初めての〇〇

 その後もフィールのファッションショーは継続された。


 デニムのパンツにタンクトップのスポーティーなヤツ。


「来年の夏に期待だな。」

「水着もありますよって。」

「だが夏ももう終わりだが。」

「郊外に出来たレジャーランドの招待券もお付けしますよ。」

「いただこう。」

「おうきに。」


 と言う訳で水着の試着。

 スカイブルーが爽やかなワンピースだ。


「ワタシ、あっちのネコ様みたいな黒いのがいい。」

「ダメだ。フィールにビキニはまだ早い。」


 他にも厚手のトレーナーにハーフパンツ、黒のストッキング、髪を大きな赤いリボンで結んでポニーテールにした普段着。


 ポロシャツにプリーツスカートの制服風。


 七五三用なのか黒いスーツも着てみた。


 寝間着にはピンクのフリルが付いたパジャマをネコは勧めたが。


「これ、着心地がいいです。なんだかあのお家にも合いそうですし。」


 と、甚平をフィールは選んだ。

 意外と渋い。

 渋いが似合っていた。


 結局、ほとんどの服は大体買うことになった。

「おおきに、荷物は後でお家の方に届けさせときますさかい。」

「ああ、ありがとう。」

「ほな最後に1着試着して写真でも撮りまひょうか。」

「いいのか。」

「かまいまへん。」


「ネコ様、ネコ様。」

 とそこにフィールが寄って来る。

「写真ってなんですか。」

 その格好は最後に着たネコ耳メイドの姿だ。

 さすがに冗談だろうと購入はしなかったが、可愛いことは可愛い。

 この常吉の店には売る事よりも客寄せを兼ねたコスプレ衣装も多く用意している。

 そしてその衣装を着ての撮影サービスでお金を取るのだ。

 それが意外と話題になって若い子達が集まるようになって、SNSなどでその写真がアップされるのでお客さんが集まる。という一石二鳥の商売だった。

 とは言え無許可で写真を取ったりしないので、フィールを写真に収めるのはこれが初めてになる。

「フィール、写真とは鏡に似ているものだよ。」

「鏡に……、つまり姿を映すものですね。」

「そうだよ。フィールは賢いね。」

 ネコが頭をなでるとフィールは嬉しそうに目を細める。

「それでね、写真と言うのと鏡の違いはね、鏡は動いたら中の自分も動くじゃないか。」

「ハイ。」

「でも、写真はシャッターと言うものをきったところで映っていたものをそのまま映し続けるものなんだよ。」

「ぅ~ん?――――つまり写真は動かないんですか。」

「そうだよ。」


「それって、鏡の方がよくないですか?」

「ははは、フィールはそう思うかい。」

「はい。動かないより動く方がいいと思います。」

「うんうん。でもね、写真だと例えば今日着た服が映ったものを残せるんだよ。」

「――――え?」

「それを手元に残せるんだ。」

「それって――――つまり、つまり、ネコ様が写った写真というものを手元に持っておけると言うことですか。」

「そういうことだよ。」

「それは素晴らしいです。ぜひ、ぜひぜひ、ネコ様の写真を撮りましょう。」

 フィールの勢いに若干押され気味なネコは笑って答える。

「今日取るのはフィールの写真だよ。」

「いいえ、ネコ様です。ネコ様の写真を取りましょう。」

「いや、だからフィールの――――」

「いえ、ぜえひネコ様の――――

「フィールのーーーー」

「ネコ様です。」

 そんな感じでお互い譲らないネコとフィールだったが、常吉の「一緒に取ればいいやないですかい。」の一言で、無事に丸く収まった。


「ほな行きますえ~。」

 という、常吉の掛け声で取られた写真はフィールの宝物になった。


 フィールの試着は最後に取った写真の時に来ていたゴスロリ衣装で最後となった。

 それは最初に着たヤツとは別で、フリルがふんだんに使用されたミニスカの衣装だった。

 生地がしっかりした本格的なものだっただけではなく、スカートがパニエでボリュームを出されて広がっていた、うえに、下に履いていたドロワーズも見えてしまうきわどい奴だった。

 もちろん紳士なネコはこれに文句を言ったが。

「わぁ~。可愛いですぅ~。」

 そう言って、くるりと回って見せるフィールにネコは言葉を引込めた。


「わぁ~。」

「こらこら、そんなに写真ばかり見つめて人にぶつかったらどうする。」

「あっ、スミマセン。」

「ふふ、そんなに気に入ったのなら額縁も買わないとね。」

「額縁ですか。」

「そう、写真を入れて飾っておくためのモノさ。」

「で、――――ですが、そんなに買ってもらってばかりでは。」

「いいんだよ。吾輩がやりたいからやっているのだ。」

 そう言ってネコが笑う。

「………………。」

 ネコの言葉に複雑な笑顔を浮かべるフィール。

 しかし、ネコはその笑顔に気が付かなかった。

 そして、そこで猫は致命的なミスを犯してしまったのだ。

 ネコはフィールの言葉に対してかける言葉に照れてしまって、フィールから目をそらしてしまっていたのである。

「フィール?」

 話しかけても返事がないことに気が付いたネコが振り向いた時には、フィールの姿はネコの後ろからなくなっていた。


 油断していた。

 フィールは素直な子だったので手間がかからないと思い、注意を怠ってしまった。

 ネコにとっては初めての庇護対象でもあったが、ネコはそれを言い訳にはしたくなかった。

 そんなことより見失ってしまったフィールを見つけ出すのが先決だ。

 フィールにとってここは見知らぬ異世界なのだ。きっと不安がっているだろう。

 ――――ネコを知るものなら驚いたであろう。

 ネコはいつも冷静沈着で、紳士としてのふるまいを怠らなっかった。

 そのネコが焦って足を速めており、通行人とぶつかりになることもあったほどだ。

 あせって、走って、ネコはフィールのことをこんなにも気にかけている自分に驚いていた。

 気まぐれに拾った子供、であったかもしれないが、自分はこんなにもフィールに本気になっているのだと。

 初めての思いであった。

 ネコ本人にもこの感情を表す言葉は分からない。

「……フィール。」

 だから届いたのかもしれない。

「――――ネコ様。」

 声の方を見ると、


 フィールが2人の男に詰め寄られているところだった。

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