②つかの間の休息
上京して仕事を初めて2週間が過ぎた。
僕は焦っていた。
・・・ろくに仕事をしていないからだ。
3人兄弟の真ん中で空気を読むことを得意技としていた僕には、問題点がとうに分かっていた。
指導係がいないことだ。
正確には ”それ” は ”いる” のだが、鼻をホジっているかインターネットをしているかだった。最初はコミュニケーションを図ろうと質問をしたり、教えを乞いたいとお願いしていたが『俺もよく分からん』や『とくになし』との返事を真顔で返してくるため、笑いを堪えられず止めてしまった。
だから、ミーティングだけ参加し、あとは先輩が全員帰るまで自席で”何かしてる感”を出すという行為に勤しんでいた。
とある日曜日、朝からスーパーに向かいウィスキーとツマミを買い込んで1人パーティを開催した。パソコンでお笑いのDVDを再生し、忍道(しのびどう)というステルスゲームをちょっとやって、酒をのむ。
ツマミを口に放り込み、また酒をのむ。
それを繰り返しているうち、どこか息苦しさを感じてカーテンと窓を開けた。
すると、心地いい春の風が ふわっ と舞い込んできた。
同時に前の公園から楽しそうな親子の笑い声が聞こえてきた。
僕は気付いたら泣いていた。
止めようとすればするほど湧き出てくるので、あきらめた。
「おれ、なにやってんだろう。」
毎日、専門用語だらけでわけの分からないミーティングでは黙り続け、皆が帰った後に静かに戸締まりをするだけの生活は、透明人間にでもなったかのようだった。
ひとしきり泣いた後、ふと外を見ると綺麗な青空が広がっていた。
本当に気持ちいい、ジョギングでもしようか。 自然とそう思った。
慌ただしくスニーカーを履き、玄関を開けてコンクリートを力強く踏みつける。
風を切って走ると、それにあわせて呼吸が激しくなる。
心臓も激しく脈を打つ。
完全に涙も乾いたので、徐々にスピードを落としてゆっくりと歩く。
『あぁ、この道に出るんだ。』
なんてことない日常が透明人間に実体を取り戻していく。
青空はすっかり真っ赤に染まり、お腹が鳴った。
夕食を適当に済ませて、アパートへと帰る。
シャワーを浴びて、お気に入りのジャズを聞いていると眠くなってきた。
『明日も仕事だし、少し早いけどもう寝ようかな』
この日は、いつもより布団を綺麗に敷けた気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます