第6話 異世界転移したから少しおさらいをする
やっと風呂に入れた。ざらざらしていた身体もさっぱりしたわ。あれだけフラフラしていたのにもう全然疲労や怠さは感じられない。思ったよりヒール薬が効いたんだろうか?
洗濯をして、土が家に入ってしまったので掃除して…。掃除中は換気も含めて玄関のドアを開けたままにしていたが、確かに危険は感じられなかった。
驚いたことに家のすぐ近くに打ち捨てられたペリクモの血の匂いに釣られたのか、狼のような見た目の、ただしどの個体も3メートル以上ある10匹ほどの群れが家のすぐそばを通った時だ。ちょうど俺は玄関口で掃除していたので思わず「ヒェッ」と声を上げてしまったが、狼達はその音に反応する事無く見つけたペリクモを食べていた。そのまま硬直したように固まっていた俺をよそに狼達は猛烈な勢いでペリクモを食べ始めると、ものの5分もしないうちに食べ切ってしまい、俺の家のすぐそばにはペリクモの骨だけが残った。
そこからは更に驚きで、狼達が悠然と去った後、残った骨が少しずつもぞもぞし始めた。すわスケルトン化するのか!?と骨を凝視すると、50センチほどのサイズのアリ達がペリクモの骨を動かしていたのだ。数百匹はいるだろうアリ達は自分たちよりも遥かに大きいペリクモの骨を移動させ、いつの間にやらペリクモがそこで死んでいた形跡は無くなってしまった。食物連鎖すげぇ…と改めて感心する。アリたちはきっとペリクモの骨を巣へと持ち帰って材料にでもしてしまうのだろう。何もかものスケールがデカすぎて、俺は改めて絶対に何があろうとこのドアの向こうには足を踏み出さないぞ、と決意を新たにした。ヘタレ上等だぜ!
ただ、現状アミス以外でこの世界の情報源といえばこのドアから見える先の景色しかない。特に俺はモンスターについては空想上の生き物しか知らない。ちょくちょく時間が出来たら外を見るようにしよう。
◆◇◆◇
「さて、と」
転移した翌日、簡単に家事全般を終わらせリビングでコーヒーを飲みつつ思考する。
アミスに言ったのは半分本当で半分は嘘だった。
本当なのは数年単位で引きこもれること。これは本当だ。というか引きこもろうと思えば10年くらいは大丈夫だろう。ゲームは大量にあるし、PCが生きている事も確認済みだ。ネット回線は死んでいたのでネットサーフィンは出来ないが、それでもPCがあればやれることはいくらでもある。
嘘の部分だが、俺はこのまま悠々自適に引きこもり生活に甘んじているだけのつもりは無い。いや、外には出ないけどね。
俺がこの世界に転移させられた事に必ず意味があるはずだ、と考えている。そうでなくてはこんな整った環境と共に転移させられるはずが無いからだ。
確実に何かしらの”意思”が介在している。それが善意なのか悪意なのか、はたまた全く違う別物の意思なのかはわからない。ただそれらを追求する必要が俺にはあるはずだ。
果たして俺は日本に還りたいのか?
この疑問については現状では何とも言えない、というのが本音。身寄りはいなかったし、取り立てて仲の良い友人も恋人もいなかった。広く浅く付き合う希薄な人間関係しか構築していなかったし、構築出来なかった。俺は壊滅的に人付き合いが苦手なのだ。業務上の付き合いや営業先での交友は全く問題ないが、殊、プライベートな付き合いとなると途端に臆してしまう。どうしても自分のパーソナルスペースに入って来られるのを良しとしなかった。できなかった。恐らくだが俺のパーソナルスペースは極端に狭く、そして非常に強固な壁を立てている。誰にもその壁の向こうに招く事はしなかった。
そういう意味で考えればアミスとの一連のやり取りは自分でも少し驚いたところがある。自宅などはパーソナルスペースの最たる部分であり、己の城と言うべき存在だ。そんなところで何ら臆する事無く、そして一緒にいて不快感を感じる事も無かった。
一つには、あまりにも非現実的な事象が続いたこと。
自宅のドアを開けたらそこは異世界でした、なんて事が起こり、さらには強大なモンスターに襲われ、あげく食われかけたところを殺されかけたのだ。パーソナルスペースがどうとか言っていられる状況ではない。
二つ目として考えられるのが、俺とアミスがあまりにも違い過ぎていた事だ。現代日本でアミスと仲良くしていたら事案でしかない。さらにアミスは属性てんこ盛りだった。王女で勇者。もはや別世界の、いや現実として別世界の人間だったからこそフラットに接する事が出来た。差し迫ってアミスをこのまま帰したらマズいと打算があったのも事実だが。
日本に還りたい、還りたくないの選択肢は俺には無いのかもしれない。選べない可能性の方が高いかもしれないな。そんなに都合良くいくとは思わないでおこう。いずれかまでには自分の意思をはっきりさせる必要があるが、まずは差し迫って情報収集だ。何も情報収集は外の事だけではない。内の事、つまり自宅の状況をきちんと精査する必要がある。
俺はマグカップに残った、冷めてしまったコーヒーを飲み干し自宅内を確認する事にした。よく考えたらコーヒーも少しずつ飲まないとな。手に入らない物として考えておいた方がいい。
昨日のうちに簡単には調べていたが、細かい部分までは手を付けていない。どうせ外には出られないんだ。じっくり抜けが無いように取り掛かるとしよう。
開け放たれたリビングの扉の向こうにはそのまま玄関口が見える。玄関のドアも開け放たれたままだ。そこから見える光景を見ながら、どうして俺はこんなにも冷静なんだろう。どうして俺の心はこんなにも平静なのだろう、と問わずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます