第15話 魔道具

「あの……村長?」

「よくも嵌めてくれたな——」

「え?」


 不意に忌々しげに低く告げた村長に、村人たちは間抜けな反応を示す。


「いいだろう。そっちがその気なら——こちらも相応の対応をさせてもらうぞ!」


 叫ぶと村長は勢いよく屈み、倒れたオブジェの深紅の水晶に手を翳す。

 沈黙していた魔道具は活動を始めると水晶から鮮血のような輝きを放った。目が晦むほどの閃光に一同が手で顔を覆うと、その隙に村長は大声で命じる。


「魔道具よ! 私の願いを聞き届け、我が村の平和を脅かす脅威を滅ぼしたまえ!」


 村長の呪文が響く中、ルクスは固く閉じられた目を細くして開けながら魔道具の方を見やった。そして輝きを発する水晶を見てとある事実に気づく。

 村長が手を翳す水晶に一筋のひび割れを確認した。

 放たれる真っ赤な閃光が屈折しているので発見は容易かった。同時にルクスの脳裏に、先程重役たちが魔道具を地面に落とした場面が過ぎる。


「待つんだ村長! それを使ってはダメだ!」


 弾かれたようにルクスは叫ぶ。だが一足遅かった。水晶は離れた場所でも聞き取れる大きさでビシリと音を立て、表面にきめ細やかな亀裂を入れる。


「ぬうっ!?」

 

 流石に村長も気づいたようだ。手の中で形を崩そうとする深紅の水晶を見て狼狽する。そして突然のことにたじろいだ瞬間、水晶は繊細な音を立てて粉砕した。

 水晶内に納められていた細胞組織は剥き出し状態になると、やはり血液のような禍々しい閃光を周囲に放射する。だが事態はそれだけに留まらない。

 制御装置としての役割を果たしていた水晶がなくなったことで細胞組織は完全にコントロールが効かなくなると、その影響は村人たちへときたした。


「——あ?」


 不意にどこからか気の抜けた声が漏れた。

 あまりにも場違いな声色にルクスは目を向ける。そこには痩せ型の男性が違和感を覚えた様子で呆然としていた。男性は異常の出所であるポケットを弄る。

 そして魔石を取り出したときだった。昏い宝石から闇色の煙霧が渦巻いた刹那、魔石は凄まじい勢いで吸引を開始した。


「うわ!? なんだこれ、風が――!」


 突然の風切り音に誰もが振り返る。男性は突如発生した吸引に戸惑いながらも、成す術もなくその場で妙な小躍りをすることしかできなかった。

 と、男性を取り巻く闇色の煙霧とともに、その体が気化したように歪む。

 途端に男性は体を崩すと、渦を巻きながら魔石に吸収された。眼前の出来事に、誰も状況を理解できないといった表情でその場に硬直する。


 宙には魔石だけが放り投げられた形で残った。しかしそれもすぐに表面にビシビシと細かなひび割れを作るとすぐに粉砕し、昏い魔力が散りばめられる。

 解放された魔力は蒸気のように空気中を漂うと魔道具に吸い寄せられる。魔道具はそんな魔力を真っ赤な細胞組織に魔力を吸収すると、一層輝きを強めて活発化した。


 一連の出来事は村人たちに多大なショックを与えた。瞬時に恐ろしい未来が脳内を駆け巡ると、ルクスは堰を切ったように叫ぶ。


「魔石に呑まれたんだ! みんな早く持ってる魔石を捨てろ! 吸い込まれるぞ!?」


 鋭い一声に村人たちは悲鳴を上げると、急いで懐の魔石を捨てた。

 それでも間に合わなかった者たちは先の男性同様、悲惨な目に遭って魔力となり、魔道具に吸収されていく。

 また、捨てられた魔石も同じような動作をしたあと、なにも吸収しないまま砕け散ると、やはり魔道具に吸い寄せられてエネルギーの一部となった。


「シア、魔石がみんなを取り込む前に捨てさせてくれ!」

「わかった!」


 ルクスは叫ぶと手近にいた村人の方へ行き、混乱している本人から魔石を手放させようと一緒になって服の中を探す。こんな地道な作業では全員を救えないと知りながらも。シアも十分に用心しながら、それでいて迅速に作業に当たる。


「な、なんだこれは!? 私はそんな大層な願いは望んでいないのに……!」


 己の願いが招いた結果をまざまざと見せつけられると、それでも村長は目の前で起きている現実が受け入れられず狼狽した。

 先程地面に落としたことで魔道具が故障したことには気づいていないだろう。それだけに暴走の原因がわからず、成す術もなく立ち竦む。

 そして吸引の対象は、魔石を持っていた村長も例外ではなかった。懐のどこかから魔力が滲み出す独特な感覚を覚え、村長は背筋をゾクリとさせる。


「ひ、ひいいぃぃ!」


 徐々に膨れ上がる魔力、そして周囲で展開される恐ろしい光景に、村長は数秒後の自分を想像して慄いた。早急に魔石を捨てようと慌てて全身を弄る。

 しかしどこを探してもそれらしい手応えはなかった。その一因には、あまりにも慌てすぎてしまい、きちんと調べなかったゆえの確認ミスがあるのだが。

 と、そうこうしている間にも魔力の渦は膨らんでいく。あと数秒と経たないうちに吸引が始まり、先程の男と同様に悲惨な運命を辿るだろう。


「どこだっ、どこにある!? なぜ見つからない!? どこに——」

「あなた!」


 最早自棄になり、半泣き状態で体中を叩きまくっていたときだった。村長の妻、コーランの母親であるイルゼが、半ば半狂乱になって飛び出してくる。

 そんなイルゼからも丁度魔力が湧き出す。イルゼもまた魔石の所持者だった。

 だが最愛の夫が目の前で消えようとしている恐怖でそれには気づかない。ただ最愛の夫を助けたい一心で、ひたすらに駆け寄ってダイブする。


「イル——」


 妻の名前を呼ぼうとし、イルゼに思いっきり胸元を掴まれて、グイッと引っ張られる。同時に首の後ろに痛みが走ると、プツリとなにかが切れる音がした。

 服の中に仕舞われていたものが外に飛び出すと、千切れた勢いで小さいリングが宙に放られる。それは指輪に紐を通して作られたネックレスだった。

 宙に飛んで行ったのは、二人が家族である証の結婚指輪。

 その宝石部分に闇色の魔石が嵌め込まれていた。指輪用に小さく加工したのだろう。

 いつも肌身離さず、決してなくさない場所に選んだことを、村長は今になって思い出した。


「あ!」


 どこかへと飛んでいく指輪にイルゼは咄嗟に手を伸ばす。無意識の動きだったのだろう、イルゼ自身もハッとした表情で目を見開いていた。

 瞬間、イルゼの胸元から渦巻いていた魔力が吸引を開始する。

 凄まじい突風にイルゼの衣服が激しくはためくと、その首から下げていたネックレスが首元から飛び出し、自身の結婚指輪が露わになった。

 村長と同じように、結婚指輪に嵌め込められていた魔石が——


 吸引はイルゼの向かう逆方向へとイルゼを吸い込んでいった。だが彼女の動きは止まらない。本人も最期を悟っているのか、力の限り村長の指輪へと手を伸ばす。

 そして掴み取った。イルゼは安堵感で思わず顔を綻ばす。

 すると視線を村長とコーランへ向けて優しげな微笑みを浮かべた。それと並行して、すでに吸引を開始していた村長の魔石にイルゼは吸い込まれていく。

 半瞬後にはイルゼの魔石の方も突風を巻き起こした。

 二つの魔石の間にいたイルゼは両方の魔石へと吸引されると、すでに気化していた体は、その肢体を半分に引き裂かれるようにして左右へと呑み込まれていく。


「イルゼっ!」

「うわあああああああお母さあああああああああああああああん!」


 一瞬のことに反応が遅れた村長とは対照的に、コーランは狂ったような叫びを上げると、眼前で引き千切られていく母親の姿を見て発狂した。

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