第21話 一件落着?

「本っっっ当に! 申し訳ございませんでしたァ!」


 魔道具の暴走が収まり、魔獣の群れが退散したあとのマルカ村に響いたのは、シアの全力の謝罪の叫びだった。

 その横にいたルクスはというと、シアに殴られてできた頭全体のたんこぶを膨らませながら、元の姿に戻ったロングソードを片手に棒立ちしている。


 マルカ村の方も、今や村と呼称していいのかわからない惨状と化していた。

 ほとんどの民家が半壊し、地面も捲れ上がって、畑はもちろん森の木々までもめちゃくちゃな状態になっている。そこら一帯に最早元がなんだったのかすらわからない大小様々な瓦礫や残骸が散乱し、大災害のあとのような巨大な爪痕が残っていた。


 村中の住民たちは、特に更地と化した村の中心地——先程ルクスが強大な一撃を放った現場に集合すると、シアの謝罪を聞く余裕すらないのか、未だに現実を受け入れられないといった様子で破壊された村を呆然と眺めていた。


「お、俺たちの村が……みんなで力を合わせて再興した故郷が……」

「ひいいぃ!? すみません! このバカが本当にすみません!」


 何気ない呟きにシアは過剰に反応すると、全身をビクリとさせ、髪の毛を振り乱しながら何度も頭を上下させた。そのまま首が取れてしまうのではないかと心配になる。


「ま、まあ幸い怪我人は出なかったことですし、あの爆発もただの突風……まあ災害レベルではありましたが。でもそのお陰で魔獣も追い払えたことですし、全滅することと比べたら……うーん……全然マシな方かな、と……」

「そうだぞシア。謝る必要はない。むしろ感謝されて当然だ」

「どう聞いても苦し紛れの気遣いでしょうが!? 二次被害出しといて偉そうなこと言ってんじゃねえ!」

「グボェ……ッ!?」


 シアの鋭いアッパーがルクスのみぞおちを抉る。みしりと音がするとルクスは体を大きく丸め、苦悶を漏らしながら唾の飛沫を飛ばした。


「ぐぅ……。し、シア。それより、魔獣に傷を負わされてないか……」

「あんたの一撃の方がよっぽど死ぬところだったわ! 私を大事にしたいのか消し炭にしたいのかわけわかんないわよ!?」

「まあまあお二人とも、痴話喧嘩はその辺にして、どうぞ休んでいてください。あとのことはこちらでやりますので……」


 村人の男性がシアを宥めて労いの言葉をかけたのも束の間、すぐに声のトーンを落とすとスッと目を据わらせ、冷たい口調で後方を振り返った。

 そこには縄で縛られた十数人の重役たちと村長が地面に座り込んでいる。


 村長たちを取り囲む村人たちの手には石や木材が握られており、怒りと殺意の眼光で睨んでいた。いつ隣地が始まってもおかしくない状況に空気が張り詰める。

 重役たちもその雰囲気を察しているのか、縮こまってビクビクしていた。

 ただ一人、村長だけが相変わらず廃人のように沈黙を貫く。


「この野郎……今までずっと俺たちを騙してこそこそ殺しやがって」

「さぁて、どんな目に遭わせてやろうか……」

「ヒィ!」


 指の関節を鳴らしながら、あるいは棒で肩をトントンと叩きながら迫る一同に、重役たちは顔を青くすると、小さく悲鳴を上げてたじろいだ。


「ま、待ってくれみんな! 違うんだ、頼む聞いてくれ!? これは村のために——」

「犠牲者出しといてなにが俺たちのためだ!? 今まで殺していった仲間を返せ!」


 重役の必死の弁明も空しく、怒声とともに勢いよくその頭に木材が叩きつけられた。


「グアァ!」


 重い打撃音が響くと重役の男は短く叫んで地面に転がる。それを合図に村人たちの怒りも爆発した。全員が雄叫びを上げて木材や石を手に重役たちに殴りかかる。

 それは直視しがたい光景だった。老若男女様々な人たちが、縄で縛られて身動きの取れない重役たちを、一人に対して十数人がかりで一方的にいたぶる。


「ちょ、ちょっとなにしてんの!? みんなやめて!」


 眼前で展開される残忍な光景にシアは黙っていられなかった。いくら罪人とはいえ無秩序すぎる。すぐに止めに入ろうと急いで前に出た。

 が、その肩をガシリと掴まれて引き留められる。その強い意志と信念を宿した握力にシアが振り返ると、咎めるような目で首を振るルクスがいた。


「当人たちの問題だ。俺たちが首を突っ込むべきじゃない」

「な!? なに言ってんのルクス! このまま放っておけって言うの!?」

「いいから見ておけ」


 あくまで放置しろと言い切るルクスにシアは絶句した。その間にも、今度は村長の方に数人の村人が鈍器を手に集まってくる。

 絶体絶命の状況でも、やはり村長は身動ぎ一つしなかった。その様子は一周回って開き直ったようにも見える。だが村人たちはお構いなしだ。


「さて、こいつはどう調理してやろうか……」

「こいつだけはただじゃおかねぇ。元はと言えば全部こいつのせいで……う?」


 男性が憤怒を滾らせ歯噛みしたときだった。肩に手が置かれたと思うと、そのまま強い勢いでグイっと引っ張られ、危うく尻もちをつきかける。

 邪魔立てをする相手に男性は食ってかかろうとし、その威圧感にすぐに押し黙る。


 勇み足に出てきた巨漢はその辺に落ちていた木材を拾うと、般若の形相で村長の前に立ち、鋭い眼光を向けた。怒りで握られた手中の木材は軋みを上げるとわずかに潰れ、それだけで巨漢の力量がどれほどのものであるかを物語る。

 そんな剛腕が硬い鈍器を思いっきり振り下ろそうものなら、一溜りもない。


「よくも女房を……お前だけは絶対に、俺がこの手で嬲り殺しにしてやるっ」

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