「見えない戦場」

「工藤君、ちょっとこっちへ来なさい」


 ガタン、と後方で木製の音がした。野球部の男子がテスト終わりに監督の先生に呼び出しをくらった。

 皆何でかわからない、気になる、だけど無関心を装って(いや、本当に無関心なのかもしれないけれど)騒がしく帰り支度を始める。

 テスト終わりの開放感に勝るものはないと言っても過言じゃないくらい、沈黙の崩壊はさっぱりする。僕の場合、テストも出来の良し悪しに関わらず。

 テストは嫌なものっていう一般常識があるけれど、テストのメリットといえばやっぱり、早く帰れることだと思う。

 夕方までかかる模試は別として、定期テストなんかはお昼前後に終わるから最高だ、と個人的には感じている。

 そんなことをボサッと考えていたら彼が釈放されてきた。

 廊下で大っぴらに怒られていたため聞こえてきていたが、どうやらテスト時間寝ていたらしい。僕の場合、最前列だから教卓の影に隠れているけれど、彼の場合は丸見えだったと推測できる。気の毒に。僕もちょっと寝てたから、心底かわいそうに思った……反面、安堵して、ラッキーとも思った。


「受験生が今の時期、終わったからって寝ててもいいの!?」


 先生はさっき叫び気味に怒っていたっけ。「受験生」という区別用語に引っかかる。実感するしないの問題じゃなくて、何となく、「だからなんですか」って言いたくなるのが僕自身不思議なんだけれど。

 僕らは受験戦争真っ只中。でも、現実問題武器も戦場も見えないまま戦っている。テスト一つ一つを大切にしろと言われても、テストはテストで、この2年間やってきた代物と何ら変わらない。今日も本当は休むべきじゃないんだけれど、やはり気は緩む。

 夜が明けたら、僕らは見えないと敵と明日からまた戦う、らしい。

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