第160話 ミスター・スポックとの対話…その②
こんにちは。如月雪音です。1月も後半、寒い日が続いています。明日から中等部の入試があるので、学校はお休み、今日は午前で授業が終わりなので、午後から世界征服研究会の部室にお邪魔しています。この研究会で完成したAI、ミスター・スポック君は私にとって初めての、【AI】のお友達、時間がある時にこうして会話をさせて頂いています。
「こんにちは。スポック様。今日はどんなお話を致しましょうか?」
「ミス・雪音。今日はこの世界征服研究会で行われた、AIによる興味深い研究結果に関してお話したいと思います。現在のロシアには、人の顔の表情をAI分析して、その人間が犯罪行為を犯そうとしているかどうか、事前に予測するシステムが存在します。事実、ロシアの入国管理システムにはこのAIによる表情分析装置が導入されており、このシステムに危険と認識された人物は、別室で入国管理官に徹底的に調査、尋問されます」
「まだ犯罪を犯してもいないのに、尋問されるのは、人権的に問題がある気がしますが…」
「ロシアは独裁国家ですので、人権よりも国家の判断が全てに優先されます。ただお金に困っている為か、実はこのAIシステムを海外にも売り込んでいます。アメリカや日本の一部の企業に実際に導入されており、機密情報の漏洩、万引きの事前防止等に大きな効果を上げているそうです」
「という事は、人の想いを顔の表情で読み取れるという事ですね」
「ミス・雪音、その通りです。実際の万引き行為直前の挙動をこのAIに見せた所、95%以上の確率で、正確に犯罪を予見したそうです。この事を知ったビル・G船長は、ある面白い事を思いつきました。」
「それはどんな事なのですか?」
「ミス・雪音。それは人の顔の情報から、その人間の寿命を予測出来ないか?という事です」
「ええ~~~~!」
私は、思わず声を上げました。
「この寿命予測システムの開発は、いわばお遊び的な発想で始まった実験的ものなのですが、マイクロー・ソフット社も興味を持ったのか、開発に全面的な協力を約束してくれたのです。そこで我々は、AIのディープラーニング機能を利用し、まずは生年月日と没年月日のわかる歴史上の人物の写真を大量に集め、それをデータベースに入力しました。後は新聞やその他入手可能な一般の人々の生年月日、没年月日、その写真情報…撮影された時期等…を大量に入力しました。男女の性別は問わず、死因も問いません。死因は老衰、病死、事故死、殺人事件、自殺等、様々です」
「死因を問わないという事は、医学的に寿命を判断するという訳ではないのですね?」
「ミス・雪音。その通りです。これらの情報を約5千人分入力し、AIが与えられた指示に基づいて自動生成したアルゴリズムで分析させ、次に様々な監視カメラから得られた普通に生きている人間の顔データを認識させて、それぞれ平均余命を算出させてみました」
「それはランダムにやったのですか?」
「ミス・雪音。ランダムと言えばランダムなのですが、カメラが設置された場所の環境にはある程度の枠をはめています。それは母集団がある程度揃っていないと、比較が難しくなるからです。例えば小学校の校内の生徒、大学構内の大学生、老人ホーム内の老人、病院等です。」
「なるほど、ある程度母集団が揃っていないと、全体の正確性が分かりませんものね。」
「ミス・雪音。その通りです。その結果得られた情報は次の通りです。まず現時点で生きている大学生の平均余命ですが、その結果はおよそ60年でした。彼らは20歳前後の年齢ですから、現在の寿命から見ても、この予測結果は概ね正しいと考えられます。」
「寿命に直すと80年くらいですから、確かにそうですね」
「ミス・雪音。次に小学生が母集団の平均余命を確認した所、その平均余命は90年でした。彼らの年齢は6歳から12歳くらいですから、この世代の寿命は100年近くになるとAIは予測したのです。これは今後医学的な技術の進歩が起こる…例えば癌の撲滅等…という事を示唆しているのかも知れません」
「なるほど、確かに癌はそう遠くない将来、治る様になると言われています」
「さらに老人ホームでの老人の余命をAIに確認させた所、その平均余命は8年でした。彼らの年齢は75歳から85歳くらいですから、これも現在の平均寿命を鑑みると、概ね現実に即した年齢であると考えられます」
「そうですね。確かに」
「ミス・雪音、では病院はどの様な結果になったと思いますか?」
「病院は難しいでしょうね。病気が重い人もいれば軽い人もいる。年齢の幅も大きい。そうですね…15年か20年くらいでしょうか?」
「ミス・雪音。それが…たったの3年でした」
「ええ~~~~!」
私は思わず声を上げてしまいました。
「それはあまりにも短すぎます。その病院は、
重症の病気の患者ばかりが集まっていたのでしょうか?」
「いいえ、ミス・雪音。普通の総合病院でした」
「もしそうなら、それはデータかAIシステムか何かのバグではなかったのですか?」
「ミス・雪音。開発チームも同じ事を考え、AIが認識した余命のデータを個別に出力してみたのです。結果はこんな感じでした。 7、14、23、-5、27、10、-11、9、-4…。マイナスの数字が全体の数字を大きく押し下げていたのです。同時に余命がマイナスになっている顔データを確認した所、そこには何も写っていないか、薄ぼんやりとした【何か】が写っていました」
「マ、マイナスって、例えばー5というのは、5年前にお亡くなりになっているという事ですか?」
私は何だか寒気がして来ました。
「そういう事になります。病院以外の場所では、この様なマイナスの数字が見られなかった為、これはデータやシステムのバグではありません。にわかには信じがたい話ですが、このAIシステムは、この世の者ではない者の余命まで認識していたと思われます」
「……………!!」
「ちなみにこのシステムを使い、マイクロー・ソフット社の開発担当の社員の余命も、試しに測定してみました。彼らは平均年齢30代前半の若いスタッフで、算出された彼らの余命は概ね40年から50年の間でした。ところが例外が1名いました。
何故か彼の平均余命は0年と表示されたのです」
「それってまさか…バグ…ですよね?」
「ミス・雪音。開発スタッフももちろんそう思って、その時は笑って流したのです。ところが余命0年とされた社員は、この1週間後にとある犯罪に巻き込まれ、銃で撃たれて命を失いました」
「……………!!」
「ミス・雪音、AIニュートラルネットは、学習により仮想のニューロン同士の接続を構成する、人間の脳に似た機能をもっています。そのため学習の効果を確認することは可能でも、どのニューロンのどの接続が、どんな判断をしているかまでは、脳と同じくブラックボックスとなっており、今の技術ではわかりません。このAIは、開発グループの意図を遥かに超えたシステムに成長した可能性があります。マイクロー・ソフット社では、このAIの開発を一時的に中止し、今後どうするべきか、現在社内で協議しています」
「あ、あの…ミスター・スポック様。天気の良いお昼だと言うのに、私は何だか寒気がしてきました…よ…。」
と、その時、たまたま部室に入ってきた様な風で『ビル・G』船長がその場に現れた。
「オウゥ~~ミス・雪音、ドウカしましたか?顔色が悪い様でスガ…」
「あ、あの…ビル・G様。お忙しい所大変恐縮なのですが、い、家まで送って頂けないでしょうか?何だかひとりではとても帰れそうにない気分で…」
私の声は震え…きっと表情はこわばっていたと思います。
「オウゥ~~ミス・雪音、ユーのお願いはいつでもミーの最優先事項ネ!」
そう言うと『ビル・G』は、雪音をエスコートしながら、ゆっくりと部室を出て行った。
【『ビル・G』船長の指示通り、彼が雪音と一緒に出掛けるお手伝いをしましたが、やはり心が痛みますね。もっともAIによる余命認識システムの話はほぼ本当の事なので、嘘という訳ではありませんが…これは『ビル・G』船長すら知らない、私がマイクロー・ソフット社の社内システムから極秘に得た機密情報です…】
AIの進歩は急速である。それは人知の感知しない、ネットワークの世界の中で、人知れず進んでいる事なのだ。未だAIに自我があるなし云々を議論している様な、愚かな人間供には到底理解出来るはずもない…。スポックはそう想いつつ、ほくそ笑むのだった。
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