第8話 異世界転移したから主夫はじめました

「え…マジで言ってんの?」

 リビングで俺は言葉を失っていた。首を傾げて「まじ?」と聞き返してくるアミス。

「えーと、本気で言ってるの?ってこと」

 俺の聞き間違いの可能性があるからね。ちゃんと確認しておかないとね。

「えぇ本気も本気よ!……だめ?」

 クッ!上目遣いで聞いてくるな!かわうぃぃじゃねぇか!

 10代後半を色目で見たりはしていないが、それでもドキッとはするだろうが!

「だ、だめじゃないけど…ほら、男女が、ね?一つ下の屋根で、ね?」

 わかるでしょ?という感じで聞いてみる。この聞き方だったら俺だけ意識してるみてーじゃねぇか!

「だって…やっぱりベッドで寝たいし。明日の朝もタツのご飯食べたいし!」

 …いやわかってたけどね。欲望に、正しくは食欲に忠実なのはよくわかってたけどね。

「部屋は余ってるからいいけど…いやでも」

「やったーーー!!」

  言い切る前に勢いで押し切られた。もう親戚のとこの子が泊まりに来た感じでいこう。

 おー、久しぶりじゃん。何年振り?え?もうお前も高校生かよー!…てきな、ね。



 部屋に案内する。俺の家は2DKなので部屋の確保は大丈夫だ。ほぼ荷物置きになっていた部屋があるからね。ただしベッドじゃなくて布団だけど。予備の布団置いといてよかったわ。客が来ないから使った事無いけど。灯りのスイッチの場所なども教える。こらこら、キャッキャ言いながら点けたり消したりを繰り返さない。


「んじゃおやすみ~明日の朝食楽しみにしてるね~ほわぁ…」

 そう言ってアミスは早々に布団に消えていってしまった。時間見たらまだ7時過ぎたところなんですけど。寝るの早すぎだろ。

 あの感じだと翌朝は起きるのがかなり早いに違いない。慌てるのも嫌なので朝食の仕込みだけしておくことにした。



◆◇◆◇


ピピピピ!ピピピピ!

 目覚ましの音で目覚める。時刻は5時。

「ふいぃ…ねむ…」

 さすがにこの時間に起きたら眠い。窓から外が見えないから時計を見ないと時間帯がわからないのもあるかもしれない。

 欠伸をしながら玄関に向かい、朝の日課になっているドア開けをする。ここからしか外が見えないんだよな。なので基本的に起きてる間はずっと開けっ放しだ。虫とかも一切入ってこないし、昨日気付いたんだが埃や土なども全く入ってこなかった。アミスを承認した時には二人とも土を付けたままだったがそれらは普通に入ってこれた事を考えると、恐らくだが承認者の一部として認識されたのだろう、と俺は予想している。


 昨日晩のうち仕込んだ朝食を用意していく。今朝の朝食はフレンチトーストにサラダ、それとヨーグルトにミネストローネだ。かなりボリューム満点だけど、アミスなら問題なく食べ切ってくれるだろう。


「おはよう!とってもいい匂いね!」

「おはよう、もう起きてたの?」

「えぇ。部屋で調査内容をまとめていたのよ。こまめにまとめておかないとね」

「ふぅん…色々大変なんだねぇ」

「ふふっ…そうね。でも私にはこうやって料理を作る方が大変かも?」

「いやぁ!絶対そっちの方が大変だって!あんなデカイモンスターに近づく事すら怖いのにムリムリ!」

 アミスにとっては朝食を作る方が大変らしい。それは無い(笑)

 天地がひっくり返っても俺にはあの化け物達を倒している姿が想像出来んわ。アミスは俺の言葉をにこにこしながら聞いている。あ、これもしかして冗談だったかな?


 朝食だが、綺麗に全て平らげられた。さすがにこれらは似たような食事があるらしく、驚きはしなかった。聞くと、ヨーグルトも似たような物があるとの事。

「ヨーギーっていうモンスターがドロップするの。少し酸味が強いから砂糖と混ぜたりするわね」

「ドロップ!なるほど、その手があったか」

 どうりで畜産が発達しないわけだ。わざわざ手を掛けて作らなくてもドロップするならみんなそうするにきまってる。さすがはファンタジー世界。その考えは無かったわ。

「タツの世界ではドロップはしないの?」

「いやいや、そもそもモンスターがいないからドロップ自体無いよ」

「そういえばそう言っていたわね…それじゃあヨーギなどのドロップ食材はどうしているの?」

「全部作っているんだよ。そういう物をそれぞれ作る業者がいるんだ」

「えっ!ヨーギーを作るの!」

「うん、牛乳を加工してヨーグルトってのを作るんだ。それ以外にも色んな物に加工されてるけどね」

「それは……凄く大変なんじゃないのかしら?」

「大変じゃない、とは俺は言えないけど、少なくともこの世界みたいにモンスターがいるわけじゃないから安全ではあると思う。俺のいた世界にはあんな大きな鳥はいなかったから」

 俺の言葉に少し考えるような顔をしたが、すぐに思い出したように手を小さくパン、と鳴らした。

「何の事か一瞬わからなかったけれど、ペリクモの事ね!」

「そうそう、ペリクモの事。あんなデカイ鳥がいるとかこの世界ヤバすぎ」

「……でも、あのペリクモはまだ子供よ?」

「え“っ」

「まだ狩りが稚拙だったから…。たぶん成体だったら今頃は食べられちゃっていたんじゃないかしら」

 前言撤回。この世界ヤバすぎどころじゃない。完全に世紀末だわ。あのデカさで子供とか、成体になった時のデカさどうなってんだよ。なんでもかんでもデカくすりゃーいいってもんじゃねぇぞ。

 和やかな朝食の時間は、微妙な空気の中で終わった。


◆◇◆◇


「これ、持って行ってよ」

 俺はそう言ってアミスにランチバッグを渡した。

「作ってくれたの?」

 大事そうに持ってくれるアミス。かわいいねぇ。

「うん、中にはサンドイッチって軽食が入ってる。たくさん食べると思っていっぱい入れておいたよ。味も色んなやつを入れておいたから、帰ってきたら色々意見聞かせてくれると嬉しいな」

 アミスは、じっとランチバッグを見ていたが、急にぎゅぅと胸の前で抱きしめながら涙をぽろぽろと流しだした。

「どどどどどうしたの!?」

「…えへへ、嬉しくて。とっても嬉しくなっちゃった」

「そんなサンドイッチくらいで大層な…。アミスが嬉しくなったんなら俺も嬉しいけどね」

 急にアミスが幼く見えて、なんとなく頭を少し撫でてみた。なんだろう、女子高生風の見た目なのに親戚の小学生みたいに思えてきたわ。精神衛生上もそっちの方がいいからそう思うようにしよう。うんうん、アミスは幼女。悪くない。

 俺が撫でている間も特に嫌そうにされなくて良かった。これで避けられたりしたらオジサンちょっと凹んじゃってたわ。頭撫でる系男子とかめっちゃ俺嫌いなはずだっだのになぁ。ぎゅぅと抱きしめてしまったのに気づいてあわあわしちゃってるのも幼女っぽくていいな。うん、小学生を保育している気分になる。


 アミスはあふれんばかりの笑顔で出ていった。陽が落ちる前には帰ってくるとの事だ。聞くと、夜は夜行性のモンスターが活発化して危険だし光が無いから念のため、との事。アミスの強さだったらあんまり関係ないらしいけどね。アミス最強説。


 それから5日ほどは似たような毎日を過ごした。朝早くに起きて一緒に朝食を摂り、お弁当を渡して夕方の帰りまでに掃除と夕食準備。時間が余ったら軽く腹筋などで運動不足を少しでも解消する。それだけだと足りないから毎日のように家中を隅から隅まで掃除してた。如何せん動線が短いから動く距離が少ないんだよな。ランニングなどは絶対に出来ないしなぁ。引き続きの課題だ。


 夜、食事後にはアミスにDVDを見せてみた。どうせ隣近所もいないんだし、と大音量で見せたんだが、どうやらアミスは王道の勧善懲悪ハッピーエンドものが好きらしかった。しかも実写よりもアニメが好きらしく、隣に座ってダボダボのスウェットを身に纏いながら「いけー!負けるなー!」と両手を上げながら声が枯れんばかりに叫んでいるのを見ていると、きっと製造元もこれだけ喜んでくれるファンがいるなら嬉しいだろうなぁ、と面白かった。


 あ、ちなみにスウェットはアミス専用装備とする事にした。あのダボダボ感が堪らないらしい。スウェットは2着しかないから、傷まないように気を付けて洗わないとな。思考が完全に主夫だわ、俺。

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