第12話 少年の告白

「……この村は、前まではとても貧乏なところでした」


 だが泣き出すわけにはいかない。コーランは気を抜けばすぐにでも滲みそうな涙をどうにか我慢すると、代わりに頭を下げ、ぽつりぽつりと話しだす。

 勇気を振り絞ったその姿に、二人も誠意を持って耳を傾けた。


「畑や家畜もあんなにいっぱい取れなくて、明日食べるものがあるか心配しなくちゃいけないくらい、みんな骨と皮みたいに痩せてたんです。僕もそうでした」

「え? でも村の人たちは、みんな凄く健康そうだけど……」


 疑問に思ってシアが口を出す。それにコーランも頷いた。


「みんなが変わり始めたのは、とある旅人がこの村にやって来たときでした。頭からフードを被った魔法使いみたいな人が、大きな怪しい道具と——それを持って来たんです」


 言うと、コーランはルクスの手の中にある魔石を見た。


「魔石を……?」

「二人とも知ってると思いますが、マルカ村には元々そんなに人は来ないんです。あのときは物凄く貧乏だったから特に……。だから最初はみんなも警戒していました」

「じゃあやっぱり、最初からこの村の人たちは警戒心が強かったのね。だから村中のみんなで私たちを監視してたわけか」


 先程村長が住民たちにルクスたちの監視を命じていたことにやっと得心が行ったのか、シアは心底理解したように首肯して納得する。

 コーランもそれで正解だとこくんと頷いた。


「村長……うちのお父さんも、他の人と一緒にその人を囲みながら、慎重に集会所に案内しました」

「道具というのはなんだ?」

「大きな布に巻かれていたのでわかりませんが……でも、その人が帰るときにはなにも持っていなかったので、多分村に置いていったとは思うんですけど」


 そこは不明瞭なようでコーランは断定しなかった。だが話を聞く限りだと、その怪しい道具がこの村のどこかにある可能性は高いだろう。


「それから次の日でした。お父さんが旅人からもらった大きな袋を持って、大事な話があるからって、村の人たちを広場に集めたんです。石はそのときにお父さんから直接配られたものでした」


 再びコーランの視線が魔石に向く。その目は薄気味悪さに軽蔑が籠っていた。


「お父さんはそれを、願いが叶う石と言ってました。もちろん誰もそんなこと信じませんでした。でもお父さんはこの村の村長なので、みんな仕方なさそうにしてもらったんですけど……その日から村に変化が起きたんです」

「作物が育って村が豊かになった……か?」


 今度はルクスが指摘した。これは先日村を案内してもらったときに薄々気づいていたことだった。その解釈で正しいようでコーランも異議を唱えなかった。


「食べ物が増えて活気づいたことで、みんなお父さんの言ったことを信じるようになりました。今ではみんな肌身離さずその石を持ち歩くようにしています。今度は自分の願いも叶えてもらえると信じて……」

「それでみんなの願いも叶ったの?」


 シアが問うと、コーランは微妙そうな表情で眉を顰めた。


「どうなんでしょう……。叶った、とは思うんですが……なんか、みんなが思ってたのと違う方向っていうか……」

「違う? とは、具体的にどういうことだ?」

「例えば、さっき集会所で暴れてた人……あの人も魔石を持ってるんですけど、いつも奥さんの安産を願っていたんです。多分奥さんも同じことを願ってました」

「詳しいんだな」

「あの人たちは村でも有名なおしどり夫婦で、よく村のみんなに話してましたから。でも実際に叶ったのは畑がよくなったりとか、あの人たちもそれは望んでることだとは思うんですけど、一番叶えたい願いごとは実現してないんです」

「本人たちの意思とは関係なく、勝手に願いごとが決まっていると……」

「あと」


 ルクスが顎に指をやって考えていると、再びコーランが口を開く。

 しかし今度はどこか言いにくそうに視線を彷徨わせていた。が、意を決したように二人を見る。


「お父さんやみんなは、村の人たちが行方不明になったって騒いでますけど……実は、前々から村の人たちがいなくなることはあったんです」

「え。なにそれ、どういうこと!?」


 新事実にシアは思わず声を張った。これにはルクスも突っ込む。


「今の話が本当だとして、それじゃあなぜ今回に限ってこんなに大騒ぎになってるんだ?」

「今回は大人数ですし、突然消えたからだと思います。前までは一人か二人、少しずつ村から出て行く程度だったので」

「? それって、みんな自分の意思で村から出て行ったってこと?」

「この前までこの村は荒れていましたから。ここでの生活が嫌になって逃げだす人が出てもおかしくないっていうか。だからみんな出て行ったと思って気にしてないんですけど」

「だが、コーランはなにか気にかかっている」


 ルクスの鋭い指摘にコーランは尊敬の眼差しを送った。そして大きく頷く。


「今まで何回も、この村から出て行く人たちを見てきました。それは村に例の旅人が来る前も、来てからもそうでした。でも旅人が村に来た辺りから違和感が出てきたんです。だって昨日までこの村で頑張ろうって言ってくれた人が、次の日には突然憑りつかれたように元気がなくなって、その日のうちに村を離れるんですよ!?」

「それは……確かに変ね」

「だからお父さんとお母さんに聞いたんです。あの旅人が来てから、この頃みんなおかしいって。そしたらお父さんもお母さんも急に怖い顔になって……これはお父さんと母さん、そして村の重役の人しか知っていないことだから、絶対に誰にも言わないって約束で、教えてくれたんです」


『この魔石は、持っている人たちの魔力を奪う代わりに、お父さんの願いを叶えてくれる大切な石なんだ。お父さんはこの村を荒んだ状態のままにしたくない。もう誰かが飢え死にするのを見たくないんだ。コーラン、お前は本当にお利口だ。お父さんとお母さんの自慢の息子だ。だからお前を信用してこの秘密を教える。だからコーラン、お前もこのことは内緒にしてくれ。これはみんなのためなんだ! 約束だぞっ』

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