第11話 安堵の息

「はぁー危ないところだった。危うく捕ま——」

「シアっ」


 集会所を出てすぐ、シアが安堵の息を吐いたときだった。

 ルクスは急いでシアの体を引っ張ると、ほとんど抱き寄せるようにしてぐっと顔を近づける。


「どこか怪我はないか!?」

「ぎゃあああああああああああああああ!」

「ヴッ……!」


 いきなり抱きつかれそうになると、シアは真っ赤な顔で思いっきりルクスをどついた。みぞおちに一発食らったルクスはその場に膝をついて呻く。


「なにかある度に抱き着くのやめろっていつも言ってるでしょ!?」

「うぐっ……シア、怪我は……」

「ああもう。さっきあんたが守ってくれたから平気よっ。ありがとう!」


 先程巨漢に襲われそうになったことがよっぽど気になっていたのだろう。苦悶を漏らしてなお無事を確認するルクスに、シアは半ば自棄になって叫んだ。


「にしても、あの村長……まさか私たちに監視をつけてたなんて。いったいどういうつもりかしら?」

「無理もない……ふぅ。向こうからしたら俺たちはよそ者だ。目を光らせるのは当然のことだろう」

「でもだからって、なにも村全体で監視しなくてもっ……ん?」


 と、シアが頭に血を上らせて文句を言ったときだった。シアはルクスの背後に呆然と立ち尽くすコーランを発見する。

 シアは相変わらず自分の握り締めたままの拳に気づき、次いで地面に蹲ったまま腹部を抑え続けるルクスを見ると、慌ててパッと手を開いて首を振った。


「あ、や! 違うのこれは。えっと……」

「どうしたコーラン……なにか用か?」


 腹部を抑えながらようやく立ち上がると、ルクスは聞いた。

 だがその問いにコーランは返事をしなかった。ただ居心地が悪そうに身を捩る。どうやらシアがルクスを殴ったことに驚いたわけではなさそうだ。

 言い淀むコーランにシアも違和感を覚える。明らかに不自然なその様子に、どうしたのかと口を開きかけたときだった。


「これから行方不明者の調査に行くんだが、コーラン。もしよければ手伝ってくれないか?」

「えっ」

「もしかしたら魔獣が増えてることと関係があるかもしれない。手始めに昨日お前が魔獣に襲われた場所を調べようと思ったんだが、生憎道を忘れてしまってな。初めて会った場所まで案内してほしい」


 突然の申し出にコーランは困惑した。当然シアも動揺する。


「ちょっと待ってよルクス。あんたがいるとはいえ昨日の今日よ? 怖い目に遭った場所に連れて行くなんて」

「いえ。大丈夫です」


 シアの異議を遮ったのはコーランだった。

 てっきり嫌がるものだと思っていたシアは意外な返答に目を見開く。


「こっちです。着いて来てください」

 相変わらず態度こそよそよそしかったが、コーランは先陣を切ると、早速二人を案内しようと歩きだす。

 ルクスが当然のようにそのあとを追うと、シアも当惑の面持ちのまま、すぐに二人に着いて行った。



「道に出た場所から考えると、多分この辺だったと思います」


 記憶を頼りに森の某所に着くと、コーランは自信なさげにそう言った。

 だが確証がなくてもルクスは構わなかった。なぜなら本来の目的は、別の場所にあったのだから。


「ああ、そうだな。確かにこの辺でこれを拾った」

「!? そ、それは……っ!」


 言いながらルクスが懐から魔石を取り出すと、コーランは瞬時に凍りついてその手元を凝視した。その反応を見てルクスはやっぱりと頷く。


「やはりこれを落としたのはお前だったか」

「え? なに、どういうこと?」


 一人話を呑み込めなかったシアは首を捻った。ルクスは説明する。


「夜中この森で魔石を拾ったことは言っただろ? そしてさっき、村長も同じものを落としたのを見たんだ。それで、もしかして全員同じものを一つずつ持ってるんじゃないかと思ったんだ。なら昨日森で拾ったこれも落とした奴がいたってことだ。だったら思い当たる人物は一人しかいない」

「あっ」


 ようやくシアも理解したのだろう。

 コーランも否定せず、物欲しそうな面持ちで魔石を見つめていた。


「そんな顔しなくてもこれは返してやる」


 視線に気づいたルクスは魔石をコーランの方に寄越した。が、コーランは躊躇いがちな様子でじっと魔石を見つめるだけで、受け取ろうとはしない。


「……コーラン?」


 先程からコーランの様子がおかしいことに気づいていたシアは顔を覗き込む。そんな少年の葛藤を知っていたルクスは、優しい声音でそっと尋ねた。


「なにか言いたいことがあるんだな? さっきからずっとそんな顔をしてる」


 そう。ルクスがここに来たのはそのためだった。

 雰囲気からして深刻な内容で、自分もそれに一枚噛んでいることだろう。これまでのコーランの様子を見ていれば、その思考に至るのは容易かった。コーランもその罪悪感に耐えるのが辛く、すぐにでも白状したかったはずだ。

 しかし先程までそれができなかった。なぜなら周囲に仲間がいたから。そしてそれを告げるということは、仲間を裏切ることになるからだ。

 そんな義理と人情の狭間で板挟みにされ、両方からの圧力で潰されそうになり、早く解放されたかったに違いない。

 コーランはバッと顔を上げると、今にも泣きだしそうな相貌を二人に向けた。

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