第12話 天使

あなたは天使を見たことがあるだろうか?


昨日、あなたの頭上を楽しそうに飛んでいたわよ 

(私は常にやましくて足もとを見つめて歩いているので、電信柱に額をひどくぶつけた瞬間に君は居合わせてたよね)

いや、前方から神々しい笑みを振りまきながら道を歩いて来る美少女が来ると思ったら君だったなどと寝ぼけたことを言い放ち「ここはありがとうと微笑んでおいた方がいいのかしら」などと相手を困惑させるのはぜひ避けたい


人によっては天使は実態を持たない霊的な存在と言われていたり、人の姿を借りて現れると言われているが、一度はその神々しい姿を見てみたいと誰でも願う存在だろう

でも、まあ、教会でパトラッシュと一緒に行き倒れている頭上に現れても嬉しくないことは確かだ


そんなある日、その日は土砂降りの雨で、小雨くらいでは傘を差さない私でも某高級福井洋傘を片手に、鉛色の曇天のしたを歩いていた時のこと

私の脇をふらふらと自転車に乗った少女がすり抜けていくと、律儀に信号を守って停まった

少女の茶色の毛のコートには降り注ぐ雨粒が次々と染み込み、黒々と色を変えていくのが見えた

私が少しして信号で停まっている少女の少し後ろに立つと、少女がうつむきながら眼鏡に付いた雨粒を拭っているのが見えた

「雨の下で眼鏡を拭っても無駄だぜ」と思いつつ傘をこっそり後からさして「早やく拭うがよいぞ」などと考えながら、少女の肩越しに眼鏡を注視していると、不意に気付いた少女がふり返ると「あ、あれ? ありがとうございます。嬉しい 天使です、天使に見えます 家がそこなんですけど、もうすごく天使に」などと大きな眼を見開いた

しきりに、礼を言う少女と信号をゆっくりと渡り終え、短い天使との邂逅を終えた


車に戻って天使はどんな姿をしているのかとルームミラーを見るといつも通りの尖った黒いしっぽの生えていそうな自分がいた

なんだよ、姿を借りるって俺かよ・・・


あの傘、あげれば良かったと車に乗ってから気付いた

何しろ高級な傘だから、長持ちしてもう飽きていたから

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辞世録 三鬼陽之助 @ruby13

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