幽世と現世
「ネコ様、ネコ様。それは何ですか?」
食事の後の小休止。
縁側で足をプラプラさせていたフィールがネコの使っているものに興味を示した。
フィールはネコの傍に四つん這いで近寄ってきて、手元を覗き込む。
そこには何やらツルリとした板があった。
「これかい、これはスマホという道具だ。」
「また水がブシャアアアアアって出たりしないですか。」
「出ないよ。むしろ水に濡れたら壊れちゃうよ。」
「そうなのですか。」
ピロリン!
「うにゃああああああ。なんかでたあああああああ。ネコ様なんか出ました。」
ドタドタドタと柱の陰に隠れてしまうフィール。
「音が鳴っただけだよ。」
「何でですか。」
「通知だよ。これは遠くの人と連絡を取るためのモノでね、今のは連絡が来たよって知らせてくれたんだ。」
「うう~、びっくりしたです。」
「ははは、ごめんよ驚かせて。」
ネコはまるで猫みたいなフィールの行動に微笑みながら、スマホのを操作して届いた連絡を確認する。
「ふむふむ、流石は万事屋、融通が利くね。――――フィール、ちょっと出かけてくる。」
そう猫が言うと。
「えっ、やだやだやだ、ネコ様どっか行っちゃたらヤダ。」
「いやすぐに帰って来るけど。」
「いやです。ネコ様とずっと一緒がいいです。」
「ふむこれは困った。」
ネコの体に抱き着いていやいやと首を振るフィールを見ながら、猫はしばし考えて。
「ならばフィールも一緒に出掛けるかい?」
その世界は不思議な場所だった。
「何でしょうか。私でもこの風景が普通じゃないのが分かります。」
ネコの家から出て、街の通りへ出たところでフィールがネコに訊ねる。
「木と紙でできた街と不思議な建物。まるで新しいものと古いモノを混ぜたみたいです。」
それに答えるのは人の姿に化けたネコだった。
「ここは
「隙間の世界。幽世。」
「そう、ここは日本が人の世界になった時から神様が人以外の、吾輩のような
「その世界に人が入ってよかったんですか。」
「人の中にも妖と共存したがる人達はいっぱいいるからね、そういう人たちとのコミュニティーもあるよ。」
「コミュニティー?」
「小さな町ってところさ。」
「なるほど。」
「さて、ここを抜ければ人の街に出る。覚悟はいいかい。」
「大丈夫です。ネコ様。」
フィールがそう答えるとネコは目の前にある木で出来た古めかしい建物の引き戸を開いて入っていった。
「おや、ネコさんいらっしゃい。」
「こんにちはトメさん。」
「ネコさんがこの道を使うのは珍しいね。」
扉をくぐると、雑然といろんなものが積まれた薄暗い部屋に出た。
その奥にはネコの家に有るのと同じ畳の部屋があり、そこに小さな老婆が座っていた。
「彼女はトメさん。この駄菓子屋の主人だ。」
と、ネコがフィールに説明してくれた。
「おやおや、かあいらしいお嬢さんだこと。なんだい、ネコさんもついに身を固めることにしたのかい。」
「からかわないでいただきたい、そういうのではない。」
老婆とネコがそう言っていると、おずおずとフィールが前に出てきて。
「あっ、あの、ワタシはフィールって言います。ネコ様に助けてもらって、ネコ様と添い遂げると誓いました。」
と、進んで自己紹介をした。
それを聞いた老婆は。
「おやおや、おやおやおや、お~やおやおや。これはこれは。やっぱりそういう事じゃないかい。ネコさんも隅に置けないねぇ~。」
と、最初は驚き、しかしすぐに嬉しそうに、そのしわだらけの顔を笑顔にした。
「いやまぁ、なんというかそう言うことになったのだが……、からかわないでほしい。」
「ほっほっほ、ネコさんが照れているとはめずらしい。」
そう笑いながらネコとフィールを見比べていた老婆、しかしだんだんその顔が曇り。
「ネコさんや、このこの格好は何だい!」
「ああ、その子を引いとったはいいけど着ていた服がボロボロでね、今から服を買いに行くところだよ。」
「おバカ!。こんな年頃の女の子にこんな格好させて街に連れ出そうってのかい。」
「あり合わせに良いのが無くてね、フィールも留守番が嫌だというから一緒に連れていくことに。」
「はぁ~~~~~。ネコさんは猫のくせに一匹オオカミなんか気取ってるから、こんなおバカに。」
「何故吾輩はこんなにバカと言われなければならないのか。」
困惑するネコにトメがため息をつきながら立ち上がる。
「ホントにバカだね、こんな時はワシみたいなのに頼りな。孫のお古だがまっとうな服をくれてやるわい。ちょっと待っとれ。」
トメさんがフィールのためにお孫さんのお古をいくつか持ってきてくれた。のだが、
「……ネコ様とのお揃い。」
「すまんの、黒い服がなくって。」
フィールが着ているのは白いワンピースに紅葉色のシャツ、白いニーソックスとサンダルだった。
今の季節は晩夏から秋に変わる季節だ。
子供服のわりに意外とオシャレに決まっていた。
「いえ、ありがとうございます。ただ、やっぱりネコ様とのお揃いが良かった。」
「まあフィール。そういうのは今から買いに行くのであって、ここはそれでな。」
「分かってます。すみませんトメさん。わがまま言って。」
「よいよい、むしろネコさんの焦った顔が見れてラッキーじゃよ。これからも言いたいことがあったらはっきり言った方がいいさね。ネコさんは朴念仁だからね。」
「誰が朴念仁かね、吾輩は紳士だよ。」
「ほっほっほ、ほれ嬢ちゃん。飴玉のサービスじゃ。」
「ありがとうございます。」
「今度ゆっくり話そうじゃないか。それじゃあお出かけ楽しんでおいで。」
「それじゃあトメさん行ってきます。」
そう言ってネコは入ってきた扉を開いてもう一度そこをくぐった。
フィールも続いてくぐると、そこにはさっきとは違う風景が広がっていた。
「ここは――――」
「ここが人の住む
「はわぁ~、なんだかカチコチしてます。」
「はは、フィールにはそう感じるか。ここはまだ下町だからましだが、都会に出たらびっくりするぞ。」
「そうなのですか。今度連れて行ってくれますか。」
「ハハハ、今から行くんだよ。」
「そうなのですか楽しみです。」
「その前に、振り返ってごらん。」
言われてフィールは後ろを向く。
そこにはこの町でも少し浮いてる感じの古めかしい建物がある。
ちょうど2人が出てきた場所だ。
「ここが吾輩の家がある幽世の出入り口だ。道は他にもあるが人間が使いやすいのはここが1番だ。覚えておきなさい。」
「ハイ、ネコ様。」
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