04. 最後の日の終わり
「ちょっと待って。わたしが死んだって……何の冗談?」
突然の宣告。霞は怒るか笑い飛ばすかで迷い、どちらもできず真顔で訊き返した。
普段であれば毛ほども本気にしなかっただろう。しかしずっと付きまとっている違和感がそうさせなかったのだ。
≪冗談ではありません。記憶を辿ってみてよくわかりました。カスミが作った妖精という存在、それが原因です≫
「妖精が?」
≪電脳世界は現実と同じ、そうでしたね?≫
「なに、突然? まあ、仮想の地球はそうらしいけど、インターフェイスがあるから全く同じってわけじゃないんじゃないかな」
≪インターフェイスとやらは電脳世界の人間に追加された機能に過ぎないでしょう。土台となる環境が地球の複製であることが問題なのです≫
「地球の複製……うん、言われてみれば複製っていうのは間違ってないかも」
あくまで仮想だとしても本質的には複製と大差ないだろう。ある時点からの地球を寸分違わず模しているのだから。
それは霞にも理解できる。理解できないのはここからだった。
≪しかしカスミが作った妖精が何の偶然か、いえ、何の奇跡か新しい生命として存在を得てしまいました。インターフェイスでの実体化が原因でしょうね≫
「んん? どういうこと?」
≪人類よりも高次の存在が受肉して姿を現すことはありますが、ただの作り物が意図せぬまま実体を得て生命体となった例はありません。それは現実と同じであるはずなのに、現実に存在するはずのない生物が誕生したということになります≫
「現実と同じだけど現実にいるはずないって、矛盾してるような……」
≪ええ、まさに矛盾です。その矛盾を解消するためには電脳世界が現実と別物になるしかありません。それは複製にはあるまじき可能性の開拓。本来在るべき世界とは異なる運命、あるいは宿命や因果とも言い換えられるモノの創出であり、
もし元の電脳世界が少しでも現実と違うのであれば起きなかった現象だとリーセは続ける。ただのよくできた贋物であれば虚構の可能性に過ぎず、矛盾も無かったのだと。
≪しかし、そうして生まれた〝分岐世界〟とでも呼ぶべき世界は存在を許されません。世界創世という御業は神にのみ許された行為。如何に奇跡と言えど、人の身に許されるものではありませんから≫
「ちょ、ちょっと待って! 許されないって、どうなるの?」
≪正しく創世されなかった世界は存在するだけで他の世界へ影響を与えてしまいます。今は誕生した時点で凍結していますが、このまま時を刻むことなく消え去るでしょう。ただしカスミ、あなた自身は事象の起点になったため、すでに魂ごと消滅しています≫
ここでようやく霞が死んだとの発言に繋がった。魂ごと消滅という言葉はよくわからないが何とも物騒ではないか。
霞は額に手を当て、リーセの言葉を吟味しながら口を開いた。
「つまり……ここは死後の世界?」
≪世界の狭間であり結節点です。死後の世界というのもあながち間違いではありませんが≫
「とにかく、わたしが世界を創ったけどその世界はすぐ滅ぶことになってて、わたし自身はもう死んでるってこと?」
≪大筋で間違いはありません≫
「ごめん、実感が沸かない」
そうなのだ。リーセの言葉をすべてそのまま鵜呑みにすれば深刻な事態のはずなのだが、あまりにもスケールが大きい上に常識外れすぎて他人事にしか聞こえなかった。
自分が死んだ、世界を創った、創った世界は消滅。どれ一つ取っても現実感に乏しく漫画や演劇のようにしか思えないが、それが三重奏である。言葉を選んだとしても馬鹿げているとしか言えなかった。
「そうだ、るいちゃんもここにいるの?」
≪いいえ。彼女はその場に居合わせただけで直接的には関与していませんので≫
「それは良かったけど、正直わたしも事故にあっただけのような……」
≪そうでしょうとも。私も同感です。ですから、救済策を用意させていただきました≫
「救済策?」
含みがあるリーセの言葉に素直に食いつく。霞ももはやリーセが電脳世界外に住んでいる普通の人間などとは思っていないが、その立ち位置も目的もわからない以上一つひとつ深意を探っていくしかない。
≪管理外の世界が突然誕生したことで、いくつか他の世界にも影響が及びました。ほとんどはその世界の住人が気が付かないほど取るに足らないものですが、無視できない影響を受けた世界が一つあります。その世界は元々不安定な状態にあったのですが、今回の件が致命傷となり徐々に滅び始めています≫
「なんか、二つも世界を滅ぼしてごめんなさい」
そう言葉にすると、霞は自分が魔王か何かになったように思えた。
一つでも大概だろうに二つも世界を滅ぼすとはなかなか強力な魔王、いや大魔王じゃないか。などと益体もない言葉が頭に浮かび失笑する。
≪しかし今ならまだ間に合います。その影響を受けた世界をカスミが転生して救ってもらいたいのです≫
「はいぃっ!?」
あまりに突拍子のない提案に雑念が一瞬で吹き飛んだ。
世界を救うとはそれこそ演劇の世界だ。それを演劇ですら主役になったことがない霞が担う。笑い話としてはよくできているのではないだろうか。
≪わかりやすく言いますと、世界の管理というのはとても手間がかかるのですよ。保全していくのも、破棄するにしても。なので世界を一つ救う手助けをしてくれるなら功罪を相殺とし、分岐世界の存続が認められます≫
「もしかして、リーセは神様なんですか?」
≪私たちは自身を世界の管理者、あるいは調整者と規定しています。なので厳密には神とは違いますね≫
「何言ってるかわかんないけど、なんかすごいことやってる存在なのはわかったよ。あと、すごくお仕事が大変そう」
リーセは神様ではないかという半ば確信しかけていた推測が否定され、つい子供のような感想を漏らす。正しかけた言葉もまた崩して。
≪ええ、本当に大変なのです。だから手伝っていただけると助かるのですよ。カスミは転生して新しい生を得られる。その世界は滅びから逃れられる。分岐世界は存在が認められる。そして私は仕事が減る。すべてが丸く収まるわけです≫
今までの話に比べてこの話は霞にも理解しやすいものだった。
事故とはいえ多方に迷惑をかけたのだ。ボランティアで片が付くなら悪い話ではないのだろう。ボランティアにしては活動の規模が過ぎるとしても。
「でも現実の地球は? 電脳世界が別の世界に分かれちゃったら人間は生きていけなくなると思うんだけど」
≪そちらは私にもわかりません。しかし元の地球は変わらずに残っているのですから電脳世界も復活するのではないのかと。もちろん、そっくりそのまま同じというわけにはいかないでしょうが≫
さすがのリーセも仕組みに詳しくない電脳世界の行く末には確信がないようだ。それでもその予想は霞としても妥当に思え、なるほどと頷きを返す。
≪復活したとしても、もう二度と同じことが起きないよう世界そのものに干渉してしまうような要素はこちらで対処しておきます。元々電脳世界自体がそれを目的としている節もあるので≫
「うん。いつか地球に戻るために人類の進化とか、世界の可能性の模索とか、電脳世界自体にそういう目的があったはず。授業で習うくらいで誰も気にしてなかったけど」
≪特異な場所です。狙ったわけではなくとも世界を創世するなど。さて、どうしますか? カスミ次第で二つの世界が救われますが≫
「わたしが行かないと、どうなるの?」
≪機会が失われるだけです。無断で生まれた分岐世界は即座に消滅し、しばらく後に救われなかった世界も一つ滅びます。もちろんカスミ、あなたもこのまま消え去るでしょう≫
「わかった。行くよ。それしか無いみたいだし」
≪良かった。そうしていただけると私も助かります≫
結論はほとんど悩まない内に出た。実際、選択肢は無いに等しい。
霞が何もしなければ生まれてから過ごしてきた場所が消滅するのだ。家族や瑠依菜たち友人を巻き込んで。世界の管理とやらはともかく、それだけは嫌だった。
目を閉じてみれば瞼の裏にいろいろな顔が浮かんでは消えていく。家族の顔も、親しい人の顔も、ただの知人程度の顔も、無秩序に。
誰も彼も見殺しになどできるわけがない。方法が無いならいざ知らず、救える方法が提示されているのだから。
そうは言っても、そのためならば何でもできるというわけではない。できることとできないことは当然ある。
「期待してくれてるところ悪いけど、わたしはただの一般人だってこと忘れてないよね? 世界創世だなんだっていうのも本当にただの偶然なんだから。世界を救うなんて大それた事ができる気はしないんだけど」
≪あまり深刻に考えなくても大丈夫ですよ。そもそも世界というのは無数の構成要素がバランスを取ることで存在しているのですが、その世界は先ほども少し触れた通り安定しておらず、常に生態系や環境に様々な問題を抱えています。それさえ無ければ世界創造の影響があったとしても崩壊まではしないはずなので……≫
「その、不安定になってるのをなんとかしろってこと?」
≪その通りです。と言っても、完全にすべての問題を取り除けという話ではありません。少しでも現状より上向きになれば良いのです。今のその世界はヒビの入ったガラス玉のようなもので、遠くから修理するには慎重を期しても限度があります。しかしカスミが直接触れて補修をしてくれれば、外からでも管理できるようになっていくでしょう≫
「なるほど……世界を救えだなんて言うからどんな大変なことさせられるのかと思ってたけど、直接救うっていうよりお手伝いって感じでいいのかな」
≪その認識で良いかと。猶予がどれほど残っているかは不明ですが、すぐに世界が崩壊するということはないはずです。その間にカスミは少しでも安定化に力を貸してください。ああ、もちろん分岐世界の凍結は協力をしていただける段階で解除いたします。つまり転生と同時にですね≫
説明を受けて霞の気持ちも幾分か楽になった。完全に無理難題を振られているわけでもないようだし、失敗したとしても今までいた世界が失くなるということはなさそうだ。
自分を指してあまり良い言い方ではないが、放っておいたら死んでしまう罪人をダメ元で再利用しようということなのだろう。
「それで、その転生先の世界はどういうところなの? いろいろ問題があるのはわかったけど」
≪基本的には地球がある世界と構成の基礎が同じなので似通った要素が多くあります。もちろん大きく違う部分もありますが、世界という括りで比べた場合は双子と言えるくらいに似ていますね。そのせいで分岐世界の影響も強く受けてしまいましたが≫
「地球がある世界? 地球は世界じゃないの?」
≪地球はあくまで惑星の呼び名の一つですから。私たちの言う〝世界〟は地球を含む宇宙よりもさらに外側の、全体の器を指します≫
「ふーん。あれ? じゃあ世界を救うっていうのは宇宙ごとなんとかしないといけない?」
≪そうではありません。今回に関しては人類の生存圏を確保できれば、最低限世界は成り立つようになるでしょう。逆に言えば今はその最低限すら難しいという意味でもありますが。なにせ争いが多く生存に適した土地も少ないため文明が足踏みを続けており、その上人類には強力な敵対者が存在しているという世界ですので≫
「待って待って! 危険すぎない!?」
さすが滅びに向かっている世界だ。楽観視できる要素が一つもない。
浴びせかけるような不安要素の数々に早くも転生を後悔しかけた霞だったが、しかしリーセの次の言葉に一転して歓喜することになる。
≪ええ、危険です。カスミの世界では架空とされている危険な生物や魔法が存在していますし≫
「まほうっ!?」
魔法。それは人類が追い求めてやまない神秘である。コスプレを趣味としている霞も〝もし魔法が使えたら〟という妄想をした経験は一度や二度ではない。
そんな魔法が実際に存在すると聞いては居ても立っても居られなかった。
≪簡単な魔法なら日常的に使われているようですよ。火を点けたり物を動かしたりと便利である反面、文明の発展を阻害する原因の一つにもなっています。それほどに高い潜在力が魔法にあるということでしょうが≫
「わたしも使えるようになる!?」
≪ええ、もちろん≫
「ありがとう! 魔法が使えるならだいたいのことは許せるっ!」
霞は思わず諸手を挙げて喜んだ。不安になる話もあったが、第二の人生に魔法という彩りが加えられたのはそれを補って余りある。いくら使命があるからと言って、粛々とそのためだけに生きる人生はいくらなんでも遠慮したかった。
≪よくわかりませんが、カスミが喜んでくれるなら私としても嬉しく思います。他にも伝えたいことや説明したいことはたくさんあるのですが、その世界の神でもない私は権限も少なくそうもいきません。魔法に関しても実際に転生してから自身で学んでいってください。生まれ変わった先で手を貸すことまではできませんが、せめて生存率が高い転生先となるよう便宜を図っておきますので≫
「うん。できるだけ早く魔法を使えるようになるよ。ありがと、リーセ」
≪こちらこそ、ありがとうカスミ。よほどのことがない限りもうお話できる機会が無さそうなのが残念です。カスミがまた転生する時くらいでしょうか≫
「やめてよ、転生前に縁起でもない」
≪ふふふ。それもそうですね。では、そろそろ気持ちの準備はできましたか?≫
最後の確認を受け、霞は拳を握り目を瞑った。
不安はある。むしろ気持ちのほとんどが不安だ。
それでも行かなければならない。世界のためなどという高尚な目的よりも、家族と友人のため、そしてもちろん自分のために。
霞はゆっくり眼を開けると、深く頷いてみせた。
「うん。がんばる」
≪では、カスミの新たな人生に幸多からんことを≫
リーセの祝福が聞こえると、途端に目の前が明るくなった。
光の渦のようにまた何か出現したのかとも思ったがそうではない。自分の身体が光っているのだ。力強くも暖かい虹色の光が自分を包んでいる。
光は徐々に強くなっているようで、それにつれて意識がどんどんと薄れていくのを感じる。
きっとこのまま意識が途切れたら転生するのだろう。霞はそう納得すると流されるままに身を任せ、意識を手放していった。
≪仕方がないとはいえ騙すような形になってしまったこと、許してください。カスミ≫
薄れゆく意識のどこかでそんな言葉が聞こえた気がしたが、霞の記憶に残ることはなかった。
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