第4話 禁足地
「お、コーラン。恩人に村を案内してんだって? 精が出るなぁ」
「森で魔獣を倒したのってあの人たちでしょ。結構強いのかしら?」
コーランにマルカ村を案内されていると、行き交う人に頻りに声をかけられたり、遠目からヒソヒソ声で妙な噂を立てられるルクス一行。
いつの間に魔獣からコーランを助けた話が広がったのか、ルクスたちは村人たちの注目の的だった。周囲からの無数の視線にシアは小声でルクスを呼ぶ。
「ちょっとルクス。すっごい見られてるけど、こんな状態で調査なんてできんの?」
「まずは軽い下見で十分だろう。一日で魔獣の原因を解明するわけじゃない。それに悪い噂をされてるわけでもない。それより早速周りに怪しいものがあるぞ」
警戒心を高めるシアとは逆に、ルクスは落ち着き払った様子で言うと、シアに周りを見るように促した。だがシアは言わんとすることを察して頷く。
「もう気づいてるわ。……この村、建物はボロボロで土地から溢れる魔力量も少ないのに、畑は豊かだし他の人たちもみんな健康過ぎる」
言いながら、シアは周囲の畑で実った新鮮な作物や、すれ違う度に元気に挨拶してくる村人を、そしてそんな村の様子とは明らかに釣り合わないおんぼろの民家を睨む。
「あ、そうだ! 助けてもらったお礼に、とっておきの場所教えてあげますね!」
それは突然だった。先頭を歩いていたコーランは不意にこちらに向くと、思いついたと言わんばかりにそんな提案をした。無邪気な顔からは悪意は感じられない。
「とっておき?」
「こっちです! 二人とも来てください!」
「わっ!」
はしゃぎながらそう言うと、コーランはシアの手を取って走り出した。シアは困惑しながらも手は振り解かず、コーランに引っ張られていく。
天真爛漫な息子に振り回される母親のようなシアの慌てた姿に、ルクスは思わずフッと鼻で笑うと、やれやれと言いたげな表情で二人のあとを追った。
その背後で村人たちが表情を消し、憑かれたように黒い瞳でこちらを見ているとも知らず。
コーランに連れて来られたのは村から少し外れた、人気のない雑木林だった。
後ろを振り返れば目と鼻の先に村が漠然と見える。だが周りが木々に囲まれているためか、酷く遠くにあるように錯覚した。整備された足元を見る限り道ではあるようだが。
シアも不安に思ったのだろう。前を行くコーランに心配げな声をかける。
「ねえ、どんどん村から離れて行ってるけど平気なの?」
「あともう少しですから。それにさっきも、この辺りで友達と一緒に遊んでたので」
「こんなとこでなにしてたんだ? 広場なら村にもあるだろうに」
ルクスは当然の疑問を抱くとコーランに問うた。すぐに元気な返事が返ってくる。
「みんなで探検してたんです。この奥には秘密があるんですけど、他にもなにか面白いものがないか探してたんです。でもその途中で急に意識がなくなっちゃって、気づいたらさっきの森の中に……友達は先に帰ってたみたいですけど」
「秘密?」
「あ、見えてきた。あそこです!」
説明を聞く前に目的地に着いたようだ。コーランは立ち止まると前を指差す。
鬱蒼とした木々が重なってできた、小さな洞穴のようなものがあった。
奥の方は生い茂った葉と枝により陽光が遮られ、まだ日が傾き始めて間もないのに、その先は深い影で一気に暗くなっている。気づけば周りも密集した樹木で狭まり、より不気味さが増した。道も洞穴の前で切れており、先に続くのは深緑の深淵だけ。
「え……なにここ? なんか、すっごい不気味なんだけど……」
「ここは禁足地です。ここから先は重役以上しか入れないんですけど、入口までならいいかなって。本当は村の人たち以外に教えちゃいけないんですけど、ルクスさんとシアさんはさっき僕を助けてくれたので、特別に連れてきちゃいました。これ以上は村人でも立ち入り禁止なので、案内できるのはここまでなんですけど……」
「へ、へぇ。そうなんだ……」
なにか奇怪なものを感じ取ったのか、シアは少しだけ縮こまった。純粋に霊的なものが苦手という気持ちもあるようで、体も緊張で強張っている。
奇妙なものを覚えたのはシアだけではなかった。不意にルクスは服の中に仄かな熱を感じて懐を弄る。そして探り当てた途端ルクスはそれに思い当たり、静かに目を見開いた。
だが、今それを取り出すことは躊躇われた。
しかしいつでも動き出せるよう態勢を立て直したかったルクスは、すでに空が茜色に染まり始めていたことに気づくと、自然を装ってコーランに振る。
「陽が傾いてきたな。もう夕暮れ時だ。コーラン、そろそろ村に戻らないと、また村長が心配するんじゃないか?」
「あ、ほんとだ……」
指摘され、コーランは夕焼け色に染まった雑木林の奥に潜む小さな闇を見る。時期この辺りも真っ暗になるだろう。道がわからなくなる前に戻った方がいい。
「本当はもっとこの辺も回りたかったんですけど……村の案内が長かったですかね」
「ううん、そんなことないよ。お陰でいろんなものが見られたし、村のこともかなりわかったわ。ありがとうねコーラン」
その言葉は、まごうことなき事実だった。
が、必ずしも双方が同じ意味合いで捉えているとは限らない。
現にお礼を言われてはにかむコーランに対し、シアはな笑顔を崩して、神妙な面持ちで考え事をしていた。
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