第3話
雨の中、脚の無い犬がひとりで雨宿りをしていた。
「ひとりで寝ないってどんなんやろ? お母さんとか兄弟とかと違う感じかなぁ」犬の口元が緩んだ。
でも、眼の見えない猫はいつまで経っても来なかった。
「雨降ってるから、今日は来るのやめたんかなぁ。雨止まへんかなぁ」
雨が止んで、あたりが暗くなっても眼の見えない猫は来なかった。
「イヤなこと言うたから、もう来たくなくなったんかなぁ」犬は心配になってあたりを探し始めた。
「こんなときに脚が全部あったらもっと早く歩けるのに」
次の日も、その次の日も眼の見えない猫は来なかった。犬は毎日疲れて歩けなくなるまで猫を探し続けた。ひょっとしたら入れ違いになっているかも知れないと思った犬は、いつもの空き地まで何度も戻った。
「どうしたんやろ。他に友達とか見つかったんかなぁ。そうやったら迷惑にならへんようにしなあかんなぁ」犬は口を閉じると少しして悲しい顔になった。
雨の日も、真っ暗な夜中でも、脚の無い犬は猫に逢いたくてあちこち遠くまで猫を探し歩いた。通りでたまに会う男を見上げて一生懸命たずねてみた。
「お、お前か。久しぶりやな、どうしてたんや? なんか、おやつあげよか」男が持っていたカバンを開いて中を探しているうちに犬は男のそばを通り抜けて去って行った。
ある日、犬は歩けなくなった。三本の脚が動かなくなると、草むらに寝転んで目を閉じた犬は鼻をひくひく動かして、眼の見えない猫のことを想った。
「どこいったん? お前、怪我とか可哀想な目に遭ってないか? イヤなこと言うたから俺のこと嫌いになったん? お腹すいたなぁ」
「こういう話は、どっちかが可哀想じゃないときにしなあかんな」ふいに猫の声が聞こえて、犬は目を開いた。目の前に真っ白な猫が座っていた。猫は今まで見たことがないくらい白く輝いて見えた。
「わぁ、どこ行ってたん? 俺、あいたくてずっと探しててんで」犬が力の入らない手足をだらしなく伸ばしてしっぽを力なく振った。
「あの日、逢いに行けなくてごめんな」猫は真っ青な眼で犬を見つめて言った。
「私、眼が見えへんのに雨の中歩いてたら、車が来てるのに気付かなくて、ひかれてもうてん」
「雨がふってたから誰も気づいてくれへんかってん」猫が口の周りをなめた。
「そうなんや」犬の両眼から涙がこぼれた。「可哀想になぁ」
「お前、泣いてるんか? 私は可哀想なんか?」猫が言った。
「うん、お前の代わりになれたらいいのにって思ったら涙が出てきてん」
「俺、脚がひとつ無いから誰の役にも立たへんし、代われるならお前と代わってあげたい。
可哀想になぁ。 痛かったやろ、恐かったやろ」犬は地面に伸びたまま泣き続けた。
「うん、すごく恐かった。雨がざぁざぁ振っててひとりですごく寂しかった」猫の青い眼から涙がこぼれた。
「なあ、そばに来て。もうあかんわ」犬が目を閉じると、猫が真っ直ぐに伸びた犬に寄り添った。
「柔らかいなぁ、暖かいなぁ」犬はそう言うと長いため息をついて動かなくなった。
「ずっとお前に見せてあげたかったもんがあるねん」犬が笑った。
「どこどこ? 走って行こか。走ると気持ちいいねんで」猫が犬に頭をこすりつけた。
「そやな、そやなぁ」
二人は寄り添うとくすくす笑った。
ゆかと、じょー、るびぃに
目の見えない猫と脚のない犬 三鬼陽之助 @ruby13
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