今日からここで笑顔で過ごそう。
泣き出してしまったフィールをあやしている間、フィールと一緒に居た2人の男は会釈をして去っていった。
「あれ、さっきの人達は?」
泣き止んだフィールがネコに問う。
「さっきの人達ならお仕事に戻ったよ。」
「お仕事?」
「さっきの人達はね、警察官という困っている人を助けるお仕事をしているんだよ。」
「困っているヒトを助けるお仕事、――――ネコ様と一緒ですか。」
フィールがキョトンとした顔でネコを見つめる。
「ははは、吾輩は違うよ。吾輩が人間を助けたのはフィールが最初だからね。」
「そうなのですか。ワタシが初めて……」
「どうしたんだい。」
うつむくフィールにネコが訊ねると。
「ネコ様。ワタシやっぱり悪い子です。」
「どうしてだい。」
「だって、ワタシネコ様の初めてに成れて嬉しいって思っちゃったんです。」
「――――――――――――。」
フィールの言葉に返答が出ないネコ。
「?どうしました。ネコ様。」
「いや、なんでもないよ。」
ネコは今度はしっかりとフィールと手をつないで歩きだした。
「さぁ行こうか。」
「はい。」
ショッピングモールを後にしたネコたちはバスを使う。
「はわああぁぁあぁぁ、電車とはまた違いますね。」
バスの席に膝立ちになって窓から外を除くフィールは、物分かりが良くて少し達観した大人びた雰囲気と違って、年相応の、いや少し幼い感じをしていた。
バスを乗り継いでやって来たのは古い家が立ち並ぶ場所だった。
「ネコ様ここは。」
「ここはナラの町。人と妖が共に住む街の中でも特に古い地区でね、こっちだよ。」
ネコたちは手をつないで町の奥へと進む。
「ここは日本と言う世界でも特に古い街でね、吾輩の故郷でもある。」
「ネコ様はここで生まれ育ったのですか。」
自然が多くて、家々も広々したところだった。
「あぁ、ずいぶん昔で正確な位置などはあやふやになってしまっているけど、このナラが吾輩の故郷である。」
遠い何かを懐かしむように語るネコの目を、フィールはジーと見つめた。
「さあ、ここだ。」
そう言ってネコが示した場所は木で出来た大きな家だった。
「ここは?」
そう訊ねるフィールにネコは建物に入りながら答える。
「表向きは古本屋だ。」
「だがその真の姿は――――。」
少しかび臭い屋内に入るとネコの言葉を遮るように声が響いた。
「とう!」
そして、本の山の奥から掛け声と一緒に小さな影が飛び出してきた。
「ようこそいらっしゃいませ。私は「萬天堂」の店主、
その影は元気に跳ねながらフィールの前に現れた。
「やあ、天主殿お久ぶりです。」
ネコがそのヒトに恭しく挨拶をする。
フィールもネコに倣って頭を下げる。
そのヒトはフィールと同じぐらいの年に見える少女だった。
「別にこのパートを飛ばしても良かったのじゃがな。」
「またそういうことを言う。アナタのことはそう飛ばせませんよ。」
「とか言いながらこういう事でもなければ寄りもせんくせして。ほれ、頼まれていたもんじゃ。」
「ネコ様それは?」
「フィールの身分証明書などだよ。」
「ふっふっふ、そちがネコの拾ってきた子猫ちゃんかい。」
「あの、アナタは?」
「一度名乗ったがもう一度名乗ろう。私は――――
「亜羅紗さんですね。」
「ぶー、腰を折るなよ。」
「すみません。」
「フィール、あまりこの人とは真面目に相手しなくていいぞ。」
と、自分はすごく畏まっているネコが言う。
「あの、このヒトも何かの妖なのですか。」
「あぁ、このヒトはこの辺りの妖の顔役で――――
「私は人間の妖です。」
「え?人間の妖?」
「そうじゃ。人間だって長生きしてたら妖になる。」
フィールの驚いた顔が楽しいのか、亜羅紗はにやにやと笑っている。
「そして、それを人間は鬼と呼ぶがな。」
「オニ……ですか?」
「まぁ、フィールちゃんにはまだ関係ない話じゃがな。」
「そうなのですか。」
「うむうむ、どっかの猫の気まぐれによってな。むぐっ。」
「ネコ様?」
「気にする事はない。それよりここでの用事は済んだことだし帰るとするか。」
「えっ、いいんですか。ネコ様。」
「つれないなぁ~~~。それじゃ、また後でぇ~。」
結局、本当にそれで店を後にしたネコに付いて行くフィール。
チンチロ、チッ、チッチロチー。
小さな虫が奏でる音楽を聴きながら川沿いを2人で歩く。
「秋の野に 道も惑ひぬ 松虫の 声する方に 宿やからまし。」
「ネコ様。それなんですか。」
「和歌だよ。昔の人が読んだ歌。」
「それは偉い人のことですか。」
「いや、誰が謡ったのかもわからない歌。詠み人知らず。ってやつさ。」
「誰の歌かも分からないのに残ったのですか。」
「それがこの世界の文化。風流ってやつなのさ。」
「それでそれはどんな意味なのですか。」
「これは解釈が色々できるが、吾輩は「秋の帰り道で道に迷っているなら、松虫の声で導いて帰る場所に案内してもらおう。」って意味で今は謡ったのさ。」
「ネコ様、帰り道分からなくなったですか。」
「ははは、違う違う。これはフィールに送った歌だよ。」
「ネコ様、気持ちは嬉しいですけど意味の分からない歌は貰っても困ります。」
「そうなるよね。まぁ、意味はそのうち分かるよ。ただね、フィールの帰るべき場所はこれからは吾輩と同じところなんだと言いたいんだよ。だから、これからは道に迷ったら吾輩の声を頼りに帰っておいで、って意味なんだけど。」
「ネコ様、離れていてはネコ様の声は聞こえませんよ。」
「それはフィールの方が聞こえないと思うからだよ。実は今日だってフィールが吾輩の声を聴こうとすればすぐに聞こえたんだよ。」
「そうなのですか。」
「そうさ、だからこれからは吾輩と離れても落ち着いて吾輩の声を聴くんだ。」
「はい。」
「秋の野に 道も惑ひぬ 松虫の 声する方に 宿やからまし。てね。」
「秋のののの?」
「ははは、まずは少しずつだよ。」
そう言われたフィールは目を閉じて耳を澄ます。
チンチロチー。チロチロチー。
「秋の野に 道も惑ひぬ 松虫の 声する方に 宿やからまし。」
「っ、聞こえました。確かにネコ様のお声が聞こえました。」
それは手をつないでいる目の前のネコからの声ではない、心の中に響くネコの声だった。
「やっと笑ったね。」
「え?」
「いや、いきなり見知らぬ世界に連れてこられて不安だったのだろうと思っていたんだが。」
「え?えっ?」
「くっくっく、今のフィールは笑っているよ。ほらこの通り。」
そう言われて差し出されたスマホという板に映されたのは。
「これワタシ?」
笑っていた。
いつの間にかフィールは笑っていた。
笑顔を亡くしたはずなのに。
「ワタシ笑えてます。」
「あぁ、笑えている。だからこれからは笑って生きていこう。」
「ハイ、ネコ様。」
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