第9話 冤罪
「っ!?」
核心に迫った一言に、一気に場の空気が張り詰めた。
瞬時に雲行きが怪しくなる。
「違います! 私たちはそんなことしません、それは言いがかりです!」
即座にシアが立ち上がって声高らかに主張した。怪しい雰囲気を察したのだろう。
だが時すでに遅し。今や重役たちの抱くルクスとシアへの不信感は、これ以上ないくらい高まっていた。
誰もが目を背けるか、あるいは厳しい表情で二人を見つめている。
「正直、お二方を擁護したい気持ちもあるが……本当に残念だ」
そして止めは村長本人からの致命的な一言だった。村長は顔を曇らせて告げる。
「なぜなら私も、昨日あなたたちが深夜、どこかから帰ってくるのを見たものですから」
「っ……そ、れは……」
言われてシアは、昨夜帰って来たときに村長と克ち合ったことを思い出す。しかも最悪なことに、丁度禁足地に赴いていたときだ。タイミング的に最悪すぎる。
「おい、なんだよそれ。いったいどういうことだっ」
「お前ら昨日の夜どこに行ってた!? まさか禁足地に行ってたんじゃないだろうな?」
「確実にそうだろ! しかも御神体がなくなったのは丁度昨日から今日にかけてなんだ。御神体を盗んだのはお前たちだろ!?」
「もしかして、行方不明の人たちもこいつらが……っ」
案の定ルクスたちへの風当たりは強くなった。途端に二人は最悪の事態に陥る。
アリバイを立証する手立てもない。昨夜村長にどこかから帰ってきたところを見られている。一番の痛手は、実際に禁足地に侵入し、村の決まりを破ったことだ。
だが御神体を盗んだことは違う。集団失踪のこともまったく心当たりはない。
しかし今更それを伝えたところで、いったい誰が信じるだろう。容易に想像できた結果にシアは歯噛みする。それでも容疑を否認せずにはいられなかった。
「待ってください、ちゃんと調べればわかるはずです! すぐに私たちがやったと決めつけるのは――」
「調子のいいこと言ってんじゃねぇ!!」
一際殺意に満ちた怒声が室内に響き渡る。その圧にシアは思わず押し黙った。
驚いたのはシアだけではなかった。他の重役たちも大きな怒鳴り声にびくりと体を震わせると、一斉に騒ぎの方——集会所の出入り口を見やる。
「さっきから聞いてりゃふざけたことばっか抜かしやがって。どう聞いてもオメェらが犯人だろ! 往生際が悪いんだよ!?」
そこにいたのは筋肉質の大男だった。恐らく村一番の力持ちだろう。袖口から除く二の腕の筋肉には張りがあり、身長は2メートル近くあった。
明らかに興奮状態で冷静ではない男。今にもこちらへ攻撃しそうな様子に、ルクスはシアの前へと素早く躍り出て、彼女に危害が及ばないようにする。
そしてルクスは鋭い目つきで巨漢の男が凶行に踏み出さないよう威圧しながら、慎重に口を開いた。
「そこまでにしてもらおう。それ以上彼女に近づくようなら、こちらも相応の対処をさせてもらう」
「んだと、てめぇっ!」
巨漢はルクスの冷徹な態度で、更に怒りを募らせるが、彼が腰に携えている剣の柄に手を伸ばすのを見て一歩、怯んだ。
対して巨漢の後ろには、何十人もの村人たちがこちらの方を厳しい表情で覗き込んでいた。村中の住民が集まっているのではないだろうか。
突然登場した村人たちに、出入り口の近くにいた重役の二人が詰め寄る。
「なんだお前らは!? 今は会議中だぞ!」
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ。さあ、さっさと外に——」
「うるせえぇぇ!」
「ぐぶ……っ!」
先陣を切って巨漢は荒々しく叫ぶと、追い出そうとする重役の片方を殴り倒した。
握り締められた大きな拳が重役の顔面に減り込む。その瞬間には鼻血が飛び散り、強烈な一発を食らった重役はすぐに気を失ってその場に崩れた。
「貴様——」
二人のうちのもう一方も、仲間が目の前でやられるのを見て肩を怒らせる。
しかし一歩踏み出した瞬間に、今度はスタンバイしていた村人たちが室内に押し入って来た。重役が気づいたときには鋭い肘鉄が頬に食い込み、少量の唾液と一緒に折れた歯が飛んで行く。その衝撃で脳震盪を起こしたのか、悲鳴もなく倒れた。
「やっぱりあのルクスとかいう奴らがやったんだな!?」
「これ以上あいつらの好き勝手にやらせるな!」
その横を村人たちがドカドカと慌ただしく通過する。
今まで鬱憤が溜まっていたかのように喚き散らし、怒声を上げながら床を踏み鳴らすと、一斉に狭い小屋の中へと流れ込んできた。
「……だ、誰かあいつらを止めろ。こちらに近づけるな!」
立て続けに目の前でやられた二人、そして暴れ馬の勢いでツッコんでくる何十人もの村人たちに怖気づいたのか、他の重役が誰ともなく指示した。
だが立ち上がる者はいない。ほとんどの者がそうする前に人波に呑まれ、押し流されてしまった。倒れた者たちは踏まれないように身を竦ませるのに精一杯である。
その間に先頭にいた巨漢はルクスたちの前に辿り着くと、怒りと私怨に満ちた形相で、キッとルクスとシアを睨みつけた。すると騒いでいた村人たちも途端に静まり返る。それでも滲み出る殺意だけは変わらずに燃え上がっていた。
ルクスは依然としてシアの前に陣取ったまま、動こうとしない。
「いきなり姿を晦ました14人。そのうちの一人が、近々出産予定の俺の女房だったんだ。この村の医療は国みてぇに整ってねぇし、診療所も一つしかねぇからよ、陣痛が始まったらすぐに医者に駆けつけるよう言われてんだ。それが今朝起きたら突然いなくなってて、最近じゃ魔獣も増えたって聞いて気が気じゃねぇんだよ俺ァ!」
「え……っ」
突然主張してきた巨漢にシアは息を呑んだ。周囲の者たちもその勢いに声をかけられないでいる。
彼は瞳に憎悪の炎を滾らせて、ルクスとシアに向かって指を差した。
「なあ、おめぇらなんだろ? 御神体盗んだり、うちの女房をどっか連れてったの。さっさと出せよっ。でねぇと今ここでぶっ殺すぞ!?」
「焦るのはわかります。ですが一旦落ち着いて——」
必死に巨漢を宥めにかかるシア。だがその声は巨漢に届いていない。
すると今度たちは村人たちの方が声を上げる。
「やっぱりこいつらが御神体を盗んだから、こんなことになったんだ」
「村長が言ってた通りだ。くそ、昨日の夜からみんなで厳重に監視してたのに、なんでこんなことに……っ」
「え? じゃあルクスが昨日見られてたって言ったのは本当だったの……?」
疑っていたわけではないが、村人の発言に現実性が湧くとシアは思わず呟いた。
しかしルクスは別のところに引っかかりを覚え、眉を顰める。
「村長が言った……?」
「ぐっ」
ルクスが不審げに呟くと、村長があからさまに苦い顔をした。
そんなことも知らぬまま、村人たちは口々に批判を飛ばす。
「そうだ! 昨日コーランがお前たちを案内させているときに、村長から聞いたんだ。もしかしたらこのマルカ村の御神体を盗みに来たかもしれないから、村のみんなでお前らを見張るようにって決めてな!」
だいたいの話を理解するとルクスはちらりと村長を見やる。すると村長は伐が悪そうに目を逸らした。反応を見る限りどうやら図星のようだ。
だがルクスは、やはりと勘づいた表情で村長を見ていた。むしろ突然自分たちの村にやってきた余所者を怪しむのは当然のことだろう。
だが、それでも村全体に監視の目を張り巡らす必要はない。
過剰な措置を取る村長たちの行き過ぎた対処は、この村の繁栄、禁足地にあったはずの御神体の秘密を守る防衛策なのだろう。ゆえに余所者たるルクスたちを、現在進行で貶めようとしているのだが。
「嘘……なんで村長がそんなこと」
「よそ見してんじゃねぇぞオラアァ!」
それはシアが呟いたときだった。
不意に巨漢が腕を薙いだかと思うと、次の瞬間には壁際に避けていた椅子を手に持ち、そのまま勢いよく彼らに向けて叩きつけようとした。
「おいバカ、よせ!」
誰かが叫んだのは巨漢が動作に入ったときだった。
しかしそのときには、すでに硬い椅子がルクスの顔面に迫る。
そして小さく狭い室内に、一際大きな打撃音が響いた。
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