居たアタシはどうやって助けてもらったんだ。」
「私の世界に連れて来た。そして私の眷属、家族となって新しい人生を歩むことになった。」
「つまり私もその別世界に行くことになるのかい。」
「それはできない。同じ世界に同じ人間が同時には存在できないからね。」
「じゃあどうするのさ。」
「1つになるんだよ。」
「それはどっちかのアタシが消えるってことかい。」
「そんなことにはならない。それでは救いにならないよ。分かりやすく言うと夢が現実になり、現実が夢になる。と言ったところだ。」
「ならこの世界のアタシが消えるわけでは無く。」
「君が望めばいつでも夢に見て、それを現実と認識できるようになる。」
「なんか実感がつかめないけど、―――――いいね、それ。それならば願ったりかなったりだ。」
「それでさぁ、ネコの世界のワタシって何て名前なんだ。」
「フィールだ。吾輩がつけた名前だけどな。」
「それじゃぁわたしのこともそのフィールって名前で呼んでくれ。」
「……イイのか。」
「もちろん。もう私の名前を呼ぶやつはいないからな。」
「……………………………………………………。」
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