第20話 選んだ選択

 彼の選んだ選択は魔道具に駆けつけることだった。

 これには村人たちも動揺と怒りと悲鳴で喚き散らす。室内にいたためその叫びは外に聞えなかったが、誰もが「なにしてんだあいつは!?」「間に合うわけがない!」「あの野郎仲間を見捨てやがったぞ!」「コーラン逃げてぇ!」などの叫びを上げた。


 冷酷な判断に気づいていないのは、目前に迫ってくる敵に集中するシアとコーランだけだった。きっと今もルクスが助けてくれると信じているに違いない。

 待ち受ける悲惨な運命に耐えきれず何人かが手で顔を覆った。そしてこんな結果を招いたルクスを心の底から恨む。きっと生涯に渡って呪うだろう。


 村人たちから恨みを買っているとも知らずにルクスは魔道具に辿り着く。そのときには後方の魔獣たちが跳躍し、鋭利な爪でシアたちを引き裂く直前だった。

 これでは魔道具を停止させたところで二人は助からないだろう。それでもルクスは自分の使命を全うするため、魔力を吸って活性化した大剣を構える。

 そして大きく大剣を振り上げて魔道具を破壊——はせずに、その上部で深紅の光輝を放ち続けている、剥き出しになった細胞組織へと切っ先を突き立てた。


 村人の誰もがその様子に目を疑った。破壊も、シアたちを助けることもしなかったルクスの行為に、一同は怒りや呆れを通り越し、無我の境地へと到達する。

 魔道具から凄まじい爆風が放たれたのはその直後だった。

 厳密に言えば、それは空気ではなく、魔道具から放出した魔力である。


 一瞬にして大気が張り裂けると、魔力がドーム状に膨れ上がり、次いで災害のような突風が民家の窓ガラスを粉砕した。

 叩きつけられた暴風は村中の民家を半壊させると骨組みを剥き出しにする。周辺の木々も数十本が根元から薙ぎ倒された。

 そんな驚異的な空気圧の塊を受け、シアたちに飛びかかろうと空中にいた魔獣たちが無事でいられるわけがない。


 魔獣たちは隕石に激突したような勢いで魔力の放出される方角に吹き飛ばされる。そして周囲の民家の壁や木々にぶつかると同時に内臓を破裂、または全身の骨を粉砕させ、叩きつけられた衝撃で破れた皮膚から鮮血をぶちまけながら一瞬にして絶命した。


 唯一その場に留まることができたのは、初めから身を守るために伏せていたシアとコーランの二人と、地上で地面にへばりつく魔獣の群れだけだった。ルクスが魔力の排出方向を調節したお陰で生き残れたのだろう。

 だがそれもこの瞬間までの話。

 誰もが村全体を包む空気が変わったことを肌で感じた。

 なぜなら、あれだけ赤い閃光を発していた魔道具の明かりが萎んでいき、代わりに爆風により大気中にばらまかれていた闇色の魔力が、村の中心地へと吸引されていくのだから。


 異様な光景に一同は目を見張る。魔道具が魔力を吸引しているところを想像した者は何人いたのか。このあとすぐにその原因を知ることになる。

 やがて時間を巻き戻すように魔力の煙霧が小さくなる。その先には相変わらず大剣を赤い細胞部分に突き刺しているルクスが沈黙していた。


 と、そのとき、誰もがそこに広がる光景に眉を寄せる。

 魔力は魔道具ではなく、ルクスの大剣へと吸収されていた。

 よく見ると大剣は更に禍々しい物体へと変形していた。先程まで剣だったそれは今や、なにか別の大きな生き物の一部を丸ごとで剥ぎ取ったような形へと変貌している。


 最早武器とは言えないそれは、最初に見た真っ赤な血の色から、更にどす黒い黒紅へと変色していた。筋肉質な表面からは、未発達の骨組織のようなものが外皮を突き破って露出している。毛細血管のように張り巡らされた闇色の筋には魔力が流れているのだろうか、鼓動とシンクロして流動的なものが内部に通っているように見えた。


 一方で魔道具は完全に停止していた。それこそエネルギー源をすべて吸い尽くされ、命を奪われて生命活動を停止したかのような気味の悪さで。

 ルクスは武器を引き抜く。なんにせよ、これで魔道具の停止は完了した。あと残っている仕事と言えば、周辺に集まった魔獣の群れの後始末だけ——


「これを回収すれば終わりか。あとは——片づけないとな」


 ぼそりと呟いた刹那、今まで吸収してきた魔力の光芒が武器の先端から放出された。刃先が天に向いていなければ確実に村の一部を消し飛ばしていただろう。今や名状しがたい武器の表面には、纏われた魔力の粒子が明滅する。

 上空には闇色の莫大な魔力の奔流が伸び、空を昏く照らしだした。


『キュゥゥン……』


 あれほど獰猛に吠えていた魔獣たちは圧倒的な力量差を見せつけられると、子犬のような弱々しい呻きを漏らしてたじろいだ。誰がどう見ても魔獣に対して行使すべきではない膨大で壊滅的なエネルギーに、同情を超えて残虐非道なものを覚える。


「いやぁ……流石にやりすぎじゃね?」


 空から昏い光が落ちてきたのは、誰かがぽつりと呟いたときだった。

 多分ルクスが武器を振り下ろしたのだろう。

 そんなことを誰もが漠然と察しているうちに光芒は地面に接すると、マルカ村は凄まじい光輝と爆音の中に消えた。

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