第20話 白い死神④

 <エンフィールド>を襲っていた部隊に続き、随伴艦のダガー級巡洋艦1隻を失ったサリッサ級巡洋艦<パイク>艦長のポール・アグリは窮地に立たされていた。


「馬鹿な! 何故だ!? ついさっきまでは順調だったのに! どうしてこんな事になった!?」


 引きつった表情でモニターを見ると、そこには戦況を逆転させた4機が表示されている。すると、最初は恨めしい表情をしていたポールの顔がみるみる青ざめていく。

 彼にはその4機に見覚えがあった。モルジブ戦役において、自軍を追い詰めた悪魔の4機。

 その中でも一際ひときわ狂気を放つ純白の死神が、深紅の瞳を光らせながら迫って来る光景が映っているのだ。

 あの時は、味方が襲われている様子を対岸の火事のような感覚で見ていた。それでもいつか自分達にも飛び火するのではないかという恐怖心が植え付けられたのだ。

 そして今、死神の鎌は直接自分達に向けられ、迫りくる〝死〟の恐怖が開花した。


「落とせ! 何が何でもあの白い奴を落とすんだ! 全オービタルトルーパーを回せ!!」


「ですが、そんな事をすればダガー級を撃沈した3機とコロニー内に留めた敵部隊が自由になります! そんな事になったら……」


 オペレーターが言いよどむと、そこでポールはハッと我に返るのであった。そして、出世欲にとらわれ冷静な判断を欠いた自分を後悔する。

 「最初から敵艦に対し全力で撃沈しようとしていれば、こんな事態にはならなかったかもしれない」そんな思いがポールの胸中を埋め尽くしていたが、時を巻き戻す事など出来るはずもなく、この瞬間も白い死神は『地球軍』のオービタルトルーパーを1機ずつ確実に仕留めていくのであった。




 <エンフィールド>を襲撃していた6機を撃墜した後、ユウは敵勢力殲滅のために付近の機体を片っ端に破壊していた。 

 数で勝る敵部隊をものともせず、機体及びパイロットを確実に仕留めていく。その無慈悲な戦いぶりに、今しがた実戦を体験したばかりの<エンフィールド>クルー達は戦慄を覚えていた。


「すごい……既に<カトラス>を10機以上撃墜、自機への被弾0。それどころか、シールドも使わず全部回避してます」


 オービタルトルーパー隊オペレーター担当のメイは未だに信じられないという表情をしていた。

 つい先ほどまでは敵部隊に苦戦させられ窮地に追い込まれていたのに、今では状況が一変し敵を一方的に攻め続けている。

 たった4機の機体が参入しただけで戦況が一気に変わってしまったのだ。戦場の恐ろしさを彼らは初陣で十分に体感していたのである。


「さすが、噂に違わぬ暴れっぷりですな」


 『アンデッド小隊』の戦いぶりに感心するアルバスの横で艦長のアリアもまた、戦況の変化に驚いていた。


「こんなに……オービタルトルーパー数機の介入でこんなにも戦況が変わるものなのですか? だとしたら、戦場において戦艦の必要性ってあるのでしょうか?」


 初陣で思ったような戦果を上げられなかったと感じていたアリアは自身を失いかけていた。

 うつむく彼女を少し見て、すぐに戦況を映すメインモニターに視線を戻しながらアルバスは語る。


「戦艦でオービタルトルーパーを相手取るのは、人が素手で鳥と戦うのに等しいと言われた事があります。そう考えれば戦艦単体で出来る事は限られるように思えますな」


 アルバスの見解を聞き、アリアだけではなくブリッジクルー全員の表情が暗くなる。


「……ですが、鳥は夜目が利かない。宇宙という暗闇の中では、鳥だけでは目標に辿り着けず途中で息絶えてしまうかもしれない。そんな時に道しるべになる存在が必要になるのですよ」


「それが〝人〟である戦艦の役目という事ですか?」


「そうですな……それに、この艦はまだ生まれたばかりの赤子のようなものです。今後成長していけば出来る事もおのずと増えるでしょう。何はともあれ、皆さんの頑張り次第という事ですな。その努力で今回の戦闘では、やっとハイハイが出来るようになったという感じですかな?」


 そう言うとアルバスは戦闘時に見せた笑みを再び見せる。それを見て、アリアはこの老兵が自分達の成長に対して見せたものだと感じた。


「だから先程、本艦が直撃を受ける時に微笑んでいたのですね」


「え? あー、あれですか? 見られていたとはお恥ずかしい」


 アルバスは少しわざとらしく照れている様を見せる。


「いやー、あの時艦の激しい揺れと共に艦長の豊かな双丘も激しく揺れていたので、つい見惚れてしまいました。どうやらその時に笑みがこぼれてしまったようですな、はははははは」


「…………副長、あなた、最低です」


「ところで艦長、副長! 私達は援護しなくていいんですか? 彼らだけに戦闘をまかせるのは……」


 ルーシーがオービタルトルーパー隊の援護を進言すると、アルバスはにこやかな表情を崩さず返答する。


「援護はいらないでしょう。かえって彼らの戦闘の邪魔になりますから。今は、百戦錬磨の『アンデッド小隊』の戦いをしっかり目に焼き付けて、今後の戦闘に生かせるようにするのが賢明でしょうな」


「それは我々が足手まといになるという事ですか?」


「そういう事になりますな。この艦のクルーと彼らでは、経験した修羅場の数が違いすぎます。彼らは常に『地球軍』との戦いの最前線に身を置いてきた者達です。今は彼らから、戦争とはどういうものなのかを学ぶ時なのですよ」


 モニターに映る『アンデッド小隊』の戦闘を見ながら真剣な表情になるアルバスを見て、彼の意図を理解するブリッジクルー達。その視線の先には、今まで自分達が知り得なかった戦争の狂気が映し出されていた。


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