不安

事後。


約束を果たすことができ、女になった私を彼は優しく抱きしめた。

暖かいような、冷たいような体温だった。

この、「女になった」の表現…。言い換えるとすれば、「綺麗な身体を失った」なのか、「大人になった」なのか。

少し残る痛みと緊張、未だ強ばっている肩。そして何故かとてつもなく冷えきっている私の身体。それを茶化すHだが、頭を撫でてくれた。彼は私が気絶してしまったことに対して酷く落ち込んでいるが、体調は既に回復していた。背中を伝う汗、部屋を充満する独特な匂いは今後慣れる気がしない。


…もし、その「今後」があるとすれば相手は彼だろうか。彼に心を許せる人が出来たとして、それが私じゃなかったら?

逆のパターン。私にその「心を許せる人」が出来た時、その人は彼なのだろうか?

お互いが違う人に心を許した時、私達は…?


私達?


私達ってなんだろう。


何?どうするの、何、怖い、死にたい怖い怖いわからない分からない分からない分からない分からない分からない死にたい死にたい分からない分からない分からない怖い分からない分からない。


「友達だよ」


えっ。まさか、声に出ていたのか。彼は、Hは、私の好きな人であり、初体験の相手であり、友達だ。そう、友達なのだ。


再認識したあと、Hはこう訂正した。


「あ、ちょっと違うね。」

「俺らセフレ兼、友達になったんだよ。」


「あ、なるほど…??」


この時の私はどうかしていた。納得してしまった。告るなら早く言ってしまえばよかったな…と。


これは逃げ道。「セフレ兼、友達」という、Nや彼の高校の女友達より上にいるという優越感。彼の友達を、彼を好きでいることを辞めなくていいという保証。それから汚れてしまったこの関係を隠さなければいけないという自覚。他のセフレと呼ばれる世間一般的な関係(決して一般的では無い)とは違うという言い訳。お互いの恐怖心から生まれた最大の逃げ道、「友達」。

口外しないこと、この関係を続けること、彼氏彼女が出来たと同時にこの関係を卒業することを約束。指切りをし、彼の家を後にした。




家まで送ってくれた彼に手を振り、キスをしたこと、約束を果たしたこと、色々なことを思い出し、顔を火照らせてしまった。そのまま家に入る。痛くなってきたお腹をさすり、手を洗う。鞄を置き、リビングに行く前にトイレに行った。

家に帰ると少し気を張らなくてはならない。態度、話し方に出る変化を隠しつつ、生活を送る。


そう、私は「解離性同一性障害」だ。


今わかっている上で、私の中には2人。私と、もうひとり。私は比較的大人しい性格だが、もう1人は明るく、よく笑う。仲のいい友達の前は、彼女に任せることにしている。

正反対のおかげで苦労することもあるが、それを利用して何とか学校もバイトも上手くやっていける。

今は二重人格と呼ばれるものだが、増えたらどうなるのだろうか。


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

得体の知れない不安に襲われる。相談できる人も居ない。病院にも行く気がしない。

隠せ隠せ隠せ隠せ隠せ隠せ隠せ隠せ隠せ隠せ隠せ隠せ隠せ嫌われる虐められる怖い怖い、怖い怖い怖い怖い…。


「…っ!」


パニックになる前に洗面台へ行き、引きつった顔を嘲笑い、必死に笑顔を作る。今日のことを思い出して落ち着く。流石に恐怖より、恥ずかしいが勝ってしまうので落ち着けてしまった。



リビングへ向かい、

「ただいま」

「今日の夜ご飯は?」と聞く。


「おかえり、遅かったねー。肉じゃがだよー」と母。


Hと遊んでいたことを伝えると安心した顔で微笑んでくれた。申し訳なかった。


ごめんなさい。心の中で謝る。


そして、肉じゃがは好物。今日は運動をしたので沢山食べれそうだ。

久しぶりにバイトもなく、落ち着いて、家でゆっくりできる。



…今日「は」幸せだな。

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