第14話 隠ぺい工作

「よし、そのまま慎重に運び出せ。落とすんじゃないぞ、壊れたら全部終わりだ!」

 村長宅。ドアの開いた玄関の前で村長は急かしながら慎重にやるよう注意すると、目の前で大きな布に包まれた細長い大きな荷物を運び出す重役たちに、脅し文句を浴びせた。妻も後ろから心配そうにその様子を眺めている。

 相当重いのだろう。集められた重役たちは荷物の周りを囲むと、ひいひい言いつつも息を合わせながら一生懸命外に運んでいた。


「おお、こりゃまた随分と大きな荷物ですね。大変そうだ」


 と、そこに事情を知らない村人が村長に声をかけてくる。緊張と警戒で気が気じゃなかった村長は大袈裟にびくりとすると、慌てて後ろを振り返った。


「へ? あ、ああちょっとな。早急にやらねばならんことがあって」

「あの。こう言ってしまうのはあれだと思うんですけど、それって行方不明者を探すことより優先することなんでしょうか? 村のみんなも心配しているんですけど……」


 今度は別の女性が問うてきた。村長は苛立たしげに顔を向けてギョッとする。

 いつの間にか村人たちが自宅周辺に集まっていた。

 直接押しかけているわけではないが、少し離れた場所から、あるいは自宅の中から、村長たちがなにをしているのかと、じっとこちらの様子を窺っている。

 訝しむのは当然だ。なにせこの緊急時に、村長がよくわからない布に包まれた大きな荷物を、重役たちの手を借りて移動しようとしているのだから。

 その様子は誰の目から見ても異質に見える。そう客観視できるようになった村長はどうにか取り繕うため、頭をフル回転させた。


「な、なにを言ってる!? もちろんこれから村人を探すつもりだ。そのために必要な準備をしているんだ。悪いが急いでるので邪魔をしないでもらいたいんだが」

「その大きな荷物でですか? でも、これでいなくなった人たちを探すっていうのはあまり現実的じゃないような気もするんですけど……」

「ほう。そんな便利な道具があったとは」

「っ!?」


 穏やかな声に、しかし村長は奇襲をかけられたような勢いで飛び上がると、一人鬼気迫った様子で勢いよく後ろを振り返った。

 相反して冷静なルクスは落ち着いた足取りで村長に近づくと、開け放たれた玄関の方へと目を向けた。そこにはこちらに気づいた重役たちが凍りついたように硬直している。


「ルクス!」


 と、そこにシアとコーランも到着する。村長はコーランの姿を見るなり目を見開き、母親はショックを受けたように口元を両手で覆った。


「こ、コーラン!?」

「お前、なぜこの者たちと一緒に……っ」

「あ……その。僕は……っ」


 両親たちの裏切られたような表情を前にコーランは完全に固まってしまった。罪悪感で心が痛むのか、キュッと胸の辺りの掴む仕草をする。

 それでも二人の悲しみに満ちた目には耐えられなかった。お前だけは信じていたのにと語りたげな瞳は喪失感で座り、徐々に軽蔑が籠っているように見える。


「コーラン」


 崩れそうな両肩に、力強い声とともに体を支えるように手が置かれる。

 顔を上げると真っ直ぐな目を向けるシアがこちらを見つめていた。その温かみに勇気をもらうと、コーランはどうにか卒倒せずに自分の足で立つ。

 そしてわずかな後ろめたさを滲ませながらも、真っ向から父と母を見やった。

 今度は両親が目を逸らす番だった。きっと二人とも、自分たちの行いが正しくないとわかっているのだろう。叱咤を恐れる子どものように顔を背ける。


「随分な大荷物だな。それを使って行方不明者を探すのか?」


 弱っているところにルクスの追及が入る。どうにか誤魔化そうと村長は饒舌に話した。


「そ……そうなんですよ! そのつもりで今準備してい——」


 と、ルクスの手中からなにかがシュッと投げられる。それは荷物を支える重役の一人の手の甲に思いっきり直撃すると、鈍い音を立てて跳ね返った。


「いって!」


 突然の痛みに重役が手を引っ込めると一気にバランスが崩れた。荷物はたちまち傾くと、支えきれなくなって大きな音を立てて足元に落ちる。


「ああああああああ! お、お前たちなにしてる!? 壊れたらどうすんだアホ!」


 乱暴に放られた荷物を見ると村長は絶叫に近い悲鳴を上げた。素に戻って暴言を吐いている間に荷物は地面に転がると、巻かれていた布が開ける。

 現れたのは、チェスの駒のボーンのような形をした、奇妙な物体だった。

 骨の甲羅の思わせる禍々しい装甲は灰色がかっており、ところどころから血管を彷彿とさせる配管が露出していた。それは今にも脈動しそうなほどのリアリティがあり、それ自体が一つの生物であるかのような錯覚に囚われる。

 中でも特に目を引いたのが、天辺に設置された深紅の水晶。

 まるで赤血球のような細胞らしさがあり、その物体を構築する核のようにも見えた。

 突然現れた禍々しいオブジェに村人たちは騒然とする。なによりもショックだったのは、村長たちがそれを隠し持っていたことだろう。


「そ、村長!? なんですか、その気持ち悪い道具は……?」

「おい、この村にあんなもんあったか?」


 早速村人たちは詮索を始める。「あのオブジェはなんだ」「村長の趣味か」「不気味な道具のように見えるぞ」など、様々な声が徐々に上がっていった。


「い、いや違う。これは!」

「やはりそうか。禁足地に祀っていたのは魔道具だったようだな」

 村長と重役たちが伐の悪そうに歯噛みしていると、代わりにルクスが村人たちの疑問を晴らす。だが依然として村人たちは頭に疑問符を浮かべていた。


「魔道具……? なんだそれ? お前聞いたことあるか?」

「さあ。でも今、禁足地に祀ってあったものって言ってたが……」


 聞き覚えのない言葉と新たな真実に誰もが当惑した。そしてすべてを知っていた村長率いる重役たちは、焦った様子でルクスに食ってかかる。


「でたらめを言うな! いったいなにを根拠にこれが禁足地にあったとわかる!?」

「底の部分を見ればわかる。祠の床にあった跡と同じだ。嘘だと思うなら祠に行って調べてみればいい。誰が見ても一目瞭然だぞ」

「ぐっ……」


 自信に満ちた発言だけでルクスが嘘をついていないことはわかった。そして当然調べられたら証拠が出てくる。村長たちは押し黙ることしかできなかった。


「なるほど。この魔道具を使って村人たちから魔力を吸収して今まで願いを叶えていたわけか。それで? 不要になった村人はいったどこへやったんだ? 今回行方不明になった者たちもお前たちの仕業だろう」

「え。なに、どういうことなの?」

「村長、嘘だよな? 村長たちがまさか、そんなこと……」


 いよいよ村人たちの猜疑心が高まってきた。不審に満ちた視線が村長たちに向けられる。

 だがここで折れるわけにはいかなかった。

 村長は村人たちの注目を一身に浴びると、堂々と胸を張って宣言する。

「当然だ! 誰よりも村の繁栄を願っていたのはこの私。豊かにする理由はあっても、村人たちを不幸にする目的はない!」

「そうか。では、それをこちらに渡してもらおう」


 致命的な要求に村長は固まった。が、次の瞬間には唇を捲り上げて吠える。


「な、なぜこれをお前に渡さねばならん! これは私の私物だぞ!?」

「それが魔道具である可能性が高いからだ。それに俺はギルドの人間。危険物を押収する権利がある。もしおかしなものでなければすぐに返そう。怪しいものでなければ別に拒む理由はないはずだ。なんなら今俺がここで調べることもできるが?」


 ここぞとばかりに権力を振るうルクスに村長は完全に凍りつく。そんなルクスの発言に他の村人たちは不快感を覚えると、一斉にブーイングをした。


「なんて乱暴なんだ! コーランを助けてくれたからいい人だと思ったのにっ」

「うちの村長になんてことを言うの!? ギルドの犬め!」

「村長、早く渡して無実を証明ちゃってください! ねえ、村長っ……村長?」

 我が村の村長をバカにするルクスに、村人たちはここぞとばかりに村長に証拠を見せてやれと促す。だが、そこですぐに風向きが変わった。

 最初こそ村長の身の潔白を証明するために擁護していた村人たちは、突然なにも反論しなくなった村長に困惑して、徐々に口を閉ざしていく。

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