第152話 教養授業36限目。鈴音先生、文章を語る。
こんにちは。如月雪音です。
今週も金曜日の3限目の授業が終わりました。
短い休憩時間の後、4限目開始のチャイムが鳴ると、
母上が教室にやって来ます。
「起立!」「礼!」
今週の教養授業の始まりですね!
いつもの様に母上様の優しい声が教室に響きます。
「今日は皆さんに文章の書き方に関してお話してみたいと思います。
文章の一番基本的な役割は、書き手の意図を読者にきちんと伝える事です。
なので、出来るだけ短く簡潔な文章で、必要な内容を丁寧に書くのが一番なのですが、世の中にはそうではない文章も多くあります。いわゆる【行間を読ませる】というものですが、これは書き手が必要最低限の情報のみ与え、読者が想像力を働かせて真の意味を読み取るというものです。文豪の小説やエッセイ、大学の国語の入試問題などで良く出てきますが、その具体的な例として、今から私が問題を出します。この問題は【行間を読む】事と、【消去法】という、入試問題で一番良く使われる手法を用いたものです。順を追ってきちんと読み込むと、中学生レベルでも回答が可能ですが、それが出来ないと大人でも正解出来ないかも知れません。
では問題です。
ある日、緒賀先生とクレオパトラ先生は、
如月鈴音に誕生日を聞いてみました。
すると鈴音は10種類の誕生日を教えてくれた。
その中のどれかひとつが本当の誕生日だそうだ。
5月15日/16日/19日
6月17日/18日
7月14日/16日
8月14日/15日/17日
更に鈴音は緒賀先生に誕生日が何月かだけを教え、
クレオパトラ先生には誕生日が何日かだけを教えた。
緒賀先生…
「結局鈴音先生の誕生日はわからなかった。
でもクレオパトラ先生にもわからなかったはずだ」
クレオパトラ先生…
「そうじゃな、確かに最初はわからなかった。
じゃが、今の緒賀先生の話でわかったの」
緒賀先生…
「そうか、なら今のクレオパトラ先生の話で俺もわかった!」
さて、如月鈴音の誕生日は何月何日でしょう?
【ええ~~~~????】
クラスのみんなは頭を抱えて悩んでいます。母上様は、これは
【行間を読む】事と、【消去法】によって解けると言っていましたね。
私も考えてみました。少し難しいですが、私にはわかりました。
暫く時間が経つと、母上様は出席簿を見ながら指名して質問します。
「大橋君、まず初めに気付くのは何ですか?」
「緒賀先生はクレオパトラ先生が発言する前に、クレオパトラ先生も答えはわからないはずだと言っています。もし正解が5月19日か6月18日なら、クレオパトラ先生は一発で正解できるはず。という事はこの日は候補からはずれますね」
「その通りです。ではその次に考えるべき事は何でしょうか?」
大橋君は暫く考えていましたが、答えが浮かばない様です。
「次の解法のヒントはまさに【行間を読む】という事になります。問題を聞いた後の緒賀先生の最初の発言を良く考えてみて下さい。岡本章君、答えは浮かびましたか?」
岡本君は立ち上がると答えます。
「緒賀先生はクレオパトラ先生が発言する前に、クレオパトラ先生も答えはわからないはずだと言い切っているかしらん。緒賀先生は誕生月の答えは知っている訳だから、他の月と被らない日がある5月か6月に正解があるなら、こうは言い切れないはずかしらん。つまり5月と6月には正解がない。候補からはずれる」
「さすが岡本君。その推理で正解です」
母上様は微笑みながら続けます。
「これが行間を読むという事です。緒賀先生は正解の月はわかっても、それぞれの月には複数の候補日があるので、正解するのは絶対無理ですね。対して正解の日を知っているクレオパトラ先生は、他の月と被らない日のある5月か6月に回答があれば、一発で正解出来る可能性があります。けれど緒賀先生はそれを初めに否定しているので、5月と6月には正解がない…行間を読み、状況を正しく分析する事で、この様な推理が可能になります。
次に緒賀先生のこの発言を聞いたクレオパトラ先生は、緒賀先生の発言から、正解がわかったと回答しています。ここからは完全な消去法になります。クレオパトラ先生が正解出来るという事は、7月と8月の候補の中で日が被らない日が正解になります。14日は日が被っていますから、候補から外れますね。すなわち正解は7月16日、8月15日、8月17日のいずれかである…。
では最後に如月雪音さん、クレオパトラ先生の発言で、緒賀先生もわかったと言っている理由と回答を述べて下さい」
母上の言葉を聞いた私は、立ち上がると答えました。
「緒賀先生は正解の月を知っています。もし8月に正解があるとするなら、候補日が2日残っているので、答えはわかりません。なのにわかったと答えているという事は、候補が1日しかない7月ですね。つまり正解は7月16日」
その答えを聞いた母上は満面の笑みを浮かべて言いました。
「雪音、正解です」
「この問題は文書の行間を読み、得られた最低限の情報に基づき、論理を組み立て、その論理に基づいて消去法を使って答えを導き出すというものです。但し、この様な文章の書き方は、推理問題としては面白くても、普通の文章表現としで使うと殆どの人は正解が簡単にはわからないし、正しく意味を伝えるという文章の基本原則を大きく逸脱するものです。行間を読んで正しい論理を導き出した者だけが理解できるなどという様な文章を書く人は、物書きとしてはとても一流とは言えません。
推理小説等、読者に推理させて楽しませるという場合は別ですが…。
またこの様な文章を有難がる、一部の役人や研究者の存在が事態を悪化させていると言えるでしょう。人によって文章の解釈が異なってしまう様な法律文書、行政文書が溢れているのは正常とは言えません。その解釈の為の専門家まで存在している様な現状は変えていかなくてはなりませんね。世界の宗教紛争の多くも、結局は何とでも解釈出来る様な文章表現で、聖典を書いてしまったという事なのかも知れません。
それではここからは質疑応答の時間にしたいと思います。
質問のある生徒は挙手し、出席番号と名前を答えて下さい。
この授業と関係のない質問はしない事。
ではお願いします」
「女子出席番号5番、金子みすゞです。意図が明確にわかリ辛い文章が、特に法律、行政関係で多いのは何故でしょうか?まさかわざと行われているのですか?」
これを聞いた母上様は、少し困った様な顔をして答えました。
「私が読む限り、これは明らかに意図して行われています。国が提示する文章において、文体や表現を統一するのは当然ですが、文章において補語を必ずしも必要としない日本語の、述語だけでも文章が出来てしまう便利さを悪用していると言えます。必要以上に文章を省略してしまうと、ある程度の前提知識を持った人でないと、その文章の内容を正しく理解出来なくなってしまいます。一般的ではない漢字や単熟語使う場合も同様です。それをわざとやる事で、間違いを増やし、余計に仕事を増やす事で、仲間内で上手く回しているのでしょう。
悪名高い陸運局の中では、必要書類を代理作成する代書屋が大繁盛しています。ここは車の所有権変更やナンバープレートの変更等でお世話になる役所の一種ですが、窓口の人員が少ないせいなのか、提出書類に僅かなミスがあると、すぐ突き返され、修正させられます。しかも修正が必要な個所すら教えません。書類を突き返されると、長い順番待ちの列にまた最初から並ばなくてはならないので、それを防ぐ為に経験豊富な代書屋に文章の作成を依頼する…数千円の手数料を払ってです。この様な役所が今の日本に未だにあるのですから、昔はもっと酷かったのでしょう。これなどは中抜きの一種と言っても良いかも知れません。これを改善しようとしない国土交通省の体質がわかりますね」
ここで授業の終了を知らせるチャイムがなりました。
「それでは今日はここまでと致しましょう」
「起立!礼!」
挨拶が終わると、母上様は優しい春風の様に教室を出て行かれます。
文章の一番基本的な役割は、書き手の意図を読者にきちんと伝える事…
なので、出来るだけ短く簡潔な文章で、必要な内容を丁寧に書くのが一番。
私達の世代が世の中に出たら、変えていきたい事のひとつですね。
私はそんな風に思うのでした…。
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