第19話 助太刀

 いくら斬ってもあとを絶たない魔獣にルクスは苦戦していた。

 魔道具は目と鼻の先にあるというのに、一向に距離が縮まらない。目前には魔獣の群れがおり、足元にも絶命した死骸が積み重なっていくというのに、その数は減るどころか、むしろ前よりも増えていった。


 これも魔道具の影響なのだろう。恐らくルクスたちを始末するまでは止まらない。いや、魔道具が故障した今、その予想すら保証されなかった。

 もしかしたら、この村の人間全員を噛み殺すまで終わらないのかもしれない。そんな気の遠くなるような嫌なイメージは、ルクスの疲労感を増やすだけだった。

 それでなくともずっと大剣を振り続け、腕力握力ともに限界が近いのだ。腕の筋肉も悲鳴を上げ始め、スタミナも切れて来た。

 そこに追い打ちをかけるように先程補充した大剣の魔力が尽きかけ、徐々に乾燥したロングソードへと戻っていく。


 このままでは埒が明かない。肉体と武器に限界が来るのも時間の問題だった。なにか打開策はないかと思考を巡らせるも、攻撃を躱しながらでは集中できない。

 最早どうにもならないのかと万策尽きた、そのとき。


「ルクスー!」


 遠くから自分を呼ぶ馴染み深い声にルクスは顔を上げる。

 そこには村長宅からこちらに駆けてくるシアとコーランの姿があった。その腕の中にはパンパンに膨らんだ革袋が抱かれている。


「大量の魔石を見つけたの! これを使って!」


 告げるやシアは手に持った魔石をルクスの方へ思いっきり投げた。一緒に着いてきたコーランも同じようにルクス目がけて次々と魔石を放っていく。

 ルクスはすぐにその意図に気づくと、一旦魔道具の方を離れ、飛んできた魔石が届く距離まで後退する。そして丁度こちらに向かってきた魔石を大剣でぶっ叩いた。

 刹那、砕け散った魔石から魔力が放出して大剣へと吸収される。すると乾き始めていた大剣は再び潤いを取り戻し、再び活性化した。


『グオオオォ——ッ!』


 背を向けていたルクスに魔獣が肉薄する。だが十分に間隔を開けていたルクスは即座に遠吠えの方に振り返ると、大剣で魔獣を切り裂いた。

 そのついでに、立て続けに降ってきた魔石を破壊する。

 追加の魔力を供給すると、大剣は更なるエネルギーを得てより強固に強化され、ついでに刀身も軽くなって振り回しやすくなった。

 魔石を砕くとその勢いのまま魔獣を斬りつけ、何気なく攻撃モーションに入りながら落ちて来た分を更に叩いて補充する。

 その滑らかで無駄のない鮮やかな動きに、コーランは手元の魔石をどんどん投げながらも目を奪われ、感嘆の息を吐いた。


「す、凄い! 敵を倒しながらちゃんと石を砕いてる……っ!」

「コーラン、投げながら少しずつ近づくわよ」


 シアの指示に従い二人はルクスとの距離を縮めながら魔石を投入した。ルクスもそれを確認すると、少しずつではあるが、着実に魔道具へと近づいていく。

 周囲には魔獣の咆哮と切っ先が肉を切る音、そして鉱物が砕ける破壊音だけが響いていた。民家に避難した村人たちも思わず息を呑んで窓から三人を見守る。


 最早これ以上の投入は必要なかった。シアとコーランは魔石を投げるのをやめると足を止め、離れた場所からルクスを見届ける。

 いよいよ魔道具まであと数歩というところで事態は急変した。


『グアアアァ!』


 突如力強い号哭が響く。しかしルクスのところではない。別のところから聞えた雄叫びに、三人は瞬時にぐるりと周囲に目を向ける。

 音の出どころはシアとコーランの背後からだった。別の場所から現れた群れがシアたちに狙いを定めて、捲り上げた唇から凶暴な唸りを上げている。


 ルクスは完全に不意打ちを食らって自分の不甲斐なさを呪った。

 魔獣はあらゆる場所から湧き出しているのだから、標的がルクス一人に絞られるとは限らない。完全に思い上がっていたと、判断ミスをしたことを心の底から後悔する。


 だが気づいたときには手遅れだった。すでに魔獣は戦闘態勢に入っており、隊列を組むと、今にも飛びかかろうと二人ににじり寄っている。

 まだ魔獣との間合いがあるとはいえ、走っても間に合わない距離だ。


「うわあああ!」

「下がってコーラン!」


 その悲鳴が合図だった。群れの中の一匹が遠吠えを上げると、魔獣たちは一斉に地面を蹴って一目散にシアたちに突っ込む。

 シアはコーランを庇おうと前に出る。その光景を見ていた村人たちも緊張の糸が張り詰めると、一瞬たりとも目が離せない様子でルクスの決断を待った。

 一刻の猶予もない状況に、ルクスは即座に決断する。

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