第163話 雪音の家庭教師。
早苗実業大学2回生の千葉さな子には、6歳下…今年中学3年の菊という妹がいる。さな子は剣道のスポーツ推薦で早苗実業学校高等部に入学したが、
菊には姉程の剣道の才能はなく、純粋な一般受験で早苗実業学校高等部を
目指していた。早苗実業学校を第一志望にしたのは、そもそもシスコン気味で
姉に憧れていた事、その姉から早苗実業学校の素晴らしさを良く聞いていた事、
時々遊びに来る如月姉妹に優しくして貰った事が大きかった。
特に雪音が時折持ってくる手作りお菓子の形や味の見事な事!
こんなに素晴らしい料理の出来る、かわいい先輩の居る学校に私も通いたい!
ただ純粋にそう思ったのである。
妹の高校受験成功を願っていたさな子は、2024年の秋口から、雪音に菊の家庭教師をお願いしていた。優しい雪音は二つ返事でそれに応じ、週に2日、
毎週末に千葉家で菊を教えていた。今日はそんな雪音の家庭教師ぶりを見てみよう。
「菊ちゃん、今日は菊ちゃんの苦手な国語の表現技法の基礎を覚えましょう。
普通に高校入試で問われる内容なので、知っておいた方が良いと思います」
「はい!雪音姉様!」
菊は真剣な眼差しで雪音を見つめている。菊はどちらかと言えば理数系が得意で、
暗記科目である英語、それと文章から類推して回答する必要のある
国語が苦手だった。早苗実業学校高等部の受験科目は、英語、数学、国語の
3科目だから、受験に備えて国語力の強化は必須だと言える。
「国語の代表的な表現方法には、次の5つがあります。①反復法、②倒置法、
③比喩法、④反語法、⑤省略法…この5つですね」
「は…はい」
菊は真剣ではあるが、こういう暗記はあまり得意ではない。
「単純にこう言ってしまうと、何だか凄く難しい表現に聞こえると思うので、
今日は菊ちゃんの好きな、ジブリのアニメ…天空の城ラピュタに出て来る
表現を使ってみたいと思います。
これに当てはめて考えれば、どんな設問にも大体答えられます」
雪音の教え方の特徴は、身の回りにある身近なものに例えて、
物事を軽く、簡潔にする事であった。大抵の教科書というものは、
頭の固い老人が作っているから、それを習う世代の生徒がその文章を読んで
どう感じるかなど考えていない。確かに必要最低限の事は記載されているが、
それ以上でもそれ以下でもない。読み手の感情を意識しない書物というのは、
つまらない。勉強嫌いになる生徒が出る理由のひとつは、
教科書を作る側の文学的才能の欠如である。
「では、天空の城ラピュタの悪の主人公であるムスカ大佐のセリフで、
私が言ってみますね。
まずは①の反復法、これは同じ言葉を繰り返して言葉の意味を強調する…。
ムスカ大佐のセリフにも出てきます。
【読める!読めるぞ~~~~!】…これですね」
おどけた表情で菊に説明する雪音…思わず雪音は吹きだした。
「お次は②倒置法です。これは先に結論を述べ、後でその主題を提示する方法。
ムスカ大佐のセリフだと、【見せてあげよう。ラピュタの雷(いかづち)を!】
これですね。英語の語順と同じですが、日本語は英語に比べて語順を
自由に変える事が可能です。」
菊は眼を丸くしている。
「次は比喩法。これはある事象を別のものに置き換えて表現する事です。
ムスカ大佐のセリフだとこうですね。【見ろ!人がゴミのようだ!】」
雪音の例えはいつも実に的確である。なるほど、単純に漢字2文字で覚えるより、
遥かに意味の根本がつかめる。菊はその表現のうまさに感心した。
「次は反語法…。これは表現の中に~しない訳がない~という様な意味を持たせる
表現です。最後が疑問文になります。ムスカ大佐のセリフだと、
【最高のショーだと思わんかね?】(いや思わないわけがない)」になりますね。
菊にとってはとても新鮮である。通っている学校の先生の教え方とまるで違う。
「最後は省略法。これはムスカ大佐のこのセリフです!」
そういうと雪音はいきなり両の手のひらで自分の両目を押さえ、
「目が!目がぁぁ~~~~!」とかわいく演技してみせた。
これには菊も思わず吹き出してしまった。
確かにこの方法だと、普通に「目が見えない!」というより、より強烈に登場人物の感情が伝わる。文章というものは何でも細かく書けば良いというものでは
ない。適度な省略によって、より良く伝わる表現というものもあるのだ。
雪音の授業は万事においてこんな感じである。雪音は菊にこう言った。
「受験勉強は大きく分けると3つの要素でなりたっています。
ひとつは基礎のしっかりとした理解。物事の名前を知っている事と、
それを理解している事は全然意味が違います。
次は練習と暗記です。数学の四則演算、微分積分、因数分解等は、
理解しているだけでは駄目で、常に正確に、素早く出来る様、練習が必要です。
英語や国語は、多くの語彙を知っていなければそもそも理解出来ません。
その語彙も見た瞬間、聞いた瞬間に意味がわかる様になる必要があります。
考えなくても自然に出て来るくらいの練習が必要です。
最後は応用問題です。
難しく見える試験問題は、単純な基礎を複数組合わせる事で成り立っています。
この様な問題を解く為には、まず問題文を落ち着いて読み、
問いの内容をきちんと理解する国語力が必要です。そうして問題を
出来るだけ単純な基本に分解して行きます。これも練習によって身に付きます。
そうしてこれらの理解や練習は出来る限り楽しくやるのです。
楽器の練習の様に、楽しくやる。そして好きになる。
これが出来るか出来ないかで、成果に大きな差が付きます。
好きこそものの上手なれ。一緒にそれを目指しましょう!」
雪音の普段の授業は理解の充実を図るのが第一、練習は菊に良質な問題集の範囲を
指定し、期日までにそれをやり遂げる様に指示してくる。問題集は一旦終了しても、同じ本を何周もする様にして、忘れず、記憶に定着させる事を重視していた。
勉強はギターを弾くのと同じ。楽しく何回も練習し、繰り返す事で技量を上げ、
より難しく複雑な演奏を出来る様にする。
それを達成できた時の喜びを感じられる様に…であった。
この雪音の授業により、中学3年の夏頃まで伸び悩んでいた菊の学力は
秋口にかけて急速に伸び、2月中旬の早苗実業学校受験の頃には、
合格が狙えるレベルに達していた。
試験当日はさな子と如月姉妹が付き添った。そうして合格発表の日、
発表時間の午後1時に菊はさな子と一緒に立ち上げたPCの画面に
受験番号と暗号キーを入力した。
【千葉 菊様。おめでとうございます。あなたは2025年度、早苗実業学校高等部、
入学試験に見事合格されました】
画面を見た菊は喜びを爆発させた。【やった!おねえちゃん!私、やったよ!】
菊の心からの笑顔を見たさな子は、菊を抱きしめながら、
無償で家庭教師を引き受けてくれた雪音に、ただ、ただ、感謝するのだった…。
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