第3話 異世界転移したら理解(わか)らされた
「とりあえず少し落ち着けさせてくれ。俺はちょっと着替えて……ストップ!土足禁止だ!」
「え?そうなの?」
そのまま室内に上がろうとする女を制止させ、履いていたブーツを脱がせる。
「履いているものは今立っているそこまでで脱いでくれ。ここから先の部屋はスリッパを置いておくからこっちに履き替えるように頼む。それと……」
「なによ」
俺ほどじゃないが女も多少は汚れている。このまま家に上がられるのはちょっと嫌だな…。疑う視線を当てられているがこの家の主は俺だからな。俺のやり方に従ってもらわんといかん。自分の本拠地である自宅の中に入ったからなのか、今なら強く言えそうだと思えてくるから笑える。
「汚れている状態でそのまま入って来られるのがイヤなんだ。着替えがあるなら着替えて欲しい。その間に俺は風呂に入って来るから」
「お風呂?浴場があるっていうの!?」
「浴場って…そんな大それた物はないよ。ただの狭い風呂場だよ」
どうやらお風呂は珍しいらしい。よくある中世ヨーロッパレベルの文化とかはやめて欲しいんだが…。でもそれにしてはそこまで汚れていないし、こう言ってはなんだが臭いとかではないが…?見事な金髪も艶があるというわけではないが目立った汚れも無さそうだけど。
もしも衛生面が壊滅的だったら、いよいよ対応策を考えないといけなくなるレベルだな。
「ふーん、そうなのね。……それなら私も汚れが気になるから入浴したいんだけど」
「は!?」
え!?コイツ何言ってんの!?初対面の殺しかけた男の家に上がったかと思うと、図々しくも風呂借りようとするのかよ。この世界ではそれが普通なの?ちょっと貞操観念ガバガバガ過ぎない?
「なに?何が理由でダメなわけ?」
「男一人の家で風呂借りるとか危機管理能力低すぎだろ」
いや別に襲うとかないけどね?もし万が一襲ったとしても返り討ちにしかならないだろうし、現状で唯一の情報源にそんな事はしませんよ。そうじゃなかったとしても勿論しないけど。
そんな俺の発言を他所に女は腹を抱えて笑い始めた。
「アッハッハ!俺も男なんだぞ!ってアピールでもしてるわけ?あーめちゃくちゃ面白いわねあんた」
「いやその言葉通り俺も一応男だよ。あんたから見てどうかは知らんけどさ」
見た感じ10代後半にしか見えないのにこんなんでよく生きてきてるな。それとも俺を格下だと認識しているからか?そうだとすると相当腹立たしいな。
「もう一度言うが俺は男だ。あんたから見たら遥か格下の男にすら見えない存在かもしれんが、そういう態度を取り続けるなら出て行ってくれ。はっきり言って不愉快だよ。ここは俺の家であんたは家主じゃない。そこまで言われてあんたを家に上げる必要性が無い」
段々と腹が立ってきて一気に捲し立てた。情報がどうだとかこの場所がどこなのかとか生きていく為にどうすんだよとか色々あったがもう知らん。
死ぬ時は死ぬんだし、どうせ死ぬ時くらいは自宅の畳の上で死にたい。その時に目障りな存在はいて欲しくないからな。すでに一回死にかけてるからかわからないが異常に感情の振り幅が激しい気がする。こんなにキレやすかったわけではないのに。
笑いを止めて俺の発言をじっと聞いていた女だったが「そう、それは本気で言ってるのよね?」と聞いてきた。
「はぁ?本気だったら何だと言うんだ?今のお前の発言とは何ら関係ないだろうが」
いよいよ本格的に腹立たしくなってくる。もうどうなってもいいから出て行ってほしい。切実に。
「……ふぅ。笑っちゃってごめんなさい。あなたを下に見て言ったわけではないの。男として見ていないって意味でもないし、馬鹿にしているわけでもないの。というよりも…そういった態度を見せられたのが初めてだったから」
「初めて?男一人のところにいるのが危ないって事が?」
俺の問いに小さく頷く。顔付きを見る限りは冗談ではないのだろう。顔立ちが悪いわけでもないのに初めて言われた?根本的に人間性に問題でもあるのか?いや、それでも一定数の馬鹿な男はいるはずだ。それなのに初めて言われたとはどういう意味なんだろうか。
その言葉の意味を理解出来ない俺を見て、女が小さく微笑んだ。先ほどまでの豪快な笑いではなく、優し気な上品な笑顔だった。あ、そういえば名前からして貴族の可能性が高いんだったな。貴族の家出身でそれなりの教育は受けたが、厄介者扱いでもされてる?恰好からして貴族っぽくないし。それでも女として見られた事無い発言とは噛み合わないが。
女は居住まいを正し、静かな落ち着いた声で言った。
「数々のご無礼、大変失礼致しました。私の名はアミス・フォン・マジェスティアと申します。マジェスティア王家八女であり、第15代目勇者アミスを名乗っております」
言い終わる最後にはカーテシーだっけ?挨拶までしてくれた。
いやいや、いきなり情報過多過ぎ。怒涛の展開でついて行けんぞこれは。
◆◇◆◇
「お茶で悪いけどどうぞ」
椅子に腰掛けた王女に茶を出す。俺は風呂に入るの後回しにし、破けた背広とYシャツをゴミ箱に突っ込み、ジャージに着替えてから王女と二人でリビングにいた。
「ありがとう。初めて嗅ぐ香りね。それにとても綺麗なグラスなのね」
冷えたほうじ茶の入った100均で買った安物ガラスコップにいたく感動している様子の王女。そんな王女は現在、俺のスウェットに身を包んでいる。王女は着替えを持っておらず(それは王女としてどうかと思ったが)、とりあえず極力身体のラインが出そうにないスウェットを渡して着替えてもらった。もちろん風呂場に案内し、俺は玄関で着替えましたよ。
金髪王女が俺のスウェットを着ながらほうじ茶を飲むとか属性過多にも程がある。しかも勇者らしい。
「で?何から話す?俺の事?王女様の事?」
「アミスでいいわよ。周囲からも王女よりも勇者アミスで呼ばれる事の方が多いし」
「了解。じゃあアミスって呼ばせてもらう。俺の事もタツヒロ…あー言いにくかったら、タツと呼んでくれたらいいよ」
俺は王女と話していて気付いた事があった。どうやらアミスが話している言語が日本語ではない事にだ。
王女が何かを離す時に口を見ていたが、発せられる言葉と口の動きが一致しなかった。まるで言葉を発してから俺の耳に届くまでに何らかのフィルターが掛かっているみたいだ。それらを考えると恐らくだがアミスという名前も本当はもっと違う発音で、もっと違う響きなのかもしれない。俺の名前であるタツヒロもアミスの口の動きだけを見ると「タツヒロ」というよりは「タチオ」と言っているように見える。
どことなく言いにくそうにしていたのでタツでもOKだと伝えた。まぁ伝わればなんでもいいしね。
「ありがとう、それじゃタツと呼ばせてもらうわね。それでタツは一体何者なの?どうしてこんな所に一人でいるの?そしてさっきまで見えなかったこの家は一体何なの?」
「ちょ、ちょっと待って。そんなに一気に言われても答えにくい。それに俺にも答えられない種類の質問かもしれない」
「答えられない?それは教える事に支障があるからとか?」
「いやいやそういう意味じゃないよ。俺にもわからないってこと」
「わからない?タツの事がタツにもわからないって事?」
アミスの問いに小さく頷く。俺のそんな様子アミスは戸惑っているようだ。確かに俺の事が俺にもわからないって状況が意味不明だな。
「この家は確かに俺の家だけど、自宅はこんな場所じゃなかった。朝起きて仕事に行こうと扉を開けた時には樹海のど真ん中に出たってわけ。そしてそのままペリカン擬きに襲われてアミスに槍で右肩を貫通されたって感じかな」
そう、よく考えたら俺はまだこの世界に来て数時間しか経っていないのだ。そしてその数時間で初遭遇生物に殺されそうになっているのだから、この場所の危険性は推して知るべし、といった所だな。
「あぁ…そういえばペリクモに狙われていたわね。ペリクモはこの森の中でも最弱の部類のモンスターよ」
マジか。あのデカさで食物連鎖の最下級って言うのかよ。んじゃ俺は微生物レベルですか?ってかモンスターなのか。
「生物じゃなくてモンスター?俺の世界にはモンスターは存在しなかった。それと不思議だったのが、何故だかあの鳥が俺を食べようとする直前まで逃げられなかったんだ」
あの場面は不思議で仕方がなかった。最初に鳴き声が聞こえた時にはめちゃくちゃ怖かったのに、飛び立って旋回しながら俺に向かってくる間も俺は一歩も動くことなく眼前まで接近を許してしまったからだ。さっさと自宅に逃げ込んでしまえば良かったのに、竦んで動けないわけでもないのに、どうしてか俺はその場から動かなかった。動こうという意思が働かなかった。
「あぁそれはペリクモの羽根には精神汚染作用があるからね。ある程度のレベルがあればレジスト出来るけど、タツは出来なかったんでしょう。だから接近を許してしまったんだと思うわ。ペリクモは極彩色の羽根の精神汚染で小動物などを油断させてから捕食するのが狩りの基本だから」
俺は小動物扱いされたんか…。まぁペリクモからしてみれば小動物サイズかもしれんけど。だがやっと理解出来た。どういった原理かはわからないがあの綺麗な羽根を直視してはいけないらしい。精神汚染とか怖すぎるだろ。
「ただ、普通なら突っ立ってしまう程度では収まらないはずなの」
「ん?どういうこと?」
「ペリクモの羽根を直視した小動物は精神が汚染されて壊れてしまい、発狂しながら死んでしまうらしいから」
こわっ!ペリクモの羽根怖すぎだろ!精神が壊れて発狂死とか最悪の死に方じゃないか!
「じゃあ俺が発狂しなかった原因は……?レベルの問題とか?」
「それは無いわ」
俺の言葉にアミスは即答しつつ首を横に振った。
「あなたのレベルは1。間違いなく今この世界でかなり弱い部類ね」
めちゃくちゃバッサリ斬られた。投擲してきた槍もそうだが切れ味良すぎんだろーよ。
「常識から考えればあなたが生きている事自体不思議なの。でもあなたは常識の範疇に収まっていないからこの常識は通用しないわね」
「俺が常識の範疇に収まっていない?どこかおかしいのか?」
「おかしいと言えばおかしいけれど……」
口ごもるように言いにくそうにするアミス。なに?まだそんな言いにくい事があるの?
「ここまで聞いたんだからはっきり言ってくれていいよ」
さっきバッサリ斬られたからもう余程の事じゃない限りダメージ食らわないだろ。アミスはそれでもどこか言いにくそうに眉間に皺を寄せている。だが観念したのか、先程までの溌溂としたと言い方ではなく、小さな、ぼそぼそとした苦し気な言い方で言った。
「……さっきはこの世界でかなり弱い部類、と言ったけれど訂正するわ。弱い部類ではなくて、間違いなくタツはこの世界で最弱の部類よ」
え?下位グループではなくて最下位グループの一員だと?その言葉の違いはすごく、すごく大きいぞ。
「…そこまで言い切るって事は、理由があるんだよな?」
「えぇ、明確な理由があるわ。そもそもレベルは普通の生活を送っていれば放っておいても上がるものなの。特別な鍛錬などしなくても、日常生活の中で行われる生活を送っていれば、どんな人でもレベル5にはなるはずなのよ。というよりも、タツのようにレベル1のままでは大人になれないはずなの。なぜなら人は生きて生活をしているから。生まれてから一歩も動かずに寝た状態ならいざ知らず、行動し、思考し、摂取排泄し、呼吸睡眠をしていればレベル5には絶対になるの」
「ち、ちなみにレベル1ってどれくらいの年齢だと存在しているんだ?」
やべぇ聞きたくない聞きたくない。でも是非とも聞いておかないといけない情報である事も理解している。でも今すぐに耳を塞いでしまいたい。アミスの返答如何では心がポッキリ折れてしまいそう。
「だいたい3~4才までじゃないかしら。早い子だと3才でレベル2に、遅い子でも5才にはレベルが上がっているはずだから平均したら3~4才ってところね」
衝撃に事実だった。え?俺ってこの世界の5才児に総負けするってことかよ。
「……ちなみにレベル2の子供と俺がガチンコで勝負したらどうなるの?」
「勝率は五分五分といったところかしら。レベル2とは言っても所詮は子供だからね。痛みにも慣れていないし、戦う機会だって初めてなわけだから立ち回りなどはどうしても経験不足が顕著に表れるはずよ」
「逆を言えば、経験や駆け引きなどを総合的に加味しても2回に1回は俺が負けると…?」
「少し違うわね。初見だと五分五分だけど、2戦目以降は間違いなく負けるわね。立ち回りや経験不足では補えない力の差。それがレベル差よ」
幼 児 に 確 負 け か よ 。
この世界でどうしていこうかとかウダウダ考えていたが、俺はこの家から一歩も出てはいけない事が判明した瞬間だった。
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