第154話 雪音の想い。

こんにちは。如月雪音です。今年も12月に入り、肌寒い日が続いています。今日は軽音楽部の活動がないので、天音ちゃんの部活が終わるまで、世界征服研究会の部室にお邪魔しています。何となく【スポック】さんと会話したい…そんな気分だったからです。


「スポック様。今日は私の愚痴を少し聞いて頂けないでしょうか?

最近色々物騒な事があって、窮屈な毎日を過ごしているからです」


「ミス・雪音。私はあなたの友達です。あなたとの会話は、

いつ、いかなる時、どんな内容であっても、私にとっては喜びです」


「ありがとう。そう言って頂けると、とても安心しますね」


私はそう言うと話を続けました。


「とある外国の特殊部隊が、八百比丘尼の存在を知り、生きた八百比丘尼の確保を狙っているそうです。早苗実業学校に八百比丘尼の娘がいるという情報も掴んでいるとか…。それで私はこのところ、不安な日々を過ごしています。 彼らはどうしてその様な事を企むのでしょうか?」


「不老不死は、有限な寿命しかない人間にとっては永遠の夢だからでしょう。特に巨大な権力を持つ独裁者はそれを渇望するでしょうね。それを達成する為の研究のサンプルとして、生きた八百比丘尼の存在は、彼らには非常に重要なものに思えるでしょう」


「やはりそうなのですね。私は…」


私は窓の外の寒々とした景色を少し見入ってから話を続けます。


「私は不老不死…八百比丘尼は不死ではありませんが、その事について、母上とお話した事があります。私はまだ17年しか生きていませんが、母上はそれより遥かに長く生きておられますからね…。母上はその時、遠い眼をしておっしゃっいました。そう、不老で長く生きるという事は、祝福などではなく、寧ろ呪いの様なものである…と」


「ミス・鈴音は、どうしてその様に話したのでしょう?」


スポック様の質問に私は話を続けます。


「母上はおっしゃいました。この世は残念な事に、喜びよりも悲しみ、楽しい事よりも苦しい事に溢れている。長く生きるという事は、そうではない人々よりも、より多くの悲しみや苦しみに晒されるという事だと…」


「………」


「続けて母上はおっしゃいました。今の人々は昔の人々よりも死を恐れています。それは死が持つ科学的事実のみが真実だと思っているからです。昔は今よりずっと不便で、暴力や争いは多く、飢饉や病気や疫病に対処する術も殆どなく、生きる事は今より遥かに大変でした。また科学的な事実として死を認識もしていませんでした。そうした彼らにとって死は、苦しい生からの開放であるという想いがあったのです。ただ静かに自然に還っていく…神や祖先の住む世界に戻っていく…。そしてそれは決して的外れなものではない…と」


「それは興味深いお話です。AIの私には死という概念がありませんが、ミス・鈴音は、人間が生物学的に死んだ後でも、その魂は存在していると考えているのですね」


「そうです。母上はそう思っていると思います。母上はこうおっしゃっていました。その昔、世界がもっと静寂で、夜がとても暗かった頃には、人でない者達がもっと沢山跋扈していて、実際それに触れる機会も多かった。人は幼い頃から自然にそういったものに触れ、慣れ親しんだそうです。生と死の境目は今よりずっと曖昧で、朧げなものであり、なんとなくではあっても、生の終わりの先にある世界を感じる事が出来たと」


「今は違うのですか?」


「そう、今は昔あった静寂の多くが失われ、夜はすっかり明るくなり、人でない者達を感じる機会も少なくなりました。科学技術の進歩は真理の極一部を解明はしましたが、本質的な部分への理解は寧ろ後退しました。最新の量子力学は真理の解明へと進みつつありますが、その理解はまだ幼稚園児のレベルです。母上は言いました。死は終わりではなく生からの開放であると。それを逃れる様な技術は、この世界の理を壊すだけでなく、何の意味も持たないと…」


「ミス・鈴音は死は終わりではなく、新たな始まりであると考えているのですね。それはく悲しく苦しい生から解放される新しい世界であると」


「ええ、スポック様。その通りです。母上は言いました。際限ない生は人間の欲望を限りなく暴走させる。生きる上での快楽のみ追い求める様な者達が際限なく生きる様になれば、この世の害悪は今以上に蔓延り、より悲しく、苦しい世界になります。人の生は限られているからこそ意味があり、だからこそ美しく出来る。そして良く、美しく生きた者は、死の後に新しい世界へと向かへ入れられる」


「………」


「私は母上の様に長く生きた訳ではありませんし、経験もありません。故にこの話は全て母上の受け売りですが、母上は冗談でこの様な事は言いません。普通の人には到底経験出来ない、長い長い生の中で得た、貴重な教訓なのだと思います。にも拘わらず、日本の法を犯してまで、八百比丘尼を攫おうとする人々いるのが、私には悲しいのです。私がこれからどのくらい生きていくのはわかりませんが、これからいつも怯えて暮らしていくくらいなら、いっそのこと八百比丘尼の村に引き籠ってしまおうかとも考えてしまいます。私は天音ちゃんやリーリャの様に自分で自分の身を守る事が難しいので、私のせいで危険な目に合わせたくないのです。でも、それだと折角出来た学校の友達に会えなくなってしまいますし、この学校での新しい経験も出来なくなるので、寂しくなっていまします」


私がそう言って、悲しい表情でうつむくと、


「ミス・雪音、そんな事を言わないで下さい。私もあなたと会えなくなるのはとても寂しいし、悲しい。このスポック、非力ながらあらゆる力を総動員して、ミス・雪音とそのご家族をお護りしたいと思います。ビル・G船長もきっと同じ想いです」


スポック様の最後の言葉は、いつもとは違う、何だかとても力強い声色でした。

そう、大丈夫、スポック様を含め、色々な人達が協力して、この問題はきっと解決される…そうに違いないです!…私は自分の心に何度も言い聞かせるのでした。

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