03. 家探し(2)

 部屋の外に出たカスミを真っ先に迎えたのは、階下が一望できる吹き抜けの廊下だった。

 どうやらここは屋内のおよそ半分を占める二階だったようだ。手摺りから乗り出し階下を見渡せば、さぞかし開放感があることだろう。

 しかしカスミの視線は下には向かわない。むしろある物を辿りどんどんと上へ昇っていく。

 そのある物とは、家の中心を貫き通る一本の巨木である。大の大人でも抱えられないほどの太さの木が、大黒柱もかくやとばかりに屹立している。

 天井は腹のど真ん中を貫かれている格好だが、光の一筋も漏れないほどしっかりと木と一体化しているようだ。


「ふわぁ……」


 まるで樹齢うん百年の巨木が家を支えているかのような光景に、カスミはただただ唖然とする。息をするたびに一段と増した木の香が鼻を衝き、その存在感を殊更に強調していた。

 圧倒されながら見上げること数分。ようやく我に返ったのは半開きの口が乾き、首が痛くなってきた頃だ。視線を水平に戻した瞬間、くらりと少し立ち眩んでしまう。

 一度深く息を吸い、ゆっくりと吐いていく。予想外の事態が続き地に足が付かない心地で、もう一度、さらにもう一度と深呼吸を繰り返す。

 そうして心なしか平静さを取り戻したカスミは、とりあえず吹き抜けへと近づくことにした。巨木ももちろん気になるが、それと同じくらい階下も気になっているのだ。

 手摺りに掴まり隙間から階下を覗いてみる。そうすると家の構造と自分の今いる位置を少しだけ知ることができた。


 この家自体はそれほど大きくない長方形をしているようだ。短辺の片方にカスミがいる二階が存在しており、巨木を挟んだ反対側はすべて吹き抜けとなっている。

 一階を覗き込めば目に入る範囲すべて、つまり一階の半分を一つの部屋が占めていた。ソファやテーブルが置いてあるが、それよりも屋根にまで煙突を伸ばすレンガの暖炉が目立つ。使用した痕跡はあるが綺麗に掃除されているようで灰一つ無い。

 そして暖炉から少し距離を置いた左の壁際には、石窯や調理台といったキッチン設備が存在している。

 間仕切り無くこれらがまとまっているリビングダイニングキッチンは、日常生活の中心として不足はあれど不適格ではない。


 しかしそんな間取りよりもカスミの気を引いたのは、キッチンと反対側の隅に見つけただった。


「なんか……あっちの木のほうが大きくない?」


 なんとまた別の巨大な木が家の角をすっかり飲み込んでいるのだ。カスミの目の前にある中央の巨木がすっぽり入るくらいに太い、濃い赤茶色の樹幹が。

 家の内側からはその木の一部しか見えないが、きっと外からは家の角が巨木そのものでできているように見えるだろう。

 その外観を想像しただけでも不思議な造りの家だと思うが、それに輪をかけて不思議なのはその赤茶色の樹幹の根本にドアが見えることである。

 あちらの巨木は中に入れるようになっているのかもしれない。そんな予想をすると一階に降りたときが楽しみになってきた。


 見下ろす範囲にあるのはそれくらいで、玄関などは見当たらない。恐らくは二階の真下、カスミが立つ床に隠れた範囲に位置しているのだろう。その場合は降りてからでないと確認はできない。

 ではどうやって降りるか。どこかに階段はないかと探してみると、これはすぐに見つかった。最初に見つけた目の前にある巨木だ。樹幹の周りにぐるりと刺さった木板が螺旋階段となっているではないか。

 この階の廊下は家の中央までせり出しているだけあって、半ば巨木に食い込むような形をしている。その部分では手摺りも途切れ階段に渡れるようになっているようだ。木造の家の中で樹幹に沿って昇降させようとは、ログハウスにしても外連味けれんみに溢れているではないか。


 しかし降りるにはまだ早いだろう。階段を探す際、今しがた出てきた部屋の隣にまた別のドアを見つけたからだ。どうやらこの階には二部屋あったらしい。

 もしかしたら誰かいるかもしれない。そう思いノックをしてみる。


「すみません。誰かいませんか?」


 十秒ほど待ってみるも返事はない。それなら、と思い切ってドアを開けてみると、鍵に邪魔されることもなく素直に開いた。

 部屋自体は最初の部屋を鏡写しにしたもの。しかし、がらんとしている。ベッドも、本棚も、ワードローブも、カーテンすらも無い。

 どうやらただの空き部屋のようだ。魔法に関連した本や道具も当然見当たらない。

 何となく拍子抜けした気分を味わいながらドアを閉めれば、この階で見るべきものはすべて見たと考えて良いだろう。


 そうとなれば次に向かうはいよいよ下の階。すなわち巨木の螺旋階段だ。

 だが、いきなり飛び乗るような勇気はカスミには無い。ただの板が刺さった階段だ。足を滑らせたり、板そのものが折れてしまわないかと思うと鼓動が変に早くなっていく。


「お願いだから折れたりしないでね……」


 ついつい不安を口にしながら片足を乗せ、恐る恐る体重をかけていく。予想に反して頑丈にできているのか、たわむことも不吉な音が鳴ることもなく、全体重をかけてもビクともしなかった。

 安全と見て良さそうだ。ホッと胸を撫で下ろし、それでもカスミは慎重に階段を下りていった。周囲を見てなどいられない。一段一段、真下を見つめながらそろりそろりと降りていく。


 無事終点に到着し一階に降り立ったのは螺旋階段が樹幹をだいたい二周するところだった。しっかりとした地面の感触がカスミの緊張を解きほぐす。意外にも木板ではなく硬い石の感触で。

 巨木が生えている部分だけは木の床が四角に切り抜かれ、丸石が敷き詰められているのだ。根は見えないが、丸石の層よりもっと底の方で土に埋まっているのだろう。


 顔を上げるとすぐ目の前には初めて目にする玄関。螺旋階段で二周した結果、二階の床の真下に出てきたというわけだ。

 まだ外に出るつもりはないのでこちらは後回しにし、上から見下ろしていた暖炉がある部屋へと入る。入る、といってもドアも仕切りも無く、強いて言えばモスグリーンのカーペットが感覚的に部屋を区切っているだけだが。


「上から見るより広く感じる。リビングなのに家具が少ないからかな?」


 歩いて見て回る中で目についたのは、せいぜいテーブル付きの椅子四脚の内一つが踏み台付きの子供用になっていることと、キッチン脇に勝手口があることくらいか。

 むしろ見つからなかった物の方が問題だ。キッチン周辺で見つけられた食材が何かの干し肉と麻袋に詰まった小麦粉らしき粉しか無かったのだ。どちらも量はあるが、それだけでまともな食事ができるかは疑問である。

 石窯があるからパンは焼けるかもしれない。カスミにその知識や経験があれば、の話だが。

 尤も、すべてを自分で作る必要もないはずだ。お店もあるだろうし、外の森で木の実や果物が取れる可能性もある。食事について悩むのはそれを確認してからでも遅くはない。

 そう考えたカスミは小麦粉と干し肉が詰まった木箱をポンと叩き、ひとまずは後回しすることにした。


「で、木の中の部屋ね。ちょっとわくわくするかも」


 期待に胸を膨らませ、家の角を占める赤茶の巨木に差し向かう。

 木自体とは別の木材で作られたドアは他の部屋の物より頑丈そうではあるものの、特に鍵が掛かっているわけでもないらしい。少し力を入れて押す必要はあったが、その程度で難なく中に入ることができた。


「おーっ! まんま木の中って感じ! ……けど、これだけ?」


 果たしてそこは想像通り、木の中に作られた部屋だった。樹幹の中心をくり抜いて作られた、外観以上に広く感じる空間となっている。窓もあり暗くはない。

 壁には階段状に木の板が打ち付けられており、上の階まで続いている。もう一つの木、中央巨木とでも呼ぶべきそれとは逆に、木の内側に作られた螺旋階段だ。

 魔法使いの隠し部屋や妖精の住処といった雰囲気の部屋だが、それでいて他に何があるわけでもない。階段を登った上の階も含め、またしても空き部屋だ。樹洞に作られた素敵な空間であるのに、どうにも残念と言わざるを得ないだろう。


 収穫のないまま仕方なく木の部屋を出ると、カスミは思い切り溜息を付いた。

 一階の間取り自体は面白いが、見るべきものの少なさは肩透かしもいいところである。こうなると中央巨木の向こう側、玄関方面に期待するしかない。


「今度こそ魔法関連の何かがあればいいんだけど」


 赤茶の樹幹を見上げていたカスミは、そんな願いを口にしつつ踵を返しそこを離れた。


 残された家の半分、中央巨木を挟んだ玄関側の広さは当然リビングと同等だ。

 しかし、いざそこに立ってみるとリビングよりもだいぶ狭いことに気付く。

 上の階がある分だけ天井が近く、視覚的にそう感じるのも理由の一つだろう。しかしそれ以上に他に二つの部屋があることが原因だった。トイレと洗面所だ。

 洗面所はお風呂場にも繋がっているため、玄関のスペースは家の半分のそのまた半分程度しかない。

 とはいえ玄関としては充分に広いと言えるだろう。土間部分も石畳で作られていてしっかりとしている印象だ。

 両開きの玄関扉があるのは正面ではなく左手の壁側。家に帰ってきて右を向けば螺旋階段の巨木がそそり立ち、その先には暖炉やテーブル、樹洞部屋などが見える。そんな風景が頭に浮かんだ。


 何にせよ、水回りを確認したことで最低限生活できる設備が揃っているのはわかった。清潔で文化的な生活には欠かせないものだ。

 しかし、そんな生活を送るためには先に解決しないといけない疑問がある。


「水はどこから出てくるんだろ?」


 キッチンもそうだったが、水回りに本来あるはずの蛇口がどこにも見当たらないのだ。

 トイレは水洗式のようなのにタンクが無く、風呂場にも排水溝はあるのに蛇口は一切無い。これでは実際に使うことができないではないか。


 お風呂は最悪、一日や二日なら入らなくてもなんとかなる。問題はトイレだ。これは早急に解決しておきたい。

 カスミはしばし這い蹲るようにトイレの構造を調べてみた。本体は石造りながら便座は木製で、丁寧な設計と清潔感が好印象だ。

 しかし水の通りに関してはどれだけ探しても蛇口どころかパイプすら見当たらない。明らかに機構そのものが無いのである。

 そうなると考えられる使い方は一つ。


「うーん……もしかして水は別に用意するのかな。外から汲んできたり……って、この身体で?」


 思いつきを口にしてみて、自らの言葉に愕然とする。

 共有の水道か川か井戸かは知らないが、いずれにしろ筋力の乏しい幼女が家の外から水の溜まったバケツを抱えて戻ってくるなど困難が極まる。お風呂に入りたいなら何往復するかもわからないというのに。


 カスミはトイレを調べるのを止めると、中央まで戻り螺旋階段の一段目を椅子代わりに腰を下ろした。これからの生活について考えをまとめる時間が欲しくて。

 なるほど、確かにリーセの言う通り文明が発展していない世界なのだろう。今まで見た感じだとインフラ関係は全滅と考えていい。

 水道が無いのはもちろんのこと、電気が無いのも苦労しそうだ。今は陽が高いからいいが、いざ暗くなったときに何を明かりにすべきかカスミは知らない。元は普通の女子高生で、昔ながらの暮らしやサバイバル生活になど興味は無かった。


 そうやって改めて考えてみると、今の状況は非常に危険なことがわかる。まともな生活すら危ういのだ。魔法だ何だと浮かれている場合ではなかった。

 そして何より、これまで家探ししてきて薄々感づいてしまったとある事実が、この不安に拍車をかけている。


「はぁ……多分この家、わたししか住んでないよね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る