第18話 魔石
村長とコーランを連れて村長宅に避難したシアはすぐさま鍵を閉めると、急いで窓際に寄って外を眺めた。案の定そこではルクスと魔獣たちが交戦している。
ルクスの他に村人たちの影はなかった。周囲の民家を見やると、そこにはシアと同じように各安全圏から双方の戦闘を不安げに眺める人々の様子が窺える。
それだけに魔獣のターゲットはルクスに絞られた。人気がなくなった分敵意は一人に集中すると、群れは一斉にルクスへと襲いかかる。
これにはルクスも困難を極めた。全方向から間断なく攻撃を繰り出してくる魔獣たちのせいで、魔道具への進行は即座に止まる。
一体ずつ相手をするなら未だしも、群れで来られると骨が折れた。反撃どころか、牙や爪を躱すだけで手一杯である。
「このままじゃルクスが持たない……村長!」
歯噛みするとシアはすぐに椅子に腰かけたまま項垂れる村長に駆け寄った。生気のない肩を持ち上げると、荒々しく顔をこちらに向かせる。
「あの魔道具を操ってるのはあなたですよね!? どうにか止める方法はないんですか? 早くしないと村が……みんなが魔獣に殺されちゃいますよ!」
正気を取り戻させるつもりでシアは脅しにも近い言葉で急かした。だが村長は相変わらず妻を失ったショックから立ち直れない様子でぼそぼそと呟く。
「さあ、知らんね……。あれは旅人からのもらいもので、使い方しか聞いておらんから、それ以外のことはわからない。自分たちでどうにかしてくれ……」
「自分たちでって……この状況になったのはあなたのせいでしょう!? 村の人たちの命がかかってるんですよ、他人任せにしないでちゃんと考えてください! あなたそれでもこの村の村長なんですか!?」
半ば叫びながらシアは気力のない村長に発破をかける。だがどれだけ声を張っても無駄だった。村長は目を逸らすと、我関せずといった表情で息を吐く。
「今まで村のため、妻と二人で頑張って来た。どんなに辛くても、支え合っていけば幸せになれると信じてたんだ。だがあろうことに、村を繁栄させるために使っていた魔道具の暴走で妻を失ってしまった。本当なら村のみんなを騙していた罪を一緒に背負って添い遂げる約束だったのに……なのに、イルゼ……なぜ——」
後半部分は独り言だった。それから祈るように妻の名を呟く。
村長は手に持っていた二つの指輪をじっと眺めた。先程まで指輪の宝石部分に嵌められていた魔石はもうない。魔道具が暴走したとき砕け散ってしまったのだ。
緊急事態な上に自己責任とはいえ、村長が心に負った傷を無視するほどシアは冷酷になれなかった。なにより今の村長を叩いたところで事態は好転しない。
どうしたものがシアをした唇を噛んだときだった。
「さっき」
消え入りそうな声に、シアはもう一人の存在を思い出す。顔を上げると、村長同様に元気をなくしていたコーランが、それでも気力を振り絞って声をかけてきた。
「ルクスさんがあの石を砕いたとき、持ってた剣が大きくなったように見えましたけど。それってなにか関係があるんですか?」
予想外のことを聞かれてシアは目をぱちくりさせた。
「え? ああ、うん。そうね。ルクスの持ってる武器、というか支給された武器なんだけど。あれは魔力をエネルギーにして強度が上がるから——」
「ならまだあります!」
「え!? ちょっと、コーラン!?」
コーランはいきなり話を切ると、まだ説明中にもかかわらずどこかへと走って行った。
落ち込んでいたかと思えば急に興奮気味に駆けだしたコーランに、シアは精神的な不安定さを覚えると、心配になってすぐさまあとを追いかける。
だがその必要はなかった。シアが部屋を移ったところで丁度コーランと鉢合わせ、コーランの方も突然出てきたシアに少し驚いた様子で立ち止まる。
と思いきや、自分の体の半分近くの大きさはある、パンパンに膨らんだ革袋をシアにずいっと差し出した。相当重いのか、体全体を使って支えている。
「シアさん、これ使ってください!」
「! これは——」
袋を開けずとも、内容物の多さで締まり切らない口から覗く闇色にシアはギョッとする。
革袋の中には大量の魔石が詰め込まれていた。
予備用に保存していたのだろう。それにしても隠し持っていた魔石の量に、シアは目を奪われる。
「砕けたのは人が持ってる分の魔石だけだったのね……」
「これでどうにかなりますか!?」
コーランが心配そうに問うてくる。もちろんシアは力強く頷いた。
「ええ、十分なくらいよ。これだけあればルクスも本来の力を出せるわ」
「でもどう届けましょう? 外にはいっぱい魔獣が——」
その問いはもっともなものだった。事実、魔獣の群れがルクスに集っている今、この魔石をルクスのところまで持っていく術はない。
だがシアには考えがあった。
「それは大丈夫よ。コーランも、さっきルクスが魔石を砕いたの見たでしょ?」
信頼を置いた穏やかな声音でシアは言う。
するとコーランも思い至ったのか、少しだけ目を開くと即座に「あっ」と声を漏らし、すぐに納得した。
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