第13話 義理と人情

「そしてお父さんは、僕にもこれを持つようにお願いしたんです」

「なにそれ、信じられない!」


 少年の目が再び魔石に移ったときだった。シアは肩を怒らせると我慢できずに叫んだ。そして憤怒の声音で歯噛みする。


「自分の子どもにまで危険なものを持たせるなんて……」

「シア。落ち着け」

「だって許せないじゃん! ルクスも聞いてたでしょ!? この魔石を持ってる人の魔力を奪うって! それってつまり……」

「いいんです。僕もわかってて持ってましたから」


 憤怒の形相で捲し立てるシアにコーランが落ち着いた声音で言った。

 シアはその告白を聞いて目を見開いた。ルクスは真剣な面持ちで言葉の先を待つ。


「持ってたって。なんで!? それがなんなのかわかってるでしょ?」

「これは家族で決めたことなので……。それに魔石を持ってるのは僕だけじゃありません。お父さんもお母さんも、重役の人たちも、みんなわかってて一つずつ持ってるんです。村の人たちだけに負担をかけるわけにはいかないからって。僕もそれに賛成しました」

「まあ、了承してなければ魔石を持ってないだろうからな」


 淡々とした説明にルクスは首肯した。話の途中からある程度この結末を予想していたのだろう。落ち着いた様子で解釈する。


「次に誰がいなくなるかはランダムで決まるみたいです。だからもし家族の誰かがいなくなっても、それは仕方のないことだから悲しまないでほしいと、みんなで約束しました……しました、けど……」


 今まで淡々と話していたコーランの声に、不意に震えが混じる。

 今度はシアにもその理由がすぐにわかった。


「みんなを騙し続けることに耐えられなくなったんだな」


 なかなか先を話さないコーランの代わりにルクスが代弁した。

 するとコーランは勢いよくバッと顔を上げる。その顔はすでに涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「みんなを騙すのは、嫌だった……けど。それ以上に、僕は……おと、お父さんとお母さんが、いつい、いなくなるかって、怖くでっ。もし明日、朝起きたらお父さんとお母さんがいなくなってたら、どうしようって、ずっと考えちゃってぇ……っ!」


 震えた声に嗚咽が混じると、ついにコーランは泣き始めた。

 今までずっと堪えていたのであろう。ギュッと瞑られた瞼の端から洪水のように涙が零れる。一生懸命言葉にしようとする声は悲しみによってしゃくり上げられ、思いを口にするのに努力を要した。


「ど、どうしよう! お父さんとお母さんが、いな、いなくなっちゃったら……っ!? また石に操られたら、次こそ誰もいない、どこか知らないところで一人ぼっちになって——」

「コーラン!」


 悪いイメージに囚われて小さく震えるコーランを、シアは目一杯抱き締めた。


「大丈夫だから。落ち着いて。お父さんとお母さんは平気だから」

「で、でも、今は大丈夫でもいつかいなくなっちゃうよぉ! みんな僕を一人にしてどこかに行っちゃうか、僕がどこかに消えるまで終わらないんだ!」


 自分より一回りも小さい子どもが感情を剥き出し、縋りつくように怯えて泣いている姿を見るのは、シアにはとても苦痛だった。

 いつからこの地獄が始まったのか二人には知る由もない。そんないつ終わるとも知れぬ時間を、この少年は今日までずっと恐怖に戦きながら過ごしてきたのだ。

 きっと今まで行方のわからなくなった人々を何人も見てきたはずだ。今日まで蓄積されていった恐怖と後悔は計り知れない。

 そんなコーランを、こうして抱き締めてやることしかできないシアもまた、同様に胸を痛めていた。

 本来この小さな体を抱き締めてあげるべきなのは両親なのに、魔石を持ってしてもそれが叶えられない現実に打ちのめされる。これでは願いを叶える魔石とはいったいなんなのか。まったくなんの意味もなしていない。


「お願いします、お父さんとお母さんを助けてください! ごめんなさい! 今まで黙っててごめんなさい! 約束破ってごめんなさい……っ! お父さんとお母さんが悪いことをしてごめんなさい、ごめんなさい——」


 懇願と懺悔で泣き喚くコーランの心の中は、罪悪感でぐちゃぐちゃになっていた。

 両親との約束を破ってしまった罪悪感に、約束を理由に今まで見て見ぬふりをしてきた罪人の自分に、父と母が決して許されぬ罪を犯したことに——

 それをわかっていてなお、救ってほしいと厚かましく頼み込む自分が恥ずかしくて、土砂降りの雨の寒さに耐えられぬ小動物のように、小さく震えている。


「ルクス……っ」


 するとシアまで懇願の眼差しをこちらに向けて来た。

 そんな期待の視線に、当然ルクスは首肯で返す。


「ああ、もちろん助ける。そのために俺たちはこの村に来たんだからな」

「ルクスさんっ……」


 やっとの思いで光明が差したことを認識すると、コーランは呆然としながら静かに涙を流す。その縋るような視線にルクスは「だが」と言葉を続けた。


「その前にはっきりさせておきたいことがある。仕事柄魔石には詳しいが、これは人を操るような代物ではない。村長はどうやって村人を操ってるんだ? それと行方不明者の数も気になる。なぜ今回に限って大勢が消息を絶った?」

「うーん……催眠術で操ってる、とか? そういえば願いを叶えるのに魔力がどうとか言ってたけど。もしかしてそれも関係してるのかな? 叶えたい願いが大きいほど、その対価も多くなる、みたいな……」


 当然の疑問に、シアも眉を八の字にして一緒に考える。

 そんな多くの謎に絶大なヒントを齎したのは、コーランのとある一言だった。


「多分、催眠術は旅人からもらったもののせいだと思います」


 泣き止んで落ち着きを取り戻したコーランが鼻を啜りながら言った。有力な情報にルクスとシアは少年へと視線を向ける。


「そういえば、この魔石も元々は旅人にもらったって言ってたっけ」

「そのもらったものの名前や形はわかるか?」

「実際に見たわけじゃないので形は知らないんですけど、旅人がそれっぽい名前を言っていたのは覚えてます。確か、魔法の道具とかなんとか——」

「っ!」


 コーランが言い終わる寸前、ルクスの纏う空気が変わった。

 シアもはっと息を呑む。

 二人の豹変ぶりにコーランは思わず言葉を止めた。


「ルクスさん……? あの、どうしました?」

「魔法の道具ってまさか!」

「やられたっ」


 短く言うとルクスは突然森の中を駆けだした。

 いきなり離れて行く背中にシアとコーランは一瞬呆然とするが、すぐに正気に戻ると、急いでルクスを追いかける。

「ちょっ、ルクス!? どこ行くの!?」

「村長の自宅に戻る。大事なものなら自分の目の届く場所に保管するに違いない。村長が禁足地に入るのを許可した時点で気づくべきだった」

「え、どういうことですか!?」


 旅人とやらが持ってきたものに心当たりがあるシアとは違い、なにも理解していないコーランは急な展開について行けず問うた。

 しかしルクスにそれに答える余裕はなかった。一刻も早く村に戻ろうと、若干二人を置いてきぼりにしながら、一人森林を駆け抜けて行く。

 なんとしても最悪の事態を避けようと、一刻も早くマルカ村に戻るために——

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