第7話 異世界転移したから食事を振る舞う

 まずは冷蔵庫外から確認を始める事とした。

 コーヒー、パスタ、素麺、レトルトカレー、調味料一式、菓子類、米…。

 このあたりだと米、菓子、調味料類が気を付けないといけないな。特に米はそもそも存在が怪しい。恐らくはパンが主食だろうから、小麦を使ったものは手に入るだろうが、米は絶望的かもしれない。

 また、調味料も塩・砂糖・油などの基本調味料は大丈夫だとしても、醤油・ポン酢はまず無いだろうな。そう考えると和食はかなり意識しながら作らないとすぐに無くなってしまうかもしれない。

 後は気を付けるべきは賞味期限・消費期限だな。大体が半年から一年くらいか?多少過ぎても問題はないだろうが、一応気にしておかないと。ある程度期限順に並べておくことにする。隔離されたこの家の中にいる以上、あまりにしみったれた食事はしたくないな。心のバランスに気を付けつつ少しずつ消費しよう。


 冷蔵庫内についてはあまり考えない事にした。どうしても長期保存が出来ないからだ。卵などは期限を守って使い切るしかない。卵が無くなったらかなり料理の幅は狭まるけどね…。牛乳も同様だな。

 日中はパンや代替品の確保が出来そうなもので腹を満たし、腐りやすいものからどんどん調理して冷凍してしまおう。冷凍庫パンッパンになるな…。

 冷蔵庫内もある程度賞味期限を把握した。やはり意識せずに消費出来そうなのは肉・野菜類かな?魚はちょっとわからない。


 ここまで調べて最後に残ったもの、それはカップ麺関係だ。

 アミスの事を考えると俺は食べない方がいいだろう。アミスに出す時も、カップ麺1個+他料理で満たしてもらわないとすぐに無くなってしまいそうだ。

 カップ麺は様々なメーカー・味で14個あった。さらにカップ焼きそばが3つに乾麺タイプが12袋入りでまるまる1パックあった。

 仮に3日に1回来るとして、87食分か。まぁ1年はもたないけどそれなりってところ?それだけ先の事を考えても仕方ないしな。パスタと素麺もあるしな。

 食料関係はこんなもんか。後は使いながら考えていこう。アミスが来なくなった時の事をダラダラ考えても仕方ない。どっかにチートでも転がっていないかな…?



◆◇◆◇


 やはり生活インフラに全く問題はなかった。唯一死んでいたのはネット回線だけだ。スマホもPCもネット回線を使う物は全て不通だった。オフラインアプリが使えるのは僥倖だな。よく使っていた『漢の一人メシ』なる大量のレシピが掲載されたオフラインアプリが使えると分かった時には思わず小躍りしてしまったほどだ。手抜き料理や肉肉しい料理が多いが、アミスの食欲なら問題は無さそうだ。これで勝つる…!!

それ以外では怖いのは水だ。食事をしなくても数日は持つが、水だけはどうしようもない。浴槽に貯め水も考えたが、風呂場を毎日使う以上は得策とは言えない。結局は大量に湯を沸かして冷ましてから氷にしたり冷水として保存する事にした。おかげで野菜室は水が入ったペットボトルばかりになってしまった。後の食材関係はアミスが持ってきてくれる物で様子見しよう。

 

 キッチン周りを全て確認し終え、ベランダに回る。岩壁に囲まれていて外の景色は全く見えない。昨日のうちに干した洗濯物はなぜか乾いていた。どう見ても岩壁に囲まれていて風が通っていないはずなのに。

 そう考えたら、キッチンや風呂場の換気扇も後で見た方がいいかもな。でも今朝洗面所を使っていても別段湿気が気になったりはしなかった。キッチンで料理をしながら換気扇を回していたが特に空気の澱みも感じなかったしな…。この辺りは継続して様子見かな。


 結局この後は特にする事が無くなり、買ったまま本棚の肥やしになっていた小説を引っ張り出してきて読んだり、アミスに出す料理をどうしようかと『漢の一人メシ』を見ながら過ごした。



◆◇◆◇

 翌朝は早くから起きた。コーヒーを飲んでパンを食べて、アミスが来るからその準備もしないと。

よくよく考えたら3日後に来るとは言っていたけど、時間帯を聞いてないんだよね。流石に朝からってことは無いだろうが、いつ頃来るんだろう?昼?夕?さすがによるって事はないだろうから昼食時に来るものとして考えておく。

アミスの反応を見る限り確実にラーメンを食べたがるだろう、という事でラーメンをベースとした献立にする。好き嫌いがあるかどうかは食べながら反応を見る事にしよう。



米を研いでまずは炊飯。研ぎ汁は捨てずにそのまま鍋へ移し替える。

冷蔵庫から豚バラ肉を取り出す。4cm角程度のサイズが基本だが、俺はもう少し大きめの6cm角くらいの大きさに切っていく。大きめが好きです。

研ぎ汁を入れた鍋にそのまま落とし込み、着火。強火で沸騰する手前まで茹でる。沸いてきたら弱火に代えて鍋に蓋をする。ただし少しだけ開けた状態で。

そのまま30分間放置。30分後になったら今度は火を消して蓋を完全に閉める。そこからさらに30分放置。これをあと2回繰り返す。

最後の弱火30分の時には生卵を殻ごと鍋に静かに投入。茹で卵になる頃合いで引き上げる。それらが終わったら洗い場で鍋ごと水を掛けつつ温度を下げる。ある程度冷めてきたら優しく手で包み込むようにしながら茹で終わった豚肉を取り出していく。

うはっ、この時点でトロットロなのがわかるな。絶対ウマいやつ!

今度は別の鍋に水、醤油、砂糖、酒、生姜をぶっ込む。軽く混ぜ合わせてから、件のトロ肉を優しく鍋に入れていく。おっと崩れそうになった危ない危ない。

火を点けて沸いてきたら弱火に。コトコト煮だな。もう甘辛い匂いが…!!これでご飯1杯いけそうな勢いだ。

そのまま30分弱煮込み、最後に殻を剥いた茹で卵を入れて火を消す。一度完全に冷ましきってしまう。そして後は食べる直前に火を軽く入れたら、トロットロの豚角煮の完成だ!


豚角煮が完成したら、冷蔵庫から取り出して野菜を切っていく。こちらはシンプルにサラダにする。中華風にするので、豆苗・豆腐・胡瓜・トマトを順に切って盛り付け。豆腐は水分をしっかり取ってから切る。アミスの食欲を考えて少し多めに作る。ラップを掛けて冷蔵庫へ。キンッキンに冷やした豆腐サラダ好きなんだよね。中華風ゴマドレがあるから今回はそれを使う事にしよう。

後はご飯類だな。定番のチャーハンにするか。ただし今から作るわけにもいかないので準備だけしておく。ピーマン、人参、玉ねぎを刻む。これで全部用意OKっと。

カップ麺の味は…豚骨醤油が一番合いそうだけどどうだろうか…?カップ麺2回目で豚骨が入るのはキツいか?結局ベーシックな醤油にする事にした。ちょっとこってりしすぎるもんね。



◆◇◆◇


「来たわよーーっ!」

アミスが来たのは昼を少し過ぎた頃だった。玄関から大きな声が聞こえてきたので出迎える。どれだけの量の食材を持ってくるのだろう…もしかすると凄い量を持ってくるかも!?と考えていたが、アミスが手に持っていた革袋は手提げ鞄サイズで拍子抜けした。


「久しぶりね!元気にしてたかしら?」

「あぁ、この3日は家の中を調べたりしながらまったりと過ごしたよ。こんなにのんびり過ごしたのなんていつぶりだろうなぁ…ってくらい」

 俺の言葉に笑顔で”良かった良かった”と言ってくれるアミス。でもねアミス、俺は一つ気付いたのだ。めちゃくちゃ身体を動していない事に…!!このままでは肥満まっしぐらだと昨日気付いた。現在それも悩み中である。


「くんくん…玄関に入った途端にいい香りが広がってるわね。今までに嗅いだ事のない香りだけど、なんだかとっても食欲がそそられる匂いだわ!」

 そう言いながらめちゃくちゃクンクンされている。はしたないですよ王女勇者様。


「まぁとりあえずはあがってよ。俺はちょっと食事の準備をするから30分後くらいには全部出来上がるよ」

 チャーハンを作ったりなんだかんだしないとね。待たせるのもなんだから次回からは来る時間を決めてもらうか。

「了解よ!それじゃあお風呂借りていいかしら?さっぱりしたいの」

「オーケー。じゃあ風呂場を案内するよ。そのまま付いてきて」

 アミスを風呂場に案内する。女子高生を自宅の風呂に案内するなんて…などといった批判はもはや考えない。考えるだけムダだと気付いた。


「ここは脱衣所。ここで服を脱いでこっちのドアの中が風呂場だから」

 軽くドアを開けてアミスに中を見せる。ユニットバスじゃないのは自宅のポイントの一つだ。

「考えていたより…こじんまりしているのね?」

「狭いと言ってくれていいよ。たぶんアミスが考えている浴場と全くものだから」

 アミスの言葉に苦笑する。セパレートタイプなのはいいが、その分狭いのよね。高給取りじゃない俺にはこれが限界だった。

「このレバーを上げたら、この先から…こうやってお湯が出る。出し始めた時は水が少し出るから手を当ててお湯が出る事を確かめてから浴びてね。止める時はレバーを元の位置に戻したら止まるよ。」

 アミスに使い方を順に説明する。アミスは頻りにふんふん、と頷きながら聞いている。大丈夫?使い方わかってる?

「んで、これがシャンプーっていって髪の汚れを落とす洗剤みたいなもの。凄い泡立つから髪の汚れを綺麗に流し切ったら今度はリンスがこれね。これを髪の毛全体になじませるように塗り終わったらこれも流し落とす。リンスは泡立たないから注意してね。これで髪の毛がさらっさらになるよ」

「サラサラに!?」

「うん、さらっさらになる。初めて使ったらびっくりするかもな。そんで最後に身体を洗うのがこのボディーソープね。石鹸を液体状にしたものって思ってくれたらいい。ここに掛けてあるタオルに付けて泡立ててから洗ってね。どれも1プッシュか2プッシュくらいで十分だから。後は分からない事があったら大きい声で呼んでくれたら向こうの部屋まで聞こえると思うから」

「大丈夫!わかったわ!」

 ……ホントか?


 “早速入ってくるわ!”と言ってアミスが脱衣所の扉を閉めた。初めてシャワーとか使うだろうに大丈夫だろうか?……まぁ何かあれば呼ぶだろう。


 それからアミスが出てきたのはなんと1時間後だった。シャワーだけで1時間ってヤバくね?時折風呂場から笑い声やキャーキャー騒がしい声が少し聞こえてきたから心配はしていなかったが。

「あぁ……最高だったわ…しゃんぷー、りんす、ぼでーそーぷ…、しあわせ…」

 上下スウェット姿で上気した顔のまま恍惚に浸るアミス。のぼせかけとるがな。なぜか色気よりも幼さが前に出てきてる。幼女化してね?若干舌足らずだし。あぁ、髪の毛が濡れたままだ。ドライヤーの使い方を教えて、髪を乾かしているうちに食事の用意を終わらせてしまおう。冷めた豚の角煮をもう一度軽く温めねば。


「さらっさらだわー♪」

 ご機嫌な表情でにこにこ笑顔だ。

「まぁまぁ早速だけど食べようぜ。さすがに俺も腹減った」

 思わず苦笑してしまう。こんなに長風呂になると思ってなかったからね。

「あ……ごめんなさい。どれも楽しくて…」

「全然いいよ。でもどれもあんまりやり過ぎたら良くないから気を付けてね」

 テキパキと出来上がった料理を並べていく。豚の角煮、チャーハン、そしてメインのカップ麺。メインがカップ麺って改めて考えたらどうなんだ?


「あーー!!かっぷめん!」

 俺の注意聞いてないねぇ…。別にいいけどさ。アミスは直情径行なのかな?勇者とか王女って周囲への配慮とかめちゃくちゃ求められそうな感じだけど違うんかな?悪徳勇者とかには見えないけど…。まぁ追々教えてもらったらいいか。まだ出会ってから火が浅いのにあんまり聞きすぎるのも、って感じだしな。


「おいし!おいし!どれもおいしい!」

 貧弱になった語彙で俺の作った料理を褒めてくれる。確かに豚の角煮はトロットロで美味いしサラダもキンキンに冷えていて美味しいな。あ、ちなみにカップ麺はアミスだけで俺は食べていません。カロリーが気になるとかじゃないし。全然ちげーし。


 王女勇者様は豚の角煮、多めに作ったサラダ、白ご飯まで全て綺麗に平らげてしまわれた。白ご飯4合炊いたんですけど…。食いすぎじゃね?ちなみに白ご飯は何の問題もなく食べられるようだった。初めての食感だと言っていたけどね。


「はぁ…すんごい満足感。もうこのまま死んでいいくらいだわぁ…」

 食事後、人をダメにするソファに座りながら恍惚の表情をされていらっしゃる。スウェット着てその体勢してたら見た目もあってだらけた女子高生にしか見えないな。気品が一ミリも感じられない。…そういや初めて会った時から感じなかったわ。

「いや凄い食欲だったな。あやうく足らんかと思ったわ」

「あら、腹八分目で止めたけど?」

「えっ」

「えっ?」

「い、いや、腹八分目だよね。適量で止めとかないとね」

「えぇそうね。食べすぎは身体に毒よ。タツも気を付けなさい」

 

 いやいや、この女マジかよ。あれで腹八分目とか…。気を付けろって俺があの量食ったら腹裂けるわ。細身の身体のどこに吸収されてんだよ。勇者パワーか?


「そうだ!持ってきた物を渡さないと!」

 急にがばっと起き上がってそう言うアミス。そうだね。あれだけ食べて抑えめなんだったら次回以降の食事量も考えないといけないと思ってたからね。助かります。


「ふふーん、色々持ってきたのよー♪」

 持ってきた手提げ鞄をゴソゴソしだした。あんまり量入ってなさそうだが?というか見た感じ鞄が膨らんでもないのでほぼ何も入ってなさそうに見える。


「ここに置いていくわね?」

 アミスはテーブルの前に立ってカバンから食材を取り出し始めた。そうしたら出るわ出るわ見た事のない食材のオンパレード。ちょこちょこ地球産と似てそうなものもあるが。

 肉、魚、野菜がほとんどだな。魚はどちらかというと熱帯地域で取れそうな柄が派手な物が多かった。さすがに刺身は怖いかな…?

 やはり畜産系である卵や牛乳などは無かった。聞いてみるとあるにはあるが、モンスターの卵の為、デカさが半端ないんだそうだ。それでも良かったら次に持ってくるけど?と言うので一応お願いしておいた。最悪処理が無理そうなら破棄してもらうかも、と言っておいたが。


 アミスが持ってきた食材全てを冷蔵庫に入れる事は出来ず、肉・魚だけ冷蔵庫に入れて野菜類はベランダに置いておく事にした。比較的温度は低めだったし、陽が当たらないから冷暗室みたいな認識にしておく。早めに調理してしまえばいいだろう。


「さすがにこんだけの量を腐らせる前に食べ切れないかも」

 だって肉だけでも10キロ近く持ってくるんだぜ?そこに色とりどりの魚に野菜よ?ちょっと無理あるくない?

「あら、心配しなくても私も食べるから大丈夫よ?」

「でもそんなに頻繁に来るわけじゃないでしょ?」

 俺の言葉にニンマリとした笑顔で返してくる。ちょっと笑い方が下品ですよ王女勇者様。

 

「当面はこの樹海で探索するから毎日来るわ。この3日間も実はずっと樹海内を調査しながら野宿してたの」

「えっそうなの!それなら言ってくれたら良かったのに」

 俺の言葉に苦笑しながら首を横に振る。

「さすがに出会ったばかりでそこまでお邪魔するのもね…」

 俺もさっき同じような事を考えてたから気持ちはわかるけど。ってかそうするとこの食材全部樹海産ってこと?肉も魚も野菜もあるって食材の宝庫じゃねーか。


「でも、もう我慢するのはやめにするわ!だってタツのご飯が美味しすぎるんだもの!」

「俺のご飯?それともカップ麺?」

「……両方よ!」

「なんだよ今の間は」

 そう言って二人で笑った。

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