ファッションショー・イン・ザ・ジャパン
「ほな、フィールはんはなんか着てみたい服とかありまっしゃろか?」
「フィールはん」ってのが「フィールさん」って意味なのを何となく察した賢いフィールは常吉に望みの物を告げる。
「ネコ様とお揃い。」
「ネコはんとお揃いかいな。」
そう言って困った顔で常吉はネコの方を見る。
ネコの姿は黒のスーツ姿だった。
身長が高く、体も鍛えている細マッチョの好々爺なネコならば、その姿はまるで良家のお嬢様に仕える爺やと言われても遜色ない似合いぷっりである。
実際、常吉はフィールを最初見た時お嬢さまと思ったほどに似合っていた。
それは同時に、フィールがお嬢さまみたいだと言う事でもある。
少々痩せ気味なところがあるが、肌の透き通るような白さと、世間知らずな無邪気そうな顔、まるで病弱な深窓の令嬢のようだと常吉は思ったほどだ。
そんな子に黒のスーツはちょっと似合わないように感じたのだ。
「ネコ様の毛と同じような色がいい。」
「――――ああ、なるほどな。分かりました。そうゆう事やったら色々用意させてもらいます。」
と、フィールの言葉で納得のいった常吉が店の奥に声をかける。
「おぉ~~~~い、ヨシコ~、ちょっと出てきてくれ~。」
「はいはい~。」
店の奥からは常吉に似た丸っこい女性が出て来た。
「ご紹介します。ワイの妻のヨシコです。」
「家内のヨシコです。」
と、女性は頭を下げる。
「常吉、お前結婚したのか。」
「はいな、ネコはんには挨拶に伺ったんどすが、ちょうど留守やったもんで、紹介が遅れました。」
「すまないな。たぶん旅に出ていたころだったのだろう。」
「いいですよ。代わりにいいお土産を見させてもらいました。」
そう言って常吉はフィールの顔を見る。
「?」
フィールは何のことか分からず首を傾げる。
「ほなこの子の御召し物を用意しますから、ヨシコは着付けをお願いします。」
「分かりました。それでは行きましょうか。」
「えっと、……あの。」
「大丈夫だから行っといで。」
「はい、ネコ様。」
ちょっと不安そうなフィールだったが、ネコが笑顔を見せるとヨシコに手を引かれて試着室へと向かった。
「ネコはんが人を連れて来はるとわなぁ。」
女性二人を見送った男……もとい、オス2匹は隣り合ったまま話す。
常吉はニコニコと恵比須顔で、ネコは好々爺顔であった。
「ほんまに意外でしたわ……。」
「君こそ……、彼女は人間だろ。」
「ええ、そうどす。」
「…………。」
「もちろん話してありますよ。ワイがバツイチやってことも、ワイの住んでた山が人間に壊されて、その時に妻も子供も亡くしたということも。」
それはつまり、人間ではない妖だということも明かしていることだ。
「ワイが人間に恨みをもって、害をなしてたこともです。」
「邪魔をするな。お前に、お前にすべてを奪われたモノの気持ちが分かるのか――――。」
「わかるさ、このように長生きしたものが何も奪われなかったとでも思うのか。」
――――――――かつて放たれた問いかけ、行き場のない憎悪。そして、――――救いを求めた小さな声。
「ワイは、……ワイは今でもネコはんに救われたことを感謝してます。」
「……そうか。」
「ネコはんが人間を拾うて来はったのはビックリですけど。」
「吾輩も君が人間と結婚したのはびっくりだよ。」
「ははは。」
「ふふふ。」
男、もとい2匹のオスは肩を並べて笑い合いながら女性たちが出てくるのを待つのだった。
ちなみに、常吉のお店は洋服屋である。
お店に入った時に出迎えられた時言っていたTUNEKITIが店の名前で、ファッションブティックとしてはそこそこ有名だったりする。
もともとは常吉をボスとするタヌキたちのコミュニティーだったのだが、人の中で生き抜くために始めたのが服作りだった。
元来化けタヌキと言うのはセンスがいいモノだ。
それが如何なく発揮されたということだ。
もともとは細々とやていたが、このショッピングモールが作られるとき、モールの方から誘われて店を移した。
今では人気ブランドとして地元だけでなく海外にもファンがいるほどである。
そして、独自の工房を持つ常吉の店には、普段使いから勝負服と呼ばれるオシャレ系、コスプレ物も本格仕様で取り揃えてあった。
だから1発目にゴスロリが来たのは致し方ないといえよう。
「あれまー、予想以上に似合いますがな。」
黒いベルベットの生地と、白いシルクのフリルが印象的なガチのゴスロリ姿でフィールは試着室から出て来た。
その顔はまんざらでもないようだ。
実際に似合っていた。
栄養不足でやせ細ったフィールの体は痛々しかったが、ゴテゴテしたゴシックロリータの衣装はそれゆえに退廃的な美しさや、可愛らしさを生み出していた。
常吉の奥さんも魅せることに秀でているのか、フィールは立ち姿ではなく、座った姿でカーテンが開かれた。
黒いロングスカートが円を描き広がり、その上をフィールの銀髪が流れている。
それはまるで野の片隅でひと知れず咲く1輪の花の様であった。
これには紳士なネコも前のめりで見つめてしまった。
「あ――――あの、似合ってますか……ネコ様?」
と、頬を赤らめ上目使いで見つめてくるフィール。
一瞬ほおけてしまっったネコは、「ごほんっ。」と1つ咳払いをして、努めて冷静な声音で答えた。
「ああ、とても似合っているよ。」
「そうですか。良かったです。ネコ様とお揃いの服だから嬉しいです。」
横から常吉がネコを肘で突っついてくる。
「分かっている。――――いくらだね?」
お買い上げ決定であった。
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