第六十話



 何やら慌てた様子のスニヤがやってきたことで、その日勤務していたロナル鉱山の職員たちは一時騒然となった。


 のだが――そう、あくまで「一時」である。



「ありゃ、ここ崩れたのか」

「うわ~領主様ぁ~、ま~た貴重な体験なさって~。久しぶりだな穴開くのいつぶりだこれ」

「そんなに久々か? 領主様マジ貴重な体験してんな」

「あー、ここあの辺になるのかぁ」

「そういやお嬢どうした?」

「一緒に落ちたんだろ」

「親方ぁ、俺ら戻っていいっすよね?」

「おう、戻れ戻れ。コルズ、お前はちょっと残んな」

 言うだけ言ってぞろぞろと持ち場へ戻っていく職員たちと主人の落ちた穴とを順に見て困惑するスニヤの首の後ろを、親方がぽんぽんと叩いた。

「大丈夫だよ、ちょいと回り道にゃなるが上がってこれる。ここで引き上げて助けるよりゃよっぽど安全だ」

 首をかしげるスニヤは不思議そうだ。親方はその場に残ったコルズに自分の腰にぶら下げていた木筒を渡す。

「スニヤを案内してやれ、これ領主様にな。夢中なのもいいけど今日のところはそろそろ引き揚げねえと奥様心配すんぞって伝えとけ」

「はぁい。スニヤ、お迎え行くぞ」

 大丈夫そうだと知るや、スニヤはくるんと嬉しそうに一回転して、コルズの手に額を押し付けた。コルズも手袋をはずしてふわふわの毛並みを撫でる。

「そうだよなぁ心配だったよなぁ。でも親方も言ってたろ、大丈夫だって。モーフェンもいるしな!」

 うるるる、と返事をしたスニヤは、背に乗るようにと姿勢を低くして促した。はやっているのか、前足がたしたしと地面を叩いている。コルズは、笑った。

「お前、ほんと領主様大好きなんだな。んじゃ、失礼して、っと」

 コルズが背に乗り、手綱の代わりにたてがみの一部を握ると、雪獅子は駆け出した。その足取りは実に軽やかであった。



「ん?」

 洞窟の奥、明かりも何もない暗がりから知った声が聞こえたと思ったら、白くぼんやり光っているようなものが近付いてくる。馬とも違うその足音、徐々にはっきりと見えてきた大きな白い獣とその背に乗る若い男に、トウキの表情が晴れた。

「スニヤ、コルズ」

 雪色をした神の御遣いはぴょんと跳ぶとトウキの目の前に着地し、全身で再会を喜ぶ。背の上のコルズがおろおろした。

「ちょ、おい、スニヤっわわっ……よっ、っと!」

 やっとのことで飛び降りたコルズは体勢をくずして転げたが、素早く立ち上がる。

「はい、親方から。追加の水っす」

 木筒を手渡され、トウキは安堵の溜め息をつく。

「ありがたい、もうすぐなくなるところだった。……ところで、そっちから来たということは、どこかと繋がっているのか?」

「ここ、元いた上の坑道と奥の方――ほんっとーに奥の奥の奥の方で繋がってるんすね。こう、でっけえ階段みたいな段差になってて。そのことはだいぶ昔から知られてはいたみたいっす。つっても、ここらは氷晶石採れねえっつーし、俺もここ来るの初めてなんすけどね!」

 からから笑うコルズにトウキは怪訝けげんな顔をした。

「氷晶石が……採れない?」

「そっすよ、だから整備されてねえんす」

 即答に、しばし思案する。

「…………つまりそれは、氷晶石以外の石は、出たりするのか?」

「や、聞いたことねえっすね。氷晶石しか出ねえっしょこの山。モーフェン? 何してんだ?」

 トウキの後ろでぼりぼりと音を立てながら石を食べていたモーフェンは、実においしそうに咀嚼そしゃくしていた石を飲み込むと、呼び掛けにゆっくり、方向転換した。

「コルズ。キラキラのいし、あるヨ」

「え?」

「キラキラのいし、だけど、キラキラのいし、ちがう、あるヨ。ネ、おとうちゃん」

「は?」

 思わずトウキを見るコルズ。トウキは、何をどう言っていいものかと僅かに考えたが、

「えぇ、と……ちょっと、これを見てほしい」

 見てもらった方が早いと判断し、コルズの腕を引いた。


 助けを待っている間に何故か掘っていたらしい横穴の前まで連れてこられると――鉱山職員の青年は、げ、と喉の奥を鳴らすような変な声を出した。



「うそっ、…………だろ? これってっ……」



     ◎     ◎     ◎



 分厚い紙の束を三分の一ほど読み進めたところで、白髪交じりの男は、うぅん、とうなった。

「いや…………んー……興味深い内容ではあるんだが……」

 机を挟んだ正面に立っていた頭巾ずきんと顔の左半分をおおう金属の仮面をかぶった男が、ずいと詰め寄る。

「内容としては面白いだろう? どう? これ、本にしてお宅から出してみないか?」

「いや~……しかしだね……」

 渋い顔だ。渡された草稿らしきものの内容もあるが、何しろ目の前の男が胡散臭うさんくさい。

「雪獅子公っていったら、賢帝リュセイの敵じゃないか。それがこんな、人畜無害の人物みたいな」

 頭巾の男は更に詰め寄った。

「実際人畜無害だったんだよ!」

 勢いに押された白髪交じりの男は、ややのけぞりながらも紙の束を差し出した。

「な、んな、二百年以上も前のことだろう!? なぁにを知ったふうにっ…………とにかく、うちではちょっと難しいねっ! 他当たってくれっ」

 頭巾の男は舌打ちしながら受け取ると、

「他のところに持っていって世界中でバリバリ売れちゃっても知らないからな!」

 捨て台詞を残してきびすを返す。


 出て行こうと扉を乱暴に開けたそのとき、薄い布地の外套がいとうに付いた頭巾がはらりと落ち――見えたのは、肩より下まで伸びた、深く鮮やかな赤い髪。


「えっ……?」


 白髪交じりの男は、己の目を疑い、何度も瞬きした。


 もし、見間違いでなかったのだとしたら。


「今、の……赤っ、…………えっ、えっ!? 宮廷術士っ!?」



 古い石造りの建物から出てきた赤い髪の若い男を見るなり、待っていたらしい同じくらいの年頃の娘が駆け寄ってくる。

「また失敗した?」

「どいつもこいつも! こっちは膨大ぼうだいな資料をじっくり読み込んで細かく丁寧ていねいに、そして今回は前にも増して痛快に書いたっていうのに!」

「笑いものにしたらダメヨ」

「笑いものになんてしてないよ、でもあの人実際ちょっと面白い人生だったじゃないか。多少脚色したって許容範囲さ」

「んふふ。そうだねぇ。ところで、何でいつもこれ着けて行くの?」

 ぺちぺちと叩かれ、男は仮面を外した。


 下から現れたのは、白い肌、端正な顔立ち、娘と同じ金色の目――遠い昔にいた、誰かに少し似ている。


「雪獅子公の存在感を主張するためには必要だろう?」

「逆効果だと思うヨ」

「何で!」

 娘は、男の手を取って引いた。

「権力争いで敗れた末におぞましい顔になって、それを隠していた皇帝の敵・雪獅子公――父さんは、世間にとっては、まだまだ悪者なんだヨ。ヒトの認識はなかなか改まらないもの。母さんも、よく言っていたヨ」

「ちゃんと功績だってあるのに。ウェイダを滅茶苦茶豊かにしたのあの人だぞ」

 ねる男の、仮面を着けていた方の頬を、娘が立ち止まって、撫でた。

「落ち着いて、そんな顔しない。次は大丈夫、かもしれないヨ」

 ひんやりとした感触に、男はしずまった。ひとつ、深呼吸する。

「次も断られる気がする」

「そういうとこ、父さんにそっくりだねぇ」

「製造元が同じなんだからそりゃあね。……でも、諦めないよ僕は」

 紙束の入った大きな状袋を大事そうに抱え、男は微笑んだ。


「全然悪者なんかじゃなかった兄上のことを、世に広める。リュセイと約束したんだから。友たる皇帝から聞いた『一生のお願い』なんだ、あかき龍の意思を継ぐ赫き龍の孫の僕が叶えてあげなきゃ。何としても」


 娘も、にこにこした。

「テンマは頑張り屋さんだ。おねえちゃんが、めてあげようねぇ」

「きみは僕のお姉ちゃんじゃないだろモーフェン。むしろうちの兄上を父と定めていたんなら僕は叔父! きみは姪だ!」

「でも、モーフェンの方が、先に生まれたヨ? だからモーフェンは、テンマのおねえちゃん!」

「先に生まれたっていったって、たった半年ぐらいの差じゃないか」

「半年は、大きいんだヨ、テンマ。テンマが、こーんなちっちゃかった頃、モーフェンはこーのくらい、おっきかったんだからねぇ!」

「そりゃきみは純血の龍だからおっきかっただろうさ、僕はほとんどヒトだぞ。…………はぁ。とはいえ。こう、百年以上、何十回も取り合ってもらえないのが続くと、流石の僕でも気が滅入るなぁ」

 嘆息するテンマの手を、モーフェンが握った。

「テンマ。ウェイダにおいでヨ。ずっと、父さんと母さんに、会いに来てないでショ。きっと嬉しいヨ」


 あぁ、そうだ。

 彼女はずっと、覚えてくれている。



 もう本当の兄のことを知る人がほとんどいない、この世の中で。



 少しだけ折れて沈みかけていたテンマの心に、浮力が戻った。


「うん、そうだね。お墓参り、行っちゃおうかな!」

「んふふ。いっぱい、いっぱい、お花、持っていこうねぇ」

「うん」

「じゃあさっそくひとっ飛び」

「モーフェン、ダメ! ここで龍に戻るな! 建物近い! 僕が転移術使うから!」



     ◎     ◎     ◎



 その、市場価格がとんでもなく高額な赤い宝石の、とてつもなく大きな原石を見たマイラは、


「え……」


 面食らっていた。想像していたのとは全然違う反応に、トウキはひどく困惑した。

「あ、え、っと、その、これは……その……」

「旦那様。この石って、もしかして……龍星石、ですか?」

 信じられない、と言いたげな表情。妻の心情は理解できる。自分でも信じられないのだから。

「あ……う、うん、みたい、だな。まだちゃんとした鑑定はしていないが、恐らくそうだろうと親方が」

 己の顔ほどもあるその原石を、マイラはやっとのことで持ち上げ、上下左右そして前後からまじまじと眺め回した。その動きにトウキは少し、安堵する。興味は持ってもらえたようだ。

「その、えぇと、それ、なんだが。その、以前、お前が、新しい仮面を、作ってくれただろう、だから、その」

 ばっ、とマイラは振り返った。

「ダメです、ちょっとこれはすごすぎます!」

「えっ」

「こんな、大きな龍星石、これは陛下に献上すべきものです!」

 まさかの台詞にトウキは仰天した。

「いや待て! 何でリュセイにやらなければならない、やる必要はない!」

「だって、陛下に献上したのよりっ……三倍か四倍くらいあるじゃないですか!」

「これはお前にと掘ったものだ! 俺が! お前に贈りたくて掘ったんだ! リュセイにやるためじゃない!」

「でも!」

 このままではらちがあかない――トウキは、巨大な龍星石の原石を掴み、もう片方の手で妻の手を取り、引いた。

「だったら確認するぞ!」

「えっ!?」

 足早に執務用の部屋に行き、石を一旦机の上に置いてから、話したい相手の姿を思い浮かべ、遠視盤の縁を摘まむ。

「リュセイ、リュセイ・トゥガ・クォンシュ! 早く出てこい! 至急だ!」

 普段見ることのない夫の剣幕に、マイラは何も言えずにいた。トウキは術具をにらむように見ている。

 ややあって、ようやく遠視盤が瞬くように光り、盤にこの国の頂点に立つ男の姿が現れた。

「何だどうしたトウキ、それが久しぶりに顔を合わせる陛下への態度」

「奏上する! これを見ろ陛下!」

「だからお前な、それ陛下に対する態度じゃない…………ん!?」


 従弟が手掴みにして見せている、従弟の髪と同じような鮮やかな赤色の大きな石を見た皇帝は、目を見開いた。


「何だそれ!! もしかして龍星石か!?」

「ロナルで採れた。俺が掘り当てたものだ」

「お前が!? 何で!?」

「話すと長くなる」

「いいから話せ! 聞かせろ! できるだけ詳細にだ!」


 トウキは机の上に龍星石を置き、しかし、マイラの手は握ったままで、術具の向こうの親友を、真っ直ぐ見た。


「マイラが、新しい仮面を作ってくれた。すごく時間をかけて、少しずつ、丁寧に作ってくれた。とても素晴らしいものだ。何か礼をしたかったが、俺はそんなに器用じゃないし、何を返していいのかわからない。だからこの、俺が預かった領地の――マイラが好きだと言ってくれたウェイダが産んだ氷晶石を、自分の手で掘って、渡したかった」


 それは、まるで子どもがするような、つたない説明だった。


 しかし皇帝リュセイはというと、


「それで龍星石を掘り当てたのか。流石は赫き龍の孫。お前、何だかんだ持ってるな」


 とても愉快そうに、声を上げて笑った。


「うん、いいじゃないか。見たところ、俺がシュイリ王にもらったものよりでかいし色もいい」

 リュセイの言葉にマイラははっとした。

「陛下、ですからこれを、陛下に献上」

「それはダメだマイラどの。せっかくトウキが貴女のためにと掘ったんだろう?」

「ですが!」

「そうだな、貴女の言い分もわからないでもない。確かに、そうして雪獅子公が自分の領地で採れた高価な宝石を皇帝に差し出して頭を下げ、和解に至った……という形にしようと思えばできるだろうし、それはそれでまあまあ劇的ではあるな。でも、こいつは優れた頭脳や腕を持っているわけじゃない、こんな形でもなければ名は上げられない。自国での立場を改善するのも大事といえば大事だけど、まず女房の祖国くににカッコつけておかないとな。雪獅子公が、自分の領地から出た皇帝に献上したものより立派な宝石を、めとった自国の姫に贈った――ファンロン側からすれば、こんなにほこらしいことはないだろう?」

「そ、れは……そう、なのですがっ……」

「何よりな」

 リュセイは、どこか嬉しそうに、笑った。

「俺は親友の女房への贈り物を横取りするなんてことはしたくない。受け取ってやってくれないか。それは、そいつが貴女に向ける現状精一杯の愛だ。そうだなトウキ」

 マイラが様子を窺うと、目が合ったトウキは、きゅ、と一瞬口を引き結んだ後、


「ああ、そうだ」


 珍しく、照れるでもなく、はっきりと言い放った。リュセイがにやにやする。

「全く。わざわざ俺にそんなもんいらんと言わせるために呼んだのか。皇帝遣いの荒い奴め」

「そうでもしないとマイラが納得しない」

「仲がいいのは結構だが夫婦のことに巻き込まないでほしいものだな雪獅子公」

 マイラは、慌てた。

「もっ申し訳ございません陛下っ」

「貴女もトウキに劣らずなかなか頑固とみえる。夫婦も一緒にいれば似てくるとはいうけど、この場合はお互い元々なんだな。何とまぁ似合いなことか。……用は済んだな。あとは二人でイチャイチャするといい。またな」

 ふ、と皇帝の姿が盤から消える。


 二人は、手を繋いだまま、互いを見た。


「そういう、ことだから」

 沈黙を破ったのは、トウキだった。

「受け取って、もらえるな」

 マイラは、向き合うと、夫のもう片方の手を取る。

「はい」

 静かな返答に、トウキは何となく先程のことを思い出す。「現状精一杯の愛」――それはそうなのだが、確かにそうなのだが、今になってだんだん気恥ずかしくなってくる。

「え、と、その……加工するなり、売るなり、好きにして、いい、から」

 うつむきながら小さく言うと、

「そんなこと、できるわけないじゃないですか」

 繋いでいた手を引き寄せるようにして、マイラはトウキに抱き付いた。顔を埋めたまま、ぎゅっと、腕に力を入れる。トウキもマイラの肩に腕を回す。

「まだ、ちゃんと言っていなかった。ありがとう。大事に、する」

「ごめんなさい、困らせてしまいましたね」

「謝ることじゃない。嬉しかった、とても。それに、だから、結果的に、あれを見付けられた」

 

 互いの腕に力が入る。


 体温。感触。

 全てが心地よい。


「旦那様」

「ん」

「少し、お体が……こう、締まり、ましたね」

「ここしばらく力仕事をしていたからな。酒も飲んでいないし」

「旦那様」

「ん」

「ほんとは、心配してたんですよ。いつもどこか痛がっていたから、危ないことしてるんじゃないかって」

「あぁ……そうか、うん、すまない」

「旦那様」

「ん」

「寂しかったです」

「あ…………す、すまない……そう、だな、ここのところ、ずっと、そうだった、な」

「旦那様」

「……はい」


 見上げたマイラは、にこ、と笑った。



「大好きです」



     ◎     ◎     ◎



 その後二人がどうなったかって?


 別にたいした波風も立たず、平和に幸せに、のほほんと暮らしたさ。少なくとも、僕が知る限りではね。

 二人の間にできた子どもは四人。男、男、男、で、一番下の姫君は、皇太子だったノユの正妃、のちの皇后になった。皇帝――リュセイが強引に進めたことではあったけど、仲はよかったよ。あの子、人懐っこくて、ノユのこと大好きだったからね。っていうか、滅茶苦茶可愛かったし。


 龍星石が採れるようになって、ウェイダ領は経済的にとても豊かになった。とはいっても、産出量は氷晶石よりは多くはない。でもそのお陰で、希少な分価値が上がり続けている。

 一番最初に発見されたものよりも大きな原石は、今のところ出ていない。何しろ今知られている中では一番大きくて、掘り当てたのがあの雪獅子公だ。市場に出したらとんでもない価値が付けられるんだろうな、あれ。

 その石はどうしたかっていうと、雪獅子公の妻が亡くなったときに一緒に棺に入れられて葬られた。ウェイダ領のほとんどが見渡せる、ロナル山の中腹に建てられたびょうの中だ。何度か盗掘されそうになったけど、何でか盗み出されたことは一度もないらしい。


 経済的にかなり余裕ができて、雪獅子公は領民の子どもたちが学べる『学舎がくしゃ』ってやつを作った。勿論これは雪獅子公が考えついたわけじゃない。雪獅子公の妻の案だ。学びってのは、学問に限らない。学んだことはきっと、生きる上での力になる――彼女はいつも、そんなことを言っていた。

 そうなると農業の担い手が減る、と思うだろう? ところが、学をつけた領民の子どもたちの中から、芋の品種改良に成功した子らが出た。元々雪獅子公の妻が興味本位で着手していたのを引き継いで、研究したんだ。そんなことがあって、いろんな作物の品種改良に力を入れるようになったウェイダ領は、今じゃ農業に強い大きな学舎ができて『クォンシュの食糧庫』、なんて言われている。



 雪獅子公は、妻と一緒に、結構すごいことをやった。

 それこそ、クォンシュ国民から感謝されたっていいくらいの功績だ。それをたたえた本なんかが出たっておかしくない。



 それなのに、この世から去って数百年経っても未だに皇帝の敵なんて言われ続けているのは、もしかして、それだけ存在感が強かったのと――嫉妬しっと、されてたのかもな。



 なーんて。




「あ、またこの石ズレてる。盗掘されかけたな」

「大丈夫だヨ、盗掘されない。この辺は、デューデュラの縄張り。父さんと母さんを、守ってくれてるヨ」

星の精たちデューデュラ?」

「レイシャの子孫。ウェイダのみんな、そう呼んでる。ほら、あそこに今年生まれた子たちがいるヨ。元気だねぇ」

「へぇ、レイシャの…………あのさ、モーフェン」

「なぁに?」

「結婚して」

「モーフェンは、龍だヨ?」

「僕も四分の一龍だよ」

「モーフェンは、ロナルの龍だヨ。テンマは、宮廷術士でショ?」

「だから、会いに来る。いっぱいいっぱい、会いに来る。っていうか、モーフェンも会いに来てよ。僕のこと好きでしょ」

「そう、モーフェンは、テンマ、大好き。だけど、どうして?」



「ひとりより、ふたりでいたいな。ってこと!」




 雪獅子公トウキ・ウィイ・アヴィロの立場が見直され「ウェイダ領の父」と呼ばれるようになったのは、その実弟であるテンマ・ヴァオニ・クォンシュが記した『雪獅子公記』が出版されてから、丁度五十年後であったという。






     完




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