44.5/光る風



「いたいた」


 ルコは部屋の出入り口の方を見て、眩しさに目を細めた。これまで薄暗かった空間に、光と共に涼やかな声が入ってくる。

「ユーイ様。お戻りになったのですか」

「ユーイでいいよお嬢様」

「でしたら、私のこともルコと。共にトウキ様とマイラ様にお仕えする身、つまり同僚ですし」

 同僚、と口にしたユーイは、にこりと笑った。

「そっか。わかったよルコさん」

「さん」

「このくらいはいいだろ、あんたの方が歳上だし家柄もいいし頭がいいのは確かだ」

 吹き込む風のように部屋に入り、中身がぎっしりと詰まった書棚の前に立つルコに並ぶ。ふんわりと香油の香りが鼻先をくすぐったが、いやらしくない程度の甘い芳香。女装はもちろん化粧もしていないが、唇は鮮やかな血色を放ち、肌も作り物のようになめらかで白い。ルコはいつも思う。彼は美しい人だ。

「大丈夫か、あんたが離れて雪獅子公困ってんじゃねーのか」

「今は私がお助けするような事務作業はないのでご心配なく。ちゃんとトウキ様にお許しはいただいています」


 実は現在ルコがいるのは、ウェイダ領の隣、チェグル領である。トウキが皇帝から与えられる以前、皇帝御領であったウェイダの管理はチェグルの領主に任されていたので、それに関する資料を見ていたのだった。大きな領主の館の書庫はやはり大きく、蔵書や資料の量も膨大だ。


 ルコは、手にしていた紙束を入っていた状袋に戻して元あった場所に差し込んだ。


「わざわざこちらまでいらしたということは、何かありましたか」

「だいじょーぶ、雪獅子公にも姫様にもなんもないよ。あんたが泊まりでこっちにいるって聞いたからさ、ツトゥと姉ちゃんに顔見せるついでにちょっとな」

 そう言うとユーイはルコの髪を一房手に取り、手慣れた様子で編み込んで紐で結わえたところに、帯を通して腰に括り付けている小さなかばんから取り出した何かを、さくり、と差し込んだ。

「ん。すげーいいじゃん。流石俺」

 ルコはあまりにも素早く行われたその行為に驚ききょとんとしてしまったが、我に返ると、ゆっくり、己の髪に飾られたそれに触れた。細かい、硬い感触。

「……あの、これは」

「見る?」

 ユーイは鞄から掌ほどの大きさの盤を出してルコに差し出した。小さな鏡だ。それを受け取り、その箇所が見えるように傾けると見えたのは――濃い赤色と青色の小さな石が細かく散りばめられた銀色の髪飾り。

「な! 似合うだろ! 絶対合うと思った!」

「…………えぇ、と」

「デアーシュで見っけたんだ。あんたのその薄い色の髪に似合うだろうなって」

「わざわざ、それだけのために?」

「忘れないうちに渡しておかなきゃって思ってさ。……っていうか、うん、違うな。早く渡したかった。のかも。俺せっかちだからさ」

「……そう、ですか」

 手鏡を返してそっと髪飾りを撫でると、ユーイは満足そうな顔で笑った。

「んじゃ俺先に帰るな。あ、そうそう、ここ出て大通り真っ直ぐ行ったとこにでっかい本屋あるんだ。結構古い店だから、もしかしたらあんた好きかも」

「あ、はい、…………その、ユーイ、」

「さんとかいらねーぞ俺のことは呼び捨てでいい。あと敬語じゃなくていい」


 少し、躊躇してから、ルコは思い切って口に出した。


「…………ありが、とう」


「おー!」


 きらきらと輝く髪をなびかせて、ユーイは走り去った。まるで光が弾ける小さな旋風つむじかぜ――色彩は全然違うが、彼が仲良くしているあの人と少しだけ似ている。


「……だから、ご友人、なのでしょうね」


 また髪飾りに触れてそう呟いたルコの口元は笑んでいた、が、本人はそれに気付いていなかった。




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