15.人と出会うということ(1)

 相変わらず広く深く、それでいて心地良い清籟せいらいに満ちた森を、カスミは小走りに駆けていく。

 ただの様子見――のつもり――だった前回とは違い、救助という目的がある今回は一にも二にも速さが重要である。もちろん到着までに体力が尽きたり、騒音で魔物を呼び寄せたりしない範囲で。

 今のカスミならばそう難しくない。周囲の警戒に当たりながらも付かず離れず、木々の間をすいすいと縫って飛ぶフォグの先導があるからだ。


「ピッ!」

「ん、ありがと……よっと!」


 常にカスミが無理なく通れるルートを選択しながら、時に魔物が隠れていないかと先行し、かと思えば今のように飛び出た木の根や枝などの障害物があれば事前に注意を促してくれる。ナビゲーターとしてフォグは掛け値なく有能と言えよう。


「あれ? あの木って……」


 その甲斐あってか、軽いジョギング程度の速さであっても掛かる時間は以前と比較にならず、カスミは体力に大きな余裕を持ったままへと差し掛かった。

 まだ風化に至っていない倒木が一本。

 遠目にどことなく見覚えあるなと漠然と思ったそれは、近付いてみれば当たり前の話で。


「……あ、フォグと会ったところだ、ここ」

「ピッ?」


 印象に残っていないわけがない。落下したフォグのすぐ傍で無残にも年輪を晒していた倒木だ。

 あの時には炎やら水やらと魔法も撃たれたが、それで別段周囲に被害があったわけでもないため目に見える当時の爪痕はその倒木くらいなもの。

 改めて訪れた現在では闘争も逃走も過去に追いやった長閑な日溜まりと化していて、自然と気が抜けて和んでしまいそうな、そんな場所となっていた。

 謂わばフォグとの記念碑。共通の記憶の一ページ目に記された、互いの思い出を語れば真っ先に目に浮かぶような光景を前にして、不意に名状しがたい感慨を覚えたカスミはうっそりと笑みを浮かべた。追われている最中には必死の一言しか頭になかったものだのに、と。


「――はっ! いやいや、早く行かないと」


 そんなさざ波にも似た感傷に惹かれてつい立ち止まりかけてしまったが、今は悠長にしているような場合でないのも確か。僅かに勝った焦燥感に、カスミは再び進む方向へと視線を向けた。

 フォグはまだその翼を休める様子もなく、目的地は更に奥にあると言葉を持たずに語っている。

 どれだけの広さかも知り得ない森を突き進むのは、頼れる案内人がいてもなお不安は拭いきれぬまま。ならばいっそこのまま切り株に腰を下ろして安穏と時間を過ごそうか。などという魅力的な思い付きが後ろ髪を引いてくるかのようだ。

 それでも結局カスミはため息ともつかない深い呼吸を一つだけ残し、誘惑を振り払うつもりで足を速めた。


 それから走ること十数分。さすがに全身に漂う疲労感は強まり、いつになったら到着するのかと辟易としていた。

 すでに帰り道など見失って久しく、ここから自力で戻れるかと問われればカスミは即座に否と断言するしかない。魔物を避けるためだろうか、途中で何度か大きく進行方向を変えたせいで方角すら曖昧なのだからうべなるかな。

 もしも万が一フォグと逸れでもしてしまった場合、そこから始まるのは危険に満ち溢れた遭難生活サバイバルである。

 一歩間違えればミイラ取りがミイラ。そんな言葉が頭に浮かんだものだから、澱のような不安は一層濃くなっていく。

 フォグの動きに変化があったのは、まさにそんな最中さなかのことであった。


「ピピッ」


 順調に道を作っていたその身を翻したかと思うと、普段よりも幾分か抑えた鳴き声と共にカスミの周囲をぐるっと一周し、そのまま滑るように杖頭にちょこんと降り立ったのだ。

 おまけにそのまま足先から杖へと黒を伸ばし体躯を小さく縮めた姿は、いつもおやつの時間に見せる半同化状態そのもの。まるで目的を果たしたと態度で示さんばかりである。


 ならばとカスミも足を止め、ワンピースのポケットから取り出したハンカチで汗を拭いつつ到着したその場を見渡してみる。

 さりとて周囲には人影の一つも存在せず、今まで通り過ぎてきた景色と大差ない木立で象られた世界がそこにあるのみ。

 はて、フォグは怪我人の居場所へと誘導してくれていたのではなかったのか。相手が移動してしまったか、もしくはフォグ自身に何かトラブルがあってこれ以上飛べなくなったのだろうか。

 拍子抜けとも言える状況を前に、様々な疑問と予想がカスミの頭に浮かんでは消えていく。


「はぁ、ふぅ……フォグ、本当にこの場所であって……なに? その動き」

「ピーッピッ」


 乱れた息を整えながら確認を口にしたカスミだったが、目に入った新たな疑問につい眉根を寄せてしまった。

 杖頭に直立したフォグが首だけを前後に何度も振っていたのだ。鳩が歩くときにも似た、カクカクと何かを突くような動作である。

 今まで一緒に生活してきた中でこんな動きを見たことは一度もない。カスミはどこか滑稽なその姿にただ一人困惑していたが、ふとした閃きに心の中で手を打った。


「この先にその、ケガした人がいるとか?」

「ピッ」


 考えた通りどうやらすぐ近くまで来たことは間違いないようだ。

 それはそれとして、なぜその場所まで直接誘導しないのか。今のフォグの姿を見ていればそれも予想が付く。


「飛んでるところを見られたくないってことでいいのかな」

「ピッ」

「杖の飾りのフリをしたいってわけね」


 半同化中のフォグはまるで最初からそういう杖だったかのように違和感なくその一部と化している。擬態としては完璧に近い。

 ではいったいどんな理由でここまで来ておきながら姿を隠そうとするのだろうか。そこまで読み取れなかったカスミとしては問い質したい気持ちが山々なものの、それを実際に口にするには一種の勇気が必要でもあった。

 そもそもフォグが普通の生物かどうかわからない、という件に触れ兼ねないからである。


 あからさまに正体を隠したいという意図が見て取れる行動は、姿を現すことでカスミかフォグのどちらか、或いは両方に不利益が生じるからだろう。

 その不利益がどのような形かまでは不明でも、その根底に〝フォグはこの世界の住人に取っても異質な存在だ〟という背景があると推測するのは、すでにその生態に疑問を覚えているカスミからしてみれば自然な流れだった。

 しかしだからといって、「あなたは人前に出られないような生物なのか」とは軽々に訊けるものでもない。まかり間違って元気良く肯定でもされては、今後の付き合いに支障を来すこと請け合いだ。

 カスミは仕方なくフォグの意を汲み、ただひとり黒い小鳥の飾りを乗せた杖をグッと握り締めて示された方角へと歩き始めた。


「こっちでいいんだよね……」


 フォグの様子から見て付近に魔物がいるとは考え難くとも、怪我をした初対面の人物相手にドタバタと駆け込むものでもないだろう。カスミは焦らぬようゆっくりと、且つ慎重に進んでいく。

 目的の人物はきっとすぐ近くにいる。走らずともあと一分か二分か、もしかしたら数秒後には出会えるはずだ。

 そう考えるだけでカスミは気持ちが上擦るのを止められなかった。


「すぅ……ふぅ。すぅ……ふぅ」


 歩きながらぺっとりと汗で濡れる額を何度も拭い、深呼吸もまた何度も繰り返す。

 にわかに取り戻した静けさの中心に残ったのは、ローブが下草に触れる微かな音と、ほとんど整ってきた呼吸音。そして身体の内側だけで響く爆音とも言うべき鼓動だった。

 これまでの走り通しで活発になった脈動は今もって衰えるどころかむしろ強まっているようで、もはや身体が跳ねていると錯覚するほどの衝撃へと変貌しつつある。

 森の空気というこれ以上ないほど濃い酸素を肺に取り込んでいようとも一向に身体は落ち着こうとしないまま、一歩進むだけで百メートル走ったかと思うほどに乱れてしまうのだから手の打ちようもない。


「ふぅ……んぐっ」


 呼吸の合間にぐっと喉が詰まる。深呼吸を繰り返して乾いた口に、水分を消耗した身体は酷でしかないようだ。

 仕方なくカスミはもう一度足を止めて腰に下げたペットボトルホルダーへと手を伸ばした。治療にも使う予定の水だが、数口の水分補給に躊躇するほど量は少なくない。

 疲労で鈍い腕で手間取りながらもキャップを開けて喉に流していく。体内で冷たさを主張しながら滑り落ちていく水の感覚があまりに気持ち良く、がぶ飲みしないよう自制するにはそれなりに克己心を要したが、フォグを抱えて逃げた時の干ばつのような渇きに比べればまだ我慢できる範疇だった。

 これで多少は身体も鎮まるだろうか。

 水を飲むのは単純ながら落ち着くのに効果的な場合が多く、カスミとて経験則的にそれを期待していた部分はある。

 しかしドクンと耳の奥から聞こえる度に手が震え、飲み口にキャップを被せることすら儘ならない現状を見て、カスミはようやく自身の状態を正確に把握できた。

 そもそも、ちょっとやそっとで落ち着けるわけが無かったのだ。


「もうすぐ人に会えるんだ……」


 呟いた一言には込められていたのはまさしく万感。

 この異世界に転生して一ヶ月と半分にも満たない期間。これを長いと見るか短いと見るかは人によるだろう。ただ事実として、カスミに取っては長い切望の日々だった。

 誰かと会いたい。

 孤独な世界で使命に奮起し、魔術に心躍り、フォグに癒やされても消えることのなかった願いである。

 今日まで何度となく夢の中で前世の生活を見た。家族や友達との会話から授業のような特別楽しいと思っていなかった日常まで、何の疑問も持たずそこに溶け込む自分を体験してきた。

 そんな日は決まって目を覚ますと瞼が重く枕が濡れているのだ。その後も中々起きる気になれず、確かにあったの残滓を未練がましく反芻してしまう。

 楽しかったことや嬉しかったことほど、思い出せば切なくなってしまうというのに。


 だからこそ今、心の芯が震えて止まないのだろう。

 二度目の人生を彩る新しい出会いを求めて。そして埋め難き喪失感を少しでも覆い隠してくれることを祈って。


「──!!」


 その想いを胸に、腰の据わらない足取りを押して先へ進んだカスミの目がついに求めていた影を捉えた。しかも可能性の一つとして考えていた状況、相手は一人ではない。

 行く手を阻む一際濃い茂みを回り込もうとして見えたのは、木と木の間に紛れるように向かい合って屈む一人の男性と二人の女性。何やら小声で会話しているようだった。

 そんな彼らを──そう、人間らしき姿形を持ち言語による意思疎通まで行う彼らを見つけた瞬間、カスミは慌てて自分の口を手で強く抑えた。そうしなければ歓喜と喫驚がい交ぜとなった叫び声を上げていたことだろう。それとも一段と激しさを増した心臓がいよいよ口から飛び出していたか。


 相手方はまだカスミが見つめていることに気が付いていないらしい。まだ少しある距離も然る事ながら、内容まで聞こえずともその雰囲気だけで白熱しているとわかる会話に夢中なようだ。

 不思議な三人、というのが一方的に観察できたカスミの率直な感想である。或いは奇抜と言い換えてもいい。


 背を向けて屈んでいる男性の方はわからないが、二人の女性に関してはその横顔を覗くことができる。細かな容貌までは判別付かないにしても、既知の人種で括れば和とも洋とも取れる顔立ちなのが見て取れた。カスミは鏡で見た自身の顔を思い浮かべ、きっと同じ人種だろうと判断する。

 それよりも目を引くのが彼らの装いである。カスミがその感覚に従い端的に表現するならば、〝作り物っぽい〟だ。

 これは何も仕立てが下手だと蔑んでいるわけではない。コスプレを趣味とするカスミが手掛けてきた物と似通っているという観点である。

 その理由は三人共が纏うマント状の外套、そしてそれぞれが持っている武器にあった。


 女性の内一人は弓を背負い、もう一人は剣を腰に佩いている。男性もまた剣を扱うようで、背中を覆い隠す外套の端からは鞘が突き出ている。

 総じて空想で塗り固めた中世西洋風の物語に出てくるような風体だが、それこそがかえってカスミに違和感を抱かせなくもあった。

 これまでもインフラ不足の家を始め時折実感していた、この世界の文明は発展が遅れているという事実が念頭にあれば、映画の撮影やコスプレ衣装としか思えない時代錯誤の装いも受け入れられない方がおかしいというもの。

 そもそもカスミ自身ローブ姿に杖というイベント会場に出かければカメラを向けられるような格好なのだ。決して他人事ではない。


 何にせよ、こうして観察しているだけでは目的は果たせないだろう。

 繰り返すまでもなくこの出会いから今後に繋がる知己を得ることも重要だが、カスミの元々の目的は怪我人だ。てっきり三人の内の誰かだと思ったが、ざっと見たところそんな様子は見受けられない。

 どうやら見ているだけでは情報が足りなさそうだと結論づけると、カスミは意を決して前に出ては口を開いた。勝手に震えそうになる声を懸命に堪え、努めて明るく、最大限に友好的に。


「あ、あの……!」

「──っ!? 誰だ!? それ以上近づくな!!」


 しかしそんなカスミの健気な望みは最後まで告げることすら許されず、即座に割って入った大声によって打ち払われてしまった。

 威圧の塊とでも称すべき怒声を前におののきを隠せず戸惑っていると、いつの間にか三人はカスミと正対してそれぞれが警戒の姿勢を見せているではないか。


 声の主は青年。立ち上がりざま振り返ったかと思うと流れるように諸刃の直剣を抜き、雄々しくカスミに突きつけている。くすんだ金属製の鎧で身を固めた長身は、まさに戦士はかくあるべしと言わんばかりの姿。

 顔を見れば大人になる間際の少年といった風情で、乱雑に切り揃えた逆立つダークブラウンの短髪が活動的な性格を表しているようだ。野性味がありながらも整った顔立ちは女性に人気があるかもしれない。もしまなじりが厳しくつり上がっていなければの話だが。


 そのすぐ斜め後ろで半身に構える女性もまた剣を抜いている。形こそ青年の直剣を一回り小さくしたようなそれは些か細身で、女性らしい体つきにとても似つかわしい。鎧も動きやすさのためかパーツを減らしているらしく、字面で表せば青年と同じ〝剣と鎧〟ながらも受ける印象はだいぶ異なっている。

 こちらも大人になる一歩手前の年頃か、レッドブラウンの長髪を一房にまとめたスタイルも相まって涼やかな気配を放っていた。剣呑な気配はその何倍も。


 三人目の女性は完全には立ち上がらず立膝のまま。それでも構えた弓は引き絞られた矢が振れずにカスミを狙っており、僅かな身動ぎすら躊躇わせる。

 先の二人よりもどことなく甘い顔立ちで、ふわふわのピンクブロンドの髪と垂れ気味の目が大らかな雰囲気を強調していた。胸当てくらいしか目立つ物のない鎧もそれを助長する要因なのだろう。

 そんな印象のまま、しかし構えた弓を下ろす気配が無いのだからカスミとしてはどう接すべきなのか混乱するばかりだ。


 そして三人が姿勢を変えたことにより、カスミはその奥に四人目がいることを初めて知った。

 ただ一人警戒の姿勢を見せるでもないその青年は、身体に外套を掛けて仰向けに臥したまま。見るからに青白い顔に、短い間隔で上下する胸が体調の悪さを物語っている。

 その様相を見てしまえば、あの血に塗れた包帯の持ち主が誰であったのかなど明白というもの。

 弓を構えた女性が立ち上がろうともせずその青年の前にいるのは、なるほど庇っているのだろうと窺える。


 ここにきてようやく状況の一端を理解したカスミは反射的に自分がいろいろと持ってきたことを思い出すと、持っていた杖を二の腕と首の二点で挟んで固定し、空けた両手でポーチを探り始めた。

 新しい包帯もあればポーションなんて物もある。役に立つ物が一つはあるに違いない。


「わ、わたし手当ての道具を持って──」

「何をするつもりだ! 余計な動きをするな!!」


 それでもカスミの想いは届かないらしい。

 青年は一切の妥協なく敵意を突きつけ、構えた剣が決して脅しではないことを態度で示していた。

 かといってカスミに害意はない。動くなと言われてしまえば従うしかないが、そこに大きな誤解があるのは不本意だった。


「変なことをするつもりじゃないんです! わたしはただその人を助けようと──」

「騙されるとでも思ったか! こんな場所に子供が一人で……倒れた仲間を抱えたカモとでも思ったんだろうが、そうはいかねえ!」


 青年はカスミの弁明を一顧だにせず、まるで話を聞いたら終わりだとばかりに自論を叩きつける一方。いくら訴えようと無駄だと悟るしかなかった。

 いきなり斬りかかるような真似こそしてこないものの、距離を縮めるつもりもないらしく、異常なほどにカスミを警戒している。

 その姿を見て、一向に受け入れてもらえないことを知って、カスミは胸元に寄せた両手でギュッとローブを掴んだ。

 激しく轟いていた鼓動はそのまま、ただし一切の熱を失った冷たいナニカが身体を巡る感覚に溺れそうだった。

 唇は震え、喉は水分を失い、瞼が痙攣する。鼻の奥で火花が散ったような痛みを感じ、咄嗟に呻き声が漏れ出るのを必死に我慢した。


「わ、わた、わたし……そんなつもりじゃ」

「くそっ! 引かないつもりなら、やっぱりやるしかないか……エリン、ネーニャ、やるぞ!」

「ちょっと、ガロット!」


 とうとう実力行使に移るつもりらしい。恐らく仲間の女性のものと思しき名前を呼んだ青年に対し、細剣の女性が戸惑いがちに返した、のだろう。

 それから何やら青年と女性の間でやり取りがあったようだが、カスミがそれを知る余裕は無かった。

 もう、限界だった。


「う、う……」

「あん?」

「うあ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 一瞬ぼやけたと思った視界は開けていられず真っ暗へと変わり、反対に口は閉じることも適わず嗚咽が湧いて出てくる。

 全身の力が抜けるのに手だけは固く握り締められ、絞られたローブに身体が引っ張られる。その手には頬を流れる水がボタボタと雨のように降り注いでいた。


「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「な、泣いてんのか……?」

「どうなってるのよ、これ……」

「あう……」


 戸惑う三人の声が耳に入っても、カスミの頭の中までは届かない。

 悲しい、辛い、苦しい、恐い。大量の負の感情に支配された今、そんな余地などどこにもなかった。


 まず期待があった。人と出会うということ自体への。

 そして希望があった。孤独を取り払い、真の意味で新しい人生を歩む始まりとなることへの。

 しかし不安もあった。初めて異世界人と接することへの。そして異物として排除されるのではないかという危惧への。

 その結果がこれだった。

 カスミは始まりの一歩すら拒絶され、ただただ敵意に晒されたことを理解し、自分が今何をしているのかもわからないまま慟哭を上げるしかなかった。

 そうでもしなければ心が壊れそうでたまらなくて。

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