第10話 捜索宣言

 誰もがその光景に目を見開いた。

 静まり返る室内。凍りつく周囲。目を見張るシア。粉々に砕けた鈍器に呆然と固まる巨漢——と、それに対峙するルクス。

 その手には大きな布で包まれた棒状のものが握られていた。


「言ったはずだ。対処すると」


 感情の籠ってない冷たい一言は、しかし、相手の神経を逆撫でするだけだった。

 頭に血が上っていた巨漢は歯軋りをすると、新たに湧き上がる怒りに青筋を浮かべる。


「人の女房さらっといて、ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ!」


 最早巨漢はルクスたちを犯人と決めつけると、喚きながら新たな武器を手にした。今度は花瓶が乗った机を持ち上げ、敵味方関係なく大きく振り回す。


「うわあああ! マズイぞこいつ、完全にキレちまってる!」

「みんなそいつから離れろ! 近づいたら怪我するぞ!」


 突如暴れ出す巨漢に、近くにいた村人たちや重役たちは即座に距離を取って避難した。シアもその場から離れて心配そうにルクスを見る。

 村長も避難しようと腰を浮かせた、そのタイミングでルクスがこちらに避けてきた。ルクスしか見えていなかった巨漢は周りも見えぬまま、今度は両手を突き出して突っ込んでくる。

 再びルクスが避けると、すぐ後ろにいた村長と巨漢がぶつかった。筋肉質の巨漢の体当たりに村長は容易く吹き飛ばされて横転する。

 そのとき村長の服の中からなにかが転がり落ちた。巨漢の動きを見ていたルクスはそちらに振り返ると、偶然にも村長から落ちたものを視界に入れる。

 それは先日ルクスが森で拾ったものと同じ、魔石だった。


(あれは——!)

「うらああああああああああああ!」


 ルクスが魔石に目を奪われている隙に再び巨漢が椅子を持ち上げた。完全によそ見をしていたルクスは、咄嗟に手に持っていた棒状のもので攻撃を受け止める。

 激しい衝突音のあと、棒状のものを包んでいた布が破けた。すると椅子の足が破けた部分に引っかかり、更にビリビリに引き裂いていく。

 布に巻かれたものの正体が露わになった瞬間、その場の全員が凍りついた。

 広がった生地から現れたのは、カラカラに乾燥した肉塊に刃をつけたような、鼓動を打つロングソードだった。その表面は剥き出しの筋肉のように禍々しく、血管のようなものが浮き出ている。

 特に目を引くのが、柄から切っ先にかけて伸びる、大動脈のように歪な闇色の輝き。


「人工の筋肉組織でできた武器……ッ!?」


 武器の形状を見るなり、青ざめた一人が剣を指差して叫ぶ。その叫びを皮切りに周囲にどよめきが広がると、また別の者が丁寧にも詳細を口にする。


「太古の巨大生物ガリアの細胞を培養して作られた贋造物の使い手——間違いない。こいつらギルドの奴らだ!」

「人目を忍ぶのもここまでか……」


 正体を見破られたルクスは仕方なさそうに息を吐いた。

 観念したように武器を覆っていた布を取っ払うと、公衆の面前に曝け出す。禍々しいロングソードが完全に露わになるなり、その不気味さに再びざわついた。


「そいつの言う通り、俺はギルドの人間だ。最近この辺りで魔獣が増えたと情報を聞いて、国から調査を依頼されてマルカ村に来た」


 言いながらルクスは依頼内容の書かれた紙を取り出し、全員の前に突きつける。重役たちは全員目を丸めると、食い入るようにしてその紙をじっと見た。


「国家から支給されたこの剣で以って、俺たちは無罪であることを証明する。そしてこの調査依頼書に誓って村人を捜索しよう!」


 ルクスの声明と、その証拠と見せつけられた贋造物に村人たちは押し黙る。そしてこの事実は、二人が無実であることを認めざるを得なかった。


「そ、そんな……じゃあ、俺の女房はいったいどこに……」


 見当違いの結果に巨漢はその場に崩れた。

 傍若無人に暴れ回っていたかと思えば急激に絶望する巨漢に、ルクスは宣言する。


「命の保障まではできないが、必ず俺が行方不明になった者たちを見つけ出そう。そのためにも全員に協力してほしい」


 巨漢を宥めてから村人たちに向き直ると、ルクスは真摯な眼差しでお願いした。呆気に取られていた村人たちは戸惑いの表情のまま、なんとも言えない様子で小さく唸る。

 ルクスは微妙な反応を見せる村人たちから村長に視線を向けた。


「調査に当たって禁足地に入るが構わないな? どっちにしろ、すでに災いとやらは起こったんだ。今更拒む理由もないだろう?」

「……調査なら致し方ない。どうぞ心行くまでお調べください」


 禁足地に入ることは重役以外禁じられていると聞いたが、村長は多少の逡巡は見せたものの快く承諾してくれた。

 すると今度は村長が指揮を執る。


「ということだ。みんな聞いていたな? 消えた者たちはこのお二方が探してくれると言っている。それなら私たちもなにも邪魔はしまい。あとのことは任せようじゃないか」


 村長は前向きにそう言うと、早速二人が調査をするために幕を下ろしてくれた。村人たちは渋い顔をしながらも、村長の意向に従ってそそくさと退散する。

 しばらくぶりに室内がスッキリして危機が去ると、シアは息を吐いた。村長はこちらに向き直ると、何事もなかったかのような口調で説明する。


「私はこれから他の住民たちに調査のことを説明してきます。その方が物事もスムーズに進むでしょう。お二人は早速調査の方を開始してください」

「そうしてくれるとありがたい。さっきも村人たちを諫めてくれて助かった」

「いえいえ、そんな大層なことでは……それよりも行方がわからなくなった者たちのためにも捜索を開始してください。あとは私の方でやりますので」

「ああ、わかった。シア」

「え? あ、うん」


 切羽詰まった村長の気迫に押され、ルクスはすぐに行動に取りかかろうとシアを呼ぶ。シアはすぐに立ち上がると、ルクスと一緒に集会所をあとにした。

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