第8話 消えた村人
浅い眠りを脅かしたのは、窓とカーテンに遮られた外から響く、わずかな話声だった。
常人であれば覚醒を促す材料にもならない小さなざわめきも、普段の任務で死線をくぐってきたルクスにかかれば、十分な騒音となり警戒対象になる。
しかしシアは依然として夢の中に囚われていた。スースーと小さな寝息を立てながら控え目に肩を上下させ、穏やかな表情で眠っている。
だが外で騒ぎが起きている今、いつまでも寝かせているわけにはいかない。ルクスは起こすことに小さな罪悪感を覚えながらも、華奢な肩を控えめに揺する。
「シア、起きろ」
「んぅっ……ん?」
呼びかけるとシアはすぐに目を覚ました。眠そうに目元を擦りながら薄く瞼を開ける。自分を見下ろす人物を見ると、やがて焦点が合って名前を呼んだ。
「ルクス……? どうしたの、こんな朝早く……」
「すぐに支度をするんだ。外でなにか起きたらしい」
寝ぼけ眼のシアに説明しながら、ルクスは急いで身支度を済ませた。
状況を確かめるためシアを残して部屋を出る。すると丁度村長と鉢合わせた。昨晩の怪しい雰囲気はどこへやら、なにやら慌てた様子で室内を歩いている。
村長はルクスの顔を見るなり、狼狽えながら迫った。
「あ、ルクスさん! 大変です!」
「どうした、そんなに急いで。なにがあった?」
「失踪事件です。朝早くから申し訳ありませんが、ルクスさん、一緒に来ていただけないでしょうか?」
切羽詰まった様子で懇願する村長に、ただ事ではない雰囲気を読み取ると、ルクスは腹を据えた。
シアの支度が終わると、ルクスたちは村長に連れられてマルカ村の中心地へと向かった。
連れて来られたのは大きな集会所だった。周りには関係者たちがぞろぞろと集まっており、次々と中へ入って行く。村長がそれに続くと二人もあとを追った。
集会所の中には大きな机が一つあり、誰もがその周りに陣取って席に着いていた。
村人全員が参加するわけではないらしく、席も十数人分だけ用意されている。それもほぼ埋まっており、残されたのは前方の三席だけだった。
誰のための空席か悟った二人は、席に着く村長に続いて腰を下ろす。全員の視線が村長に集まる中、村長は一同の顔を見ると早速口を開いた。
「今日は早朝から忙しい中、重役会議に集まってもらい感謝する。早速集団失踪について話をしたいと思う」
「それはいいけどよ、村長。なんでこいつらも一緒なんだ?」
脂肪で膨らんだ太い腹の男がじろりとルクスたちを見た。
訝しむのも無理はない。村の重役会議に部外者がいたら誰でもそう思うだろう。現に他の者たちも奇異の視線を二人に向けていた。
「彼らは昨日息子を魔獣から助けてくれた。もしかしたら今回も魔獣絡みの可能性があるからな。今回の騒動の手がかりになることを知ってるかもしれない」
「へぇ……手がかりねぇ」
村長の言葉に太い腹の男は素っ気ない返事をした。そんないまいち乗り気でない声を流しつつ、村長は仕切り直して現状確認をする。
「行方不明者は男女合わせて14人。いずれも昨夜、みなが寝静まったあとに姿を消したと思われるが。その後、そちらで変化はあったか?」
「変わりないっすねぇ。相変わらず帰ってきませんよ」
「うちも同じだ。誰も行方不明者の姿を見た者はいない」
「失踪前に、この者たちになにか変わったことは?」
「どこも普段と変わった様子はなかったと言っています」
「うーむ、手がかりなしか。なにか怪しい部分があればいいんだが……」
急ぎ足で始まった会議は開始早々に停滞した。突然の集団失踪に混乱していることも原因だろう。村長は完全に口を閉ざして黙ってしまう。
だが、ここでようやく、手がかりたり得る情報が舞い込んできた。
「あ。そういえば——」
小さく発された言葉に誰もが顔を上げる。声を出したのは斜め前にいる、ひょろりとした垂れ目の男だった。村長は食い気味に男に耳を傾ける。
「手がかりか!? なんだ!」
「は、はい。そういえば、昨日から禁足地にある祠の御神体がなくなってまして……」
勢いに気圧されながらも男はなんとか答えた。
心当たりのあったルクスとシアは互いに目を合わせると、特にシアはなにか言いたげに驚いた表情で小さく口を開けた。ルクスも頷く。
「祟りだ……」
「!」
不意に誰かが呟いた。その一言に重役たちが反応する。
ただ二人、ルクスとシアだけがなにを指しているのかわからず首を傾げた。だが他は全員理解したようだ。瞬時に真剣な顔つきになる。
「みなさんも知ってるでしょう? 昔から伝わる御神体の噂を。誰かが禁足地に足を踏み入れて、土地を汚しただけでなく、御神体を盗んだから呪いが降りかかったんだ」
不安を煽るように言ったのは無精髭を生やした男だった。明らかにペテン師臭い相貌にルクスもシアも不信感を抱く。だが重役たちは違ったようだ。
「まさか。でもあれは言い伝えじゃ……」
「いや、ただの噂なら何十年も昔から伝えられてないだろ」
「それにタイミングが良過ぎるな。もしかして本当に祟りなんじゃ……」
「えっ?」
安直にも言い伝えを鵜呑みする重役たちにシアは戸惑った。
いくら緊急事態とはいえ、解釈が突拍子過ぎる。それほど混乱しているということでもあるのだろうが……。
「あの。実は私も心当たりがあるんですけど……」
また別の方から声が上がる。今度は長髪の女性だった。控え気味に挙げられた手に一同の視線が集まる。
「これはさすがに偶然で片づけられないかなと思って。もし間違いでしたら申し訳ないんですけど……」
「どんな些細なことでも構わん。言ってみよ」
藁にも縋る思いで村長は真剣な眼差しで促す。
すると女性はなぜかこちらを一瞥すると、申し訳なさそうな、それでいて恐怖に怯えるような眼差しを向けたまま、意を決して白状する。
「行方不明者が出たり、御神体がなくなったのって……そちらのお二人がこの村に来て、すぐでしたよね……?」
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