第2話 涙は蒸気に溶けて、夢は雲を超える。
石畳の街
トコトコトコ。
石畳の道を4本の足を持つ猫が歩く。
しかしそのネコの姿を道行く人は見えていなかった。
見えていたらさぞかし驚いただろう。
何故ならその猫の目は神秘的な光を放っていて、体毛は澄っ切った夜空の色をしており、尻尾は柄の異なるモノが9本長々と伸びていたからだ。
しかしその奇怪であり、神聖でもある猫は誰にも見とがめることなく足を進める。
石畳が敷かれ、路肩には真鍮のパイプが続く、所々で蒸気が噴き出し、遠くでカーンカーンと何かを打ち付ける音が響いてくる。
ネコはは空を見上げる。
ソラは高く、日の光が目に眩しい。
しかし空には厚い雲が渦巻いている。
視界の全面、筒状に空を覆う巨大な入道雲。
この街はその巨大な入道雲の中心にある町である。
天空に浮かぶ山にして、城塞都市、「ラピュータ」。
それがこの世界の名前だった。
「さて、早くフィールのところに戻らないとな。」
石畳の道、猫の傍には今は人がいない。
聞こえてきた渋い言葉はあろうことか猫の独り言だった。
それもそのはず、猫は1000年の時を超えて生きて来た猫又であり、異なる世界を行き来することもできるのだ。
ならば、人の言葉も喋れるというものだ。
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ネコが異世界の天空都市の石畳に足を付けるより少し時をさかのぼる。
「ネコ様、ネコ様~、うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、ふかふか~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。」
「ははははははは、くすぐったいよフィール。」
「おなかモフモフ~。」
「くるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる。そこ、いいのだぁぁぁ。」
「ここですか~~~。」
「あぁああ、その下が届かなところを強めに擦られると、吾輩、吾輩こえがでてしまうぅぅぅぅぅぅ。」
「うりゃりゃりゃ~~~~~~~。」
とある日本家屋の一室から年端も行かない少女と、年を重ねた壮年の男性のじゃれ合う声が響いていた。
それは銀髪の華奢な少女と年経た黒猫だった。
「ふふふ、ネコ様気持ちいい~ですか~。」
「どうしたんだい。今日はとりわけ甘えてくるじゃないかい。」
「わふ~~~~~~、そうですか~~~。んん~~~~~~~。たぶんですけど夢を見たからですね。」
「夢かい。どんな夢だったのだい。」
「寂しい夢でした~。」
フィールはとろんとした目でネコのお腹を撫でてくる。
秋になって少し肌寒くなってきたが、お昼の日向はポカポカと温かくてお昼寝にはちょうどいいぐらいだ。
「一人ぼっちで、皆の願いを背負いながらも夢を追いかけるんですけど、――――届かないんです。」
「どんな夢なんだい。」
「お空お飛ぶんです。お父さんとお母さんが飛んだ空を飛び越える夢です。」
「へぇ~、それはロマンチックだね。」
「でもそのせいで、ワタシは一人ぼっちになっちゃうんです。」
「みんなはどうしたんだい。」
「みんなはお父さん達のことは幻だったといって地面ばっかり見るんです。ワタシだけがお空を見上げて飛ぼうとするんです。…………でも、それがさびしくて、1人じゃ飛べないと泣いてる夢です。」
「それは……ほっておけないね。」
「そうなんです。だからワタシはお父さん達の後をおいかけなくちゃ……だめで、―――――ふぁ。」
「眠いなら眠りなさい。――――夢は夢の中でしか叶えられないのだから。」
「うぅ~ん。分かりました。……ネコ様も一緒に……一緒に……寝ましょう。」
「うん、もちろんだよ。」
「……一緒に…………お空を――――飛びましょう。」
「ス――――、ス―――――。」
安らかな寝息を立てているフィールをネコは優しく見下ろす。
ネコは風邪をひかないようにと、押し入れからタオルケットを取り出してフィールにかけてあげる。
それから彼女の顏の傍に座り、その顔色を覗き込む。
「君が泣いているならその涙をぬぐおう。」
ネコの目の色が変わる。
「君が夢を見るなら共に叶えよう。」
右目は青色から銀色に。
左目はエメラルドグリーンからハニーゴールドに。
「幾星霜の時と億千万の可能性の中に揺蕩う君に――――」
夜色の毛皮はその内に星空を輝かせる。
「吾輩は――――の名をもって夜明けの星となろう。」
何の変哲の無い和室は昼間だというのに、スッ――――と闇に落ちていった。
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カーン、ッカーン!
目の前で金属が甲高い音を立てていた。
石畳の街を歩いてネコは探し人の情報を集めていた。
そしてようやく見つけた探し人は、町はずれの小高い丘に住んでいた。
カーン、カーン、ッカーン!
甲高い金属音は1人の少女が立てていた。
たった1人だった。
銀色に鈍く光る金属にまたがって金槌をふるっている少女がいる。
ネコは彼女をじっと見つめていた。
カーン、カーン、カーン、カーン、ッカーン!
終わることないその作業にしかし飽きることなく女は金づちをふるっている。
それが生きる意味だと。
その先に生きる意味があるのだと。
そう言わんがために、口を閉ざして槌をふるう。
カーン、カーン、カーン――――――
その音が途絶えて、少女が代わりに口を開いた。
「あんた―――――何者だ?」
「吾輩は猫である。」
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