5.練習にて。







 というわけで、俺はミレイと共に学年対抗リレーに参加することになった。

 他の学生から不満が出ると思っていたが、そんなことはなく、むしろどこか温かく見守られている感さえある。その理由が分からずに首を傾げるしかなかった。

 だが、とにもかくにも出るといってしまったのだ。

 そうなったら最大限、足を引っ張らないように頑張らなければ……。


「ぜぇ、ぜぇ……っ!」


 そう、思っていたのだけど。

 俺は全体での初練習にて、すでに音を上げそうになっていた。

 このリレーは一人200メートルを走り、バトンを繋ぐ。その中でも俺はなぜかアンカーになっており、ミレイから引き継ぐことになっていた。

 それなのに、この体たらくである。

 いや。普通に考えたら、帰宅部員には荷が重すぎるって……!


「大丈夫ですか? ミコトくん……」

「へ、へーき、へーき……! ごほっ、心配いらないから、大丈夫!」


 しかし、ミレイに声をかけられると思わず強がってしまった。

 だって仕方ないじゃないか。男ならそうだろう? 好きな女の子の前で、情けないことは言いたくないって思うのは。俺だって、立派に青春したいのだ。

 それでも、疲労は顔に出ているらしい。

 ミレイはそんな俺に、スポーツドリンクを手渡してくれた。


「この後、ラスト一本走ることになってますけど……」

「んぐっ……ん、分かったよ。頑張る」

「はい! 頑張りましょうね!」


 それを喉に思い切り流し込み、彼女に答える。

 するとミレイは少し汗の浮かんだ顔に、爽やかな笑みを浮かべるのだった。


「でも、熱中症は怖いですから。ミコトくんは少し休んでて下さいね?」

「あぁ、ありがとう。そうするよ」


 そう言うと、彼女は一つ頷いて他のメンバーの方へ。

 残された俺は指示の通りに、木陰に腰を落ち着けるのだった。

 そして、天を見る。スポーツの秋という季節に差し掛かってはいるが、まだまだ気温は高かった。太陽が燦々と大地を照らし、コンクリートの上は歪んでいる。


「はぁ、それにしても……」


 と、そこで俺は後方へと振り返った。

 声をかけないわけにはいかない。そう思った。


「なんで、ずっと隠れて見てるんすか。タイガさん……?」

「別に隠れてなんていないさ。ちょっとした敵情視察、というやつかな?」


 そこにいたのは――タイガ。

 彼は髪を掻き上げながら、不敵な笑みを浮かべるのだった。

 何かしてくるわけではないので流していたが、俺たちの練習をずっと見られていたのだ。気にするなという方が無理な話で、ついに声をかけてしまったのである。


「しかし、キミは情けないな。僕との勝負は決まったようなものだね!」

「あー、はいはい。またその話ですか……?」


 さて、そうすると水を得た魚のように。

 タイガは自信満々に胸を張りながら、そう宣言するのだった。

 ぶっちゃけどうでもいいと思っている俺としては、聞き流し案件だ。とはいっても、これ以上彼を危険なところへ踏み込ませるわけにはいかない。

 どちらかというと、そんな気持ちをもってこう問いかけた。




「なんでそんなに、俺に突っかかるんですか? 何かしましたっけ、俺」




 すると、何やらタイガの笑みが凍り付く。

 数秒の間を置いてから、彼は不思議そうな声色でこう言った。


「…………キミは、なにを言っているんだ?」


 それは心底からの疑問だ、と言わんばかりの答え。

 俺は首を傾げた。そして……。


「なにって、ミレイのことが好きなら俺なんかに構う必要ないでしょう?」

「…………………………」


 そう続けると、タイガは額に手を当てて空を仰いだ。

 あたかも何かに絶望するかのように。


「あぁ、なんて可哀想なんだ。赤羽さんは……!」

「へ? なんで、そこでミレイ?」

「oh……」


 何故か海外の方のようなリアクション。

 そして、唐突に俺の肩をガッシと掴むのだった。


「キミは、罪作りな男だな!!」

「何この人、急に失礼」


 思わず冷めた目でツッコみを入れてしまう。

 するとタイガは、大きくため息をついてこう口にした。


「ふっ、だけどその悲しみももうすぐ終わる……」

「あのー? 一人で何言ってるんですかー?」

「待っていてくれ、赤羽さん……っ!!」

「待ってー、俺を置いて行かないでー」


 なにやら意味不明なことを言って、彼は校内へと戻ってしまう。

 そんな後ろ姿を見ながら、俺は呆然と立ち尽くした。


「大丈夫かな、あの人……」


 もしかして、頭でも打ったのか?

 そんな風に思って、本気で心配になってきた。

 しかし何はともあれ、人死にを見たくはないので勝負には勝たないと。そう思って俺は、重い腰を持ち上げるのだった。するとそこにタイミングよく、


「あ、ミコトくん! 最後の一本始めますって!」

「分かったよ、今行く!」


 ミレイがそう声をかけてくる。

 俺は何やら変な使命感を胸に、練習へと向かうのだった。


 

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