第4話 異世界転移したら色々教えてもらった

 マジェスティア王国八女、勇者アミスからの非情な宣告から1時間が経とうとしていた。


 アミスの口から出た衝撃的な事実に、俺は当初こそふざけたような投げやりな気持ちだったが、段々とその事実に凹みだしてきていた。だって五歳児に負けるんだぜ?そりゃ凹むでしょうよ。それに凹むのもそうだが、五歳児が俺に確定で勝てるとかこの世界はどんだけ世紀末なんだ。


「この世界の呼び名は『フィデルヨルド』。そして世界の全体地図がざっとこんなものね。我がマジェスティア王国の位置がここで、私たちがいる『ルイシュタットの樹海』がここら辺ってところかしら」

 双方の情報交換を一時中断して、気分転換がてらにアミスがプリント用紙に手書きで地図を書いて場所を説明してくれている。だが文字が日本語ではない為に正確な場所が把握出来ない。俺は慌ててアミスに声を掛けた。


「アミス、話を途中で止めてごめん。書いてくれている文字が俺にはわからんわ」

 地図内へそれぞれ書き込んでくれた文字を見てみる。ロシアのキリル文字が近いか?それでも読み方も呼び方もわからんから説明が難しいけど。どうやら自動翻訳は口頭でしか対応してくれないらしい。片手落ち機能だわこれ。


「アミスが書いてくれた国名の横に書き込んでもいい?」

「ええ、勿論よ。タツに説明する為に書いたんだから、タツが覚えやすいようにしたらいいわ」

 アミスの言葉に頷いて再度一つずつの国名を聞きながら書き込んでいく。

「ここは?」

「ラスティア帝国。首都ラスティアはこのあたり。その右横の細長い国がディルグスト王国。首都ディルギスはこのあたりね。それから……」


 そうこうしているうちに全ての国名と首都、各国のざっとした外交関係、そして主要な場所の名前を全て地図に書き記し終わった。A3用紙横いっぱいに使ったから中々の大きさだな。ってかアミスよくこのデカさの地図を何の資料も見ずに書けたな。俺は地球の世界地図を書けと言われてもここまで綺麗に書けないと思う。折角だからリビングの壁に貼っておこう。



◆◇◆◇


「ふぃー、なんだか一気に情報詰め込んだから疲れた。大量に血を流したのも原因かな?とにかく色々と教えてくれて助かった。地理関係は今後活かす機会が来るかどうかは甚だ疑問だけど」

 問題は何も解決していないが、とにかくこの世界では外出してはいけないのだ。俺はこの狭い2LDKの中で生きていく方法を模索しないといけない。

「ううん、私もタツに色々と教えていて楽しかったわ。タツが書く文字はどれも不思議な形をしていて見てるだけでも面白かったわよ。特にこの文字の絵面が気に入ったの」

 アミスが指差した文字は『国』だった。

「この文字ってたぶんだけれど国とかそういう意味よね?どの国の名前にも書かれているから」

「そうだよ。国で間違いない」

「なんだかこの文字を見ていると不思議な気持ちになるのよね。由来とか聞いても?」

 うーん、国って感じの由来か…。

 別の用紙を持ってきて国の漢字を大きく書く。

「うろ覚えだけど、諸説あるんだが2つあって、まずこの文字は漢字というんだ。正確には俺が住んでいた国の文字ではなく、他の国から入ってきた文化だと思ってくれたらいい。それで由来の1つ目だけど、国の文字の真ん中に『王』ってあるだろ?これは『おう』って読むんだ。王様とかの『王』だね。確か王様を中心として囲った場所に国が出来たとかだったと思う。それで二つ目が武器である『矛』と人が住む『村』の文字が段々と崩れて一つになって武装した村を『国』とした。とかだったと思う」

「王が中心となってそこから『国』が出来た……」


 2つある説をどちらも説明したが、アミスはどうやら1つ目の説が気になったようだ。やはり王が中心となって…の部分に王家の一員として感じるところでもあったのだろうか?

 アミスはそのまま『国』の文字をじっと見つめたままだったので、席を離れて何か食べる物でも用意する事にした。空腹だったのに何も食べず仕舞いで気付けばもう昼時だ。



◆◇◆◇


「簡単にだが昼食を作ったよ。いつまでも難しい顔をしていないで食事にしよう。俺も腹が減って仕方ない」

 アミスには焼いた食パンの上にスクランブルエッグを乗せたもの、シンプルなグリーンサラダ、粉末タイプのポタージュにした。この世界の食文化がわからないし何が食べれるのかもわからなかったので比較的好き嫌いが影響しにくそうな献立で用意した。

 そして俺はというと、アミスの分を作っているうちに段々と面倒になってきて、醤油ベースのカップ麺と冷凍しておいた白米、作り置きのほうれん草のおひたしという献立だ。世の主婦と同じように自分の分だけ作るって結構ダルイんだよね。

独身生活の中で碌に趣味も無かったから家事全般スキルだけがどんどん伸びていって料理も好きではあるけどさ。今では時間が空いた時に一気に料理して冷凍や冷蔵保存したものを少しずつ食べていく生活スタイルとなっている。

ちょうど作り置きしたばかりだったのでそれなりの品数は確保されているが、それでも所詮はたかがしれている。早急な食材確保が求められるな。


「わぁ……これは全部タツが作ったの?」

「うん。簡単な物ばっかりで悪いけどね。好き嫌いとか無い?」

 俺の言葉に悲壮感すら漂う顔をしていたアミスの表情が明るいものに変わった。

「えぇ!自慢じゃないけれどなんだって食べるわよ!」

 力強く頷くアミスに思わず苦笑する。

「手が込んでないものばっかりだからそんなにキラキラした笑顔を向けられても困るよ」

「えっ?食パンは香ばしく焼きあがってて貴重な卵を使っているし、サラダだって新鮮でとっても美味しそうじゃない!」

 どうやらアミスの言葉だと畜産はこの世界では一般的ではないらしい。まぁモンスターが蔓延る中で潤沢な餌場の確保は難しいのかもな。


「タツの料理は私のとはだいぶ違うみたいね?」

 俺の席に並べられたカップ麺、白米、ほうれんそうのおひたしに視線を向けながらアミスがそう言った。

「アミスの分を作り終わったら自分の分を作るのが面倒になってきてね。手抜き献立にした。まずは食べよう」


 アミスはめちゃくちゃいい笑顔でニコニコとしながら、しきりに

「パンがおいしいわ!」

「卵がとろっとろね!この赤いのも酸味が効いてて合ってるわ!」

「サラダがシャキシャキ!」

「あぁぁ……このスープめちゃくちゃ染み渡るわぁ……」

 などと言っていた。こいつ本当に王族か?と思ったのは内緒だ。

ポタージュはマグカップに入れて渡したから、マナー的にスプーンが無いと飲めないかもと思って念のために用意しておいたのに、少し様子見した後、スウェットで両手を隠すとその上からマグカップを包むように持ちながら少しずつ飲んでいた。初見でその飲み方をするのは判断力が凄いな。

そんな感じで俺がカップ麺を食べ始めるより先に自分の分を食べ切ってしまった。そして綺麗に料理が無くなってしまった皿とマグカップを見てショボンとした顔だ。

こいつめちゃくちゃ大食いか?と思ったのは内緒だ。まぁ美味しく食べてくれるのはやっぱり嬉しいからね。俺も思わず笑顔になっちゃったよ。

もう数枚パンを焼こうか?と聞いても苦笑いで首を振る。恥ずかしかったのかな?あれだけの動きをするのなら消費カロリーも凄いのかもしれんな。


 とはいえ俺も早く食べないと。麺がゆるゆるになっちゃうな。フタを開けて箸で大きく軽く数回混ぜて、っと。ほうれん草のおひたしを少しつまむ。味は若干薄味にしてある。これは作り置きしてから食べ切るまでに数日かける為、最初に適量で作ってしまうと最後には塩辛くて食べるのが辛くなるからだ。人と接しない生活を送っているうちに覚えた処世術の一つといえる。違うか?


 ベーシックな醤油ラーメンを啜りながら白米をほおばる。食べなれた味にほっと息を吐けた。ふと、前に座るアミスを見ると、いかにも興味津々といった感じで俺の食事風景を見ていた。

「ん?気になる?」

「気になるわ!」

 今までの口調は何だったんだと言いたくなるくらい幼い表情で大きく頷いた。でもすでにラーメンは箸を付けちゃったしなぁ。俺は気にしないけどさすがにマナー的にどうかと思うし、なんと言っても一国の王女に食べかけを差し出すのはまずい気がする。

「もうラーメンは食べ始めちゃってるから、ほうれんそうのおひたしでも出そうか?」

「それも勿論食べたいけど、らーめん?それが一番気になる!」

 段々幼児退行していってない?らーめん、という言葉の言い方も舌足らずみたいになっちゃってるし。

「でも食べかけだし…。もう一個作るからそれを食べたら?」

「そんなの悪いわよ!少しだけ食べさせてくれたらいいわ。とっても美味しそうな香りがするの」

 あー、まぁ確かに食欲をそそる匂いではあるよね。それをすでに食事が終わった人が言っているのが面白いけど。

 数回作る、作らないのやり取りをしたが、私は全然気にしない!と強く言うのでもういいやと放り投げてアミスの前にカップ麺を差し出した。あ、箸じゃ食べれないな。フォーク持ってこよう。


「ふぅ、ふぅ」

 慣れていない仕草でラーメンを冷まして、これまた上品にチュルチュルと麺を啜り始める。ん?一瞬アミスが固まった。大丈夫か?声を掛けようと思ったら次の瞬間には凄い勢いでラーメンを食べ始めた。

 そこからは息つくことなく一気に麺を食べ終え、そのままスープも飲み干してしまった。塩分濃度高いから全部飲んだら身体に悪いよ?

 ぷはー、とでも擬音が聞こえてきそうな豪快な飲み干しで一気に飲み切ってカップをテーブルに置いた。

「あぁー、おいし、かっ…た……」

 我を忘れて食べ切った事に気付いたんだろう。空になったカップを見て愕然としている。そんな悲壮な目で俺を見ないで。

「ごごごご、ごめんなさい!」

慌てて立ち上がって平謝りしてくる。アミスの特徴的な金髪がブルンブルン振り回されてヘドバンしてるみたいなんだけど。

「そんな泣きそうな目で見なくても大丈夫だって。おひたしもまだあるから」

 苦笑しながら言うと、こちらを窺うような目で見てくる。生まれたての小鹿か。


「さすがに一気に飲み干すとは思わんかったけどな。いやぁなかなか豪胆だったわ」

 からかうようにニヤリ、と笑いながら言うとアミスは顔を真っ赤にした。金髪に赤色は映えるなぁ。アミスは小さい声で「だって…美味しくて…」と呟いた。かわいいね。俺に加虐趣味は無いと思っていたけど、これは改めんとダメかもしれん。


 結局、残ったおひたしで白米を食べ切った。若干の物足りなさはあったが、さすがに他のおかずを出してくるのはやめておいた。ちょっと露骨すぎるからな。アミスが帰ってから何かつまむとしよう。


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