「夕方」

(あ、しまった)


 そう、教室にはもう一人いたのだった。


 僕はトイレに用があって廊下を戻っていた。進む中で、教室の出入り口から友達が見えた。だから気軽に手を上げたんだが、もう一歩を踏んだ時、僕は激しく後悔した。

 教室に、女子が一人いた。


(あ、げっ……)


 挙げてしまった手が哀しい。というか恥ずかしい。何食わぬ顔を装って教室を通り過ぎたが、顔から火が出そうというか、あれだアレ。数時間経って「うわあああーーー!」ってなる奴。そして数日経ってまた芋づる式に出てくるんだ。もっと言うなら数週間経ってまた悶絶する羽目になる可能性がある。

 ああ、やってしまった。教室内の二人のぽけっとした表情が思い浮かぶ。僕はとんだKY野郎かど天然か変な奴に思われただろう。


 生憎忘れ物も取りに来ていたのでトイレ帰りに教室に入る。しかも友人と女子は僕の席の後ろ二席に座っているというオチだった。


(まぁ、僕は忘れ物を取りに来ただけだし……)


 精一杯自分に言い訳をして机の中を探る。


(あった)


 鞄には入れず早々に撤退するとしよう。このノートは、玄関ででも入れればいい。

 友人とは言ってもつい最近話すようになった子だから尚更気まずかったんだ。そんな、手を挙げて挨拶する仲じゃないのにと思われていたらと思うと……やっぱりわああってなった。

 これ以上のお邪魔虫にならないように無言で退散した。

 唯一の救いは「そういう雰囲気」じゃなかったことか。いっそそういう感じだったら僕でも気づいたろうが、教室の空気はいたって静かで真剣で冷たいものだったから、つい残って勉強してるものだと思って……以後気を付けることにしよう。


 というかあの二人、そんな仲だったなんて知らなかったぞ。中学生の時、クラス全員が知っていた恋物語を一人だけ知らなかった、なんてエピソードを持つ僕だからなんら不思議はないが。

 己の情報の疎さと無関心さを再確認した放課後四時四十六分だった。

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