4.まさかの展開。







 さて、タイガにあのように言われたわけだが。


「別に怖くはないんだよな、アレンとダースに頼るつもりはないけど」


 これといって俺は、その脅しを気にしていなかった。

 というかむしろ、彼の身を案じている。下手にミレイに手を出せば、タイガの方が危険だった。なにせ、今さらながらミレイはマフィアのボス、その娘だ。

 事情を知れば手を引いてくれるだろうけど、それを話すわけにはいかない。

 だとすれば、どうするべきなのか……。


「うーむ……」

「どうしたんだよ、坂上。珍しく難しい顔して」

「珍しくは余計だろ? 田中」


 腕組みしながら考えていると、前の席の田中が声をかけてきた。

 間もなく体育祭の競技決めが行われる。その前の休み時間なのだが、例によってミレイは隣の席にいない。仲の良い女子グループに囲まれて、相槌を打っていた。

 そんな彼女の順調な学生生活を見守りながら、俺は思考を元に戻す。

 ここは一つ、試しに田中に意見を求めてみることにした。


「なぁ、田中。九条大我――って人、知ってるか?」

「ん、九条先輩か? サッカー部のエースだろ。有名人だよ」


 とりあえず情報収集と思ったら、即座にそんな返答。

 なるほど。しっかりした体格には、それなりの理由があったのか。


「その人に喧嘩売られたんだけど、どうすれば良いと思う?」

「はぁ!? お前、坂上……何したんだよ」

「いや、身に覚えはないけど……」


 とりあえず、とぼけておく。

 すると田中は大きくため息をついて、こう言った。


「九条先輩は、敵に回すと厄介だぞ? 女子のファンも多いし、下手に逃げ回ったりすると怒って何をするか分からない。少し気性が荒いからな……」

「マジかー……。それは厄介だ」


 主に、タイガの身が心配で。


「どんな条件の喧嘩なのか知らないけど、真っ向から受けるしかないな」

「ふむ。なるほど……」


 俺はそれを聞いて、考え込む。

 面倒事にならないよう、ミレイの護衛としての仕事がやってきたのかもしれない。だとすれば、俺はどうするべきなのか。それは……。


「いや、でもさすがにリレーに出るわけにはいかないよな……」


 ボンヤリと、そう思った。

 すまないタイガ。骨は拾うからな……。


「おい、席に着け~。競技決めをするぞ」


 そんな風に諦めを抱いていると、担任が入ってきた。

 そして、黒板に競技名を記入し始める。隣の席にはミレイが戻ってきて、なぜだか凄くニコニコしていた。理由を訊くと、首を傾げるばかりで何も言わない。

 女子グループで何かを吹き込まれたのか、と。そう考えていた。


 そう。あの瞬間までは……。





「……それじゃあ、最後に学年対抗リレーの出場者を決めるぞ」


 さて、時間も経過して最後の競技になった。

 当然ながらそれは、花形である学年対抗リレーである。

 担任がそう宣言をすると、ミレイがまずいの一番に手を挙げた。


「はい! 私、やってみたいです!!」

「他に立候補はいないな。それでは、女子は赤羽が出場だな」


 そして、次に男子を決めることに。

 俺は自分は関係ない、そう思って窓の外を眺めていた。すると、



「はい! 坂上ミコトくんが、良いと思います!!」

「………………へ?」



 隣の少女が、元気いっぱいにそう宣言するのが聞こえた。

 驚いて見るとミレイが再び手を挙げて、クラス中の視線を集めている。

 そんな姿を俺はポカンと、呆然として見守るしか出来なかった。反対の声を上げようにも、一拍遅れてしまい、さらにその隙間を埋めるようにして……。


「は~い、賛成!」

「アタシも坂上が良いと思う~!」


 なん、だと……?


「どうなってやがるんだ!?」


 女子が続々と手を挙げるのだった。

 そうなってくると、他の男子生徒は立候補できない。


「坂上、推薦されているが……どうする?」

「えぇ……!?」


 そうこうしているうちに、担任からの確認が飛んできた。

 俺は狼狽えて返事が出来ない。すると、隣のミレイが代わりにこう言った。


「大丈夫です! ミコトくんと、頑張りたいのです!!」


 それは、彼女の願い。

 俺と一緒に、この競技に出場したい。

 その気持ちが、ありありと伝わってきた。


「ミレイ……」


 そう言われると、むげにはできないだろう。

 俺はそこで気持ちを決めた。


「……み、みんながそれで良いなら」


 おずおずと、手を挙げる。

 すると、教室の中は拍手喝采に包み込まれた。


 いやいやいや。

 どうして、こうなった……!?


 

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