6.体育祭の始まりと。






 さてさて。

 そんなこんなで、体育祭当日。

 俺はぐったりとした朝を迎えて、すでに全身筋肉痛な身体を無理矢理に動かした。入念にストレッチを行ってから、いつもよりさらに早く公園へ向かう。

 そこでミレイと合流して、雑談しながら高校へと――走った。

 なんでもウォーミングアップだとか、なんとか……。


「…………はぁ」


 そんな愉快な朝を終えて、俺は大きくため息。

 いいや。気持ちを切り替えるんだ。今日が終われば、地獄の練習からも解放される。そう思えば一日を頑張ろうと、そう思えるような気がした。

 それと忘れてはいけないのは、タイガのこと。

 彼の命もまた心配であった。いや、寿命的には大丈夫なんだけど、社会的に。


「やあ、逃げずに来たようだね! 我がライバルよ!」

「いやいや。いつの間にライバルになったんすか?」


 そんなことを考えていると、ついに体育祭が始まった。

 するとすぐに、俺たちのもとに件の彼がやってくる。

 何故かライバル宣言をされているわけだが、もはや気にしていられない。適当にツッコみを入れてから虫を決め込もうと、そう思った。だがしかし……。


「少し、時間をもらえるか。坂上くん」

「へ……?」


 なにやら指名を受けることになった。



 ――で。

 そのまま校舎裏に連れて行かれて、真っすぐに向き合うことに。

 二人きりという状況にうすら寒さを覚えるが、とりあえず相手に敵意を感じられなかったので流すことにした。しばらく時間をかけてから、タイガはこう言う。



「僕は赤羽さんを愛している」――と。



 それは、今さらながらな宣言だった。

 俺は「さいですか」と、小さくそう答える。すると彼は、


「確認だが、キミの気持ちも聞かせてほしい。坂上くん」


 そう口にして、目を細めた。

 つまるところ俺のミレイへの気持ちを言えと、そういうわけか。

 それとなると、引き下がることは出来ない。なので真っすぐにタイガの目を見て、こう告げるのだった。



「俺は心から、ミレイを幸せにしたいと思っている」――と。



 曇りなき心を。

 それを聞いたタイガは、くすりと笑った。そして、


「いいだろう。それなら――」


 こちらへと歩み寄り、すれ違いざまにこう言う。



「勝負だ。彼女を賭けて……!」



◆◇◆



「九条さんと何をお話していたんですか?」

「ん、別に。というかミレイ、タイガのこと知ってるんだ」

「ええ、以前に少しだけお話をしたことがあります。取り留めもないことですが」


 陣営に戻ると、ミレイとそんな会話をする。

 彼女がタイガのことを知っているのは少し意外だったが、そんなこともあるのだろう。俺はとくに気にすることなく、今日のプログラムを確認した。

 そして、ミレイにこう伝える。


「……あ、そろそろ借り物競争じゃない?」


 そう、次はミレイが楽しみにしていた競技だった。

 俺の言葉を聞いた彼女は、ハッとした表情になって駆け出す。その後ろ姿を見送って、俺は自分の競技の時間までを潰そうと、借り物競争の観戦に切り替えるのだった。とりあえず、ミレイの出番だけはしっかりと目に焼き付けないと……。


「よいしょ、っと……!」


 思って俺は、家から持ってきた一眼レフを構えた。

 そして、まずは整列する彼女をパシャリ。


「そろそろ、ミレイの番だな」


 そのまま待つこと数分。

 いよいよ彼女の順番が回ってきた。

 パーンと弾ける音と共に、ミレイは一直線に走り出す。そして他の誰よりも先に、借り物の書かれた紙を手に取って――。


「……ん、どうしたんだ?」


 俺は首を傾げた。

 何故なら、紙を開いた瞬間に彼女は硬直したから。


「難しいものでも引いたのか……?」


 まずそう思ったが、硬直するほどの物とは何だろうかとなる。

 他の学生が散っていく中、ミレイはしばしそのままでいた。しかし突然に動き出したかと思えば、何やらこちらへと一目散に走ってくる。

 どことなく頬を赤くして、俺のもとへやってきた。


「ミコトくんっ! えっと……!!」


 そして、視線を泳がせるミレイ。

 なんだ……? 彼女は、なにを探している?

 目の動きを追うと、どことなく俺を中心に回っているように思えた。だから、


「もしかして――!」


 俺はハッとし、確信をもって言う。




「この一眼レフか!?」

「違います!!」




 いつになく、ハッキリと否定されてしまった。


「え、だとすると……?」


 俺は頭を悩ませる。

 腕を組んで唸っていると、ミレイが急いだようにこう言った。



「わ、私と来てください! と――とにかくっ!」

「ふえっ!?」



 そして、思い切り俺の腕を引く。

 されるがままについて行くことになったが、いったいなんだろうか。

 走っている間にミレイの顔を見ようとすると逸らされるし、何やら耳まで真っ赤になってるし。謎は深まるばかりだった。

 けれども、どうにかこうにかゴールイン。

 ミレイは素早く紙を担当の教員に手渡していた。すると、


「ほほう……」


 その教員は、顎に手を当ててにやりと笑う。

 そして、俺たちがまだ手を繋いでいるのを確認して言うのだった。



「お幸せにな」――と。



 …………どういうこと?

 俺は首を傾げるしか出来なかったが、ミレイは意味が分かったらしい。

 とうとう爆発したのか、頭から湯気を出しながらうずくまってしまうのだった。それを見て笑う教員に、困惑する俺。


 そうして、体育祭の一日は過ぎていく。



◆◇◆



「……で、結局なんだったの?」

「い、言いませんから!! ……その、まだ駄目です」

「…………ん? それって、どういう意味?」

「とにかく、駄目なものは駄目なんです!!」


 陣営に戻って訊ねると、珍しく怒られた。

 プンスカと、子供のように頬を膨らせたミレイ。

 そんな彼女も可愛らしいと思えてしまうのは、さすがに惚れ過ぎかな、とも思う。でも可愛いものは可愛いのだし、この感情は正常なものだとも思われた。


「……でも、楽しかったです」

「そっか、それは良かった」

「はい……!」


 何はともあれ、彼女は満足しているようで。

 俺もそのことに安心して、微笑む。そうしているとミレイはおもむろに、こう語り始めた。


「本当に、楽しいです。こんな生活に憧れていたのです」

「ミレイ……」


 それは、今までの自身の境遇を振り返ってのこと。

 組織の騒動に巻き込まれて、命を狙われ、そして各国を転々としてきた。それを思うと彼女の今までの人生は、過酷という言葉では足りないのかもしれない。

 だが、そんな苦労を微塵も感じさせない笑顔を浮かべて彼女は言った。


「私、ミコトくんに会えて本当に良かったです!」


 それは、こちらにとっても嬉しい一言。

 俺はそれを受けて思わず、


「きゃっ……!?」

「あ、ごめん……」


 まるで、かつて海晴にしていたようにミレイの頭を撫でていた。

 彼女は少し驚いたのか、軽く身を縮める。しかし、拒絶することはなく――。



「本当に、ありがとうございます……」



 顔を真っ赤にしながら、そう漏らすのだった。


「あぁ、どういたしまして」


 俺はそう答えて笑う。

 そして改めて、本気で彼女を守ろうと、そう誓った。



 しかし、その時だった。

 一陣の風が舞い、目を閉じた次の瞬間。




「―――――――っ!?」




 ――また、だ。

 また、ミレイの寿命は大きく縮んでいた。



 

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