9.決別と決断。








「……悪いな。あいにく一撃で殺せるほど、射撃は上手くないんだ」





 ――静寂を打ち破ったのは、俺のそんな一言。

 ふくらはぎを撃ち抜かれて倒れ込むリーダー格に、息を整えてからそう告げた。

 クラスメイトは俺の方を見て、皆一様に呆然と口を開いている。それは当然だと思えた。陰キャな俺が、どこかへ消えたかと思えば、いきなり銃を持って現われたのだから。しかも、人を撃ったし……。


「この、ガキ……っ!?」


 目出し帽から覗く蒼い眼差しは、明確な敵意を滲ませていた。歯を食いしばりながら注意をこちらに向けている。それなら、ここからは彼に任せよう。

 俺は照準をリーダーへと合わせたまま、こう叫んだ。


「アレン、あとは頼む!」

「――任せろ、兄弟!!」


 するとすぐに、アレンが立ち上がって銃を構える。

 意識を取り戻したらしいミレイを庇いながら、総勢10余名の敵へ――。



「悪いな。俺は弟分のように、下手くそではないんだ」



 そう言って的確に、反体制派の手元を撃ち抜いていった。

 クラスメイトは悲鳴を上げる。たしかに普通の学生にとっては、刺激が強いだろうと思えた。中には意識を失う者もいたが、こればかりは仕方ないか。


「ふぅ……」


 制圧されていく集団を見て、俺は今後について少しだけ考えた。


 アレンは俺の兄貴分で、俺はマフィアの一員で。

 それはもう、隠しようのないことだった。それならせめて、ミレイだけはこの場から切り離さなければならないだろう。

 これから続いていく、彼女の学生生活のために……。


「アレン、お疲れ様」


 俺は、まるでいつものことのように彼にハイタッチを求めた。

 するとこちらの意図を理解したのだろう。アレンは一つ頷いてから手を掲げた。そして小気味の良い音を鳴らし、同時に俺は高校生活に別れを告げる。

 身動きを取れなくなった反体制派を縛り上げて、他の学生たちに言うのだ。



「みんな、元気でな」――と。



 もう戻れない。

 その覚悟をもって、笑いながら。



◆◇◆



 学生を外へと解放し、教室に残ったのは俺とアレン、そして反体制派だけ。

 爆弾の処理は、思いの外スムーズに終わった。寿命も元通りになって、一息つく。窓の外を見ると、どうやら警察や機動隊が突撃の準備を進めているようだった。

 クラスメイトの一部はマスコミから質問を受けているようで、しかしそれを教員たちが庇っている。騒然とする向こう側とは異なり、こっちは静かなものだ。


「良かったのか、ミコト」

「ん、なにが?」


 そんな中で、不意にアレンがそう訊いてきた。

 俺が首を傾げると、大きなため息が聞こえてくる。


「なにが――なんて、馬鹿なことを言うな。お前はミレイお嬢様のために、自らの平穏を投げ捨てた。普通の学生であることをやめて、こっちの世界を選んだ」

「…………あぁ、そうなるな」

「辛くないわけがない。今なら――」

「アレン。こんなの今さらなんだよ、ホントに」


 机に腰かけて、窓の外を眺めたままで。

 俺はこう続けた。



「俺のすべてはミレイのために。そんなの、ずっと前に決めてたんだ」



 そう、その決意はあの日。

 ミレイのことを初めて抱きしめた、あの朝からずっと。


「ミコト……」

「だから、さ! お前やミレイ、それにダースが気に病むことじゃないんだ。俺は俺のまま、きっと『サイゴ』の時まで笑っていると思うよ!」


 だから、胸を張ってそう言えた。

 笑いかけると、アレンは静かに視線を逸らす。


「――って、なに泣いてるんだよアレン!? 恥ずかしいな、おい!」

「本当に、お前はバカな男だな。どうしようもない……っ!」


 目頭を押さえて、涙声で語る彼に俺は苦笑いを浮かべた。

 そして同時にこう思う。こんなに人情に篤い男が、裏切るわけがない、と。



「それなら、残る可能性は――」



 俺は自分の頬を叩いて、気合を入れた。

 そして、窓に映る自身の寿命を確認して呟く。




「俺にはもう、時間がない」





 ――残り2週間。

 それが彼女の未来を切り開くため、俺に許された時間だった。



 

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