第3話 マルカ村
「なんと! それで息子の危ないところを助けてくれ、そのうえ家まで送ってくれたわけですか!? いやはや、なんとお礼を言ったらいいか……っ」
それはコーラン宅でのこと。
目的地のマルカ村に着いたルクスたちはコーランを家に送り届けると、出迎えてくれた父親に自宅に上がらせてもらい、事情を説明した。
通された居間で机を挟んで座った父親は、経緯を聞くなり心底申し訳なさそうに、そして感謝をしてもしきれないといったふうに深々と頭を下げる。
その際額を強く机に打ちつけたため、四人分のカップの水面に波紋が広がった。
「この度はうちの息子の命を救っていただき本当にありがとうございます! もしお二方がいなかったらと思うと……ああ、なんと恐ろしいっ」
「も、もう大丈夫ですから。顔を上げてくださいお父さん」
感激した様子で幾度も頭を下げる父親に、さすがのシアも戸惑った様子で宥めた。
「それにしても驚いたな。まさか村長の息子だったとわ」
シアの隣に座っていたルクスは、向かいにいるコーランを見て呟く。するとコーランは小さくはにかんで「へへっ」と声を漏らした。
「それにしても、魔獣ですか……。噂には聞いていましたが、この辺りは大丈夫と思っていたんですがねぇ。そうですか、ついにこの村の近くにも……」
「村長さんは魔獣が増えた原因とか、なにか知ってることはありますか?」
シアは話題が魔物関連になったのをいいことに、便乗してそれとなく聞き出した。
だが村長は軽く顎を引くと、心当たりがないと首を振る。
「申し訳ありませんが、私も詳しいことは知りません。恐らく村の人々もそうでしょう。何分、このマルカ村はもちろん、近隣の森にだって魔獣はほとんど出ませんので。知っていることといえば、せいぜい古くから伝わる伝説くらい。お二人もご存じでしょう?」
促されると二人は村長の言わんとすることを察し、すぐに頷いた。
太古の昔、この世界には莫大な魔力を持つ巨大生物たち——ガリアがいたという神話がある。
だが時の流れとともにその数は減少し、やがて永い眠りについたという言い伝えだ。
しかし、その膨大な魔力は尽きることはなかった。魔力は今なお、亡骸となったガリアから湧き出し、この大地の地中深くから滲み出ている。
そしてそのエネルギーは、いつしかこの世界に魔物や魔獣を産み出した。
魔獣だけではない。今やガリアの亡骸から溢れる残存エネルギーは、この世界で生きとし生ける動植物には欠かせない生命エネルギーとなっていた。すべての生命はその魔力を糧に、今日まで命の痕跡を伸ばし続けている。そして命の糧となるエナジーだからこそ、ときに凝縮し、魔物や魔獣へと姿を変えて繁殖していたのだ。
また、魔力の放出量は地域ごと偏りがあった。
多い場所では地面の裂け目から噴き出し、魔獣も多く、狂暴な個体がいる。その代わり作物も新鮮で様々な生物もおり、生物が生きていくには良環境だ。
逆に魔力量の少ないところは砂漠化などの厳しい環境となり、命の気配がない、荒れ地と化している。だがその分魔物や魔獣も少なく弱小個体しかいない。
そしてそれはもちろん、この世界で生きる人々にも、貧富の差という影響を与えていた。
「もうお察しでしょうが、この村の土地から溢れる魔力量は、他の場所と比べて著しく少ないのです。魔獣が出るほど栄えてもいません」
「そうですか……」
貧富のことに関してまで聞くつもりはなかったのだろう。シアは話がデリケートなことに触れると、控えめな相槌を打って黙ってしまった。
村長もその空気を察したようだった。わざとらしく咳払いすると、重い空気を換えようと殊更声のトーンを上げ、別のことに話を逸らす。
「せっかくここまで来たんですし、よろしければ村を回ってみませんか? たいしたお礼はできませんが、自然豊かで景色はいいし、空気は澄んでいますよ?」
「そうだな。丁度食料も切らしてるところだったし、少し買い出しに行くか」
村を回るよう提案されると、ルクスは元々調査のためにこの周辺に来たことを思い出し、早速立ち上がった。シアも今日の目的を思い出したのか、すぐにルクスに続く。
「小さな村とはいえ道に迷うといけない。誰か案内人をつけましょう。えーと……」
「お父さん、それ僕がやってもいい?」
誰に案内させようか村長が考えているとコーラルが挙手した。その目にはまだ二人と話をしたいと書いてある。余程二人を気に入ったのだろう。
これはルクスにとっても都合のいい展開だった。
(俺たちに警戒心のない人の方が、こっちも動きやすいか……)
「うーむ……だがコーラン、お前は魔獣に襲われたばかりだろう?」
「大丈夫だって! さっきもルクスさんたちが助けてくれたし、全然元気だよっ」
「そうね。私たちも打ち解けた人の方がリラックスできるかも」
シアもコーランの提案に乗っかった。恐らく考えはルクスと同じだろうが、単純に見知った人の方が気持ち的に楽だと思ったのと、コーランの厚意を無碍にはできなかったこともあるだろう。
シアの後押しもあり、村長はそれじゃあと頷く。
「わかりました。ではコーラン、案内を頼むぞ」
「任せてお父さん! それじゃあルクスさんシアさん、僕に着いて来てくださいっ」
コーランは頼まれると威勢よく返事をした。友人ができて嬉しいのだろう。逸る気持ちを隠そうとしないまま、せかせかと玄関へと先んじる。
「ふふっ。あの落ち着きのなさと押しの強さ、小っちゃい頃のあんた見てるみたいね。それでもまだコーランの方が分別あるみたいだけど?」
ふと幼少期を思い出すと、幼馴染は過去の記憶に思いを馳せて懐かしげに微笑んだ。次いで悪巧みするように口元をにやつかせ、ルクスにいたずらな視線を向ける。
幼い頃からの付き合いである連れのからかいに、ルクスは今更顔を真っ赤にすることはなかった。それよりもシアの発言が思った以上に的確で、ふとコーランを見る。
確かにシアの言う通り、今のコーランの姿は、どこか昔の自分と重なる気がした。
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